第3話 勇者、のんびりと温泉に入る02

「はい、どちら様ですか……?」


 ベッドに座っていた勇人が返事をしてドアを開ける。すると、沙希、茜、京子、佳織がそれぞれ枕やタオルケットを抱えて立っていた。沙希たちも温泉に入ったらしく、浴衣に似た薄手の衣服を着ている。


「み、みんな、どうした!? 何かあったのか??」

「あのさ……みんなで一緒に居た方がいい気がするんだよね。また何が起きるかわからないし……」


 面食らって勇人が尋ねると沙希がどこか気恥ずかしそうに答えた。


 確かに沙希の言うことには一理ある。さらわれたに等しい状況でスマホも何も持っていない今、頼れるのはここにいる全員だけだ。


──で、でも……。


 正義は戸惑ってしまった。


──ただでさえ、高校生が異性と温泉に泊まるだけでも大事件なのに、それどころか同室で寝るって大丈夫なのか!?


 正義がそんなことを考えていると、「今さら遠慮する仲でもねーだろ」と茜が無遠慮に言いながら、あっという間にベッドを占領してしまった。


 結局……。


 正義たちはベッドを沙希たちに明け渡した。そして、寝床となるソファーを巡って壮絶なジャンケンが行われた。


 勝利の瞬間、正義は「よっしゃー!!」と雄叫びを上げ、勇人と敬は「正義、呪ってやる」と言いながらシーツを床に敷いた。


 みんな疲れていたのだろう。周囲に幼馴染がいる安心感に包まれると、それぞれ眠りについていった。



×  ×  ×



 どのくらい経っただろうか……。


 正義は枕元にかすかな気配を感じて目を覚ました。部屋には月と同じ青白い光が差し込んでいる。


 ふと……窓際の陰が動いて正義の顔を覗きこんだ。


「……起こした? ゴメン」


 陰の正体は沙希だった。


「ん? どうした?」


 正義が身体を起こすと沙希は隣に座った。そして、みんなを起こすまいと小声で話しかけてくる。


「これから……どうなるのかな……」

「……」

「いろいろ考えてみたんだ……。なんで言葉が通じるのか? とか、なんで文字が読めるのか? とか……。もしかしたら、夢を見ているだけで、気がついたら体育館で目が覚めて……」


 ポツリ、ポツリ、と沙希は言葉をつむぐ。その声が弱々しいものへと変わる。


「でも……もう、わかんないよ…………」


 沙希は膝を抱えてうつむき、黙りこんだ。そして、少し沈黙してから顔を上げて正義を見た。端正な沙希の顔立ちが柔らかな月明かりに浮かぶ。


「お母さん……お弁当を取りに来ないから心配してるよね……」


 か細く、消え入りそうな声だった。


 落ちこむ佳織を励ましたり、怒る茜をなだめたり……気丈に見えた沙希。でも、実際はそう振る舞っていただけで、沙希だって不安だったのだ。そう思い到ると、正義は急に怒りにも似た苛立ちを覚えた。


──何故、沙希やみんながこんな思いをしなければならない?? 


──俺たちが何かしたか??


──ビンスさんやガンバルフさんに悪気は無かったのかもしれないけど、無責任で理不尽過ぎる!!


 静かに湧き起こる怒りや苛立ちは、やがて正義自身にも向けられた。こんな時、励ます言葉の一つも出てこない自分自身に。あまりに情けなくて不甲斐ない。乱高下する正義の心情をよそに、隣からは規則正しい沙希の息遣いが聞こえてくる。


「……正義が一緒で良かった……」

「え?」


 ふと、聞こえてきた言葉に正義は慌てて隣を見た。そして、沙希と目が合った瞬間、正義はドキリとして息をんだ。沙希の瞳が少しだけ潤んでいる。


 やがて……。


 沙希は両目から涙があふれ出るのをこらえるように暗い天井を見上げた。抱えていた膝から手を放してゆっくりとソファーに寄りかかる。


──多分、俺にはかけるべき言葉があるはずだ……。


 正義は必死になって自問するが答えは見つからない。


「……オヤスミ」


 長い沈黙の後、沙希はささやくように言ってベッドへと戻って行った。

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