第3話 勇者、のんびりと温泉に入る01

 ビンスとガンバルフが去ると、正義たちは『勇者の宿』の従業員と名のる老婆に宿泊部屋へ案内された。


「ふんふんふーん♪」

「「「……」」」


 鼻歌を歌う敬とは対照的にみんな無言だった。みんなの足取りは敬を除いて、誰も彼もが重い。


 五階に四人部屋が並びで用意されており、正義たちは自然と男女別々になって部屋へ入った。中は思ったより広く、ベッドが二つずつついになって置かれてある。正義は窓際に置かれたソファーに座ると、ぼんやりと外を眺めた。


──もう夜になってる……。


 朝、目を覚ましてから四時間とたっていないはずだが、すでに日は沈み、窓からは青白い二つの月が見える。現実世界とかけ離れた状況に、正義は深いため息をついた。

 

のりいたシーツ。勇者である僕にふさわしい!! さすが『勇者の宿』!!」


 ベッドの上で敬がはしゃいでいる。


「みんなで旅行するなんて中学校の修学旅行以来だ。今夜は大いに語ろうじゃないか!! ……あ、先に温泉入る!?」


 甚兵衛に似た薄手のバスローブを持って敬が尋ねる。敬からすれば今回の一件は『旅行』らしい。


「お前のその適応能力……本気で尊敬するよ……」


 敬の向かいのベッドに座る勇人が呆れ気味に言った。普段は頼れる勇人の顔もさすがに疲労の色が濃い。


「異世界のお風呂ってどうなってるのかな? 正義、勇人、早く入りに行こうよ!!」

「「……」」


 楽観的な敬に引っ張られて正義と勇人は温泉へと向かった。



×  ×  ×



 大浴場は同じ五階にあった。銭湯と同じような作りになっており、正義たちを部屋へ案内した老婆が番台を務めている。脱衣所に入ると声をかけてきた。


「もっと明かりが欲しければ、入り口横の魔導石まどうせきに触れて下さいな」

「明かり? 魔導石?」


 敬が呟きながら入り口横に設置された石へ触れる。石は黒曜石こくようせきに似ており、敬が触れたとたん天井一面が強く光り輝いた。


「さすが、勇者さま。魔導石の反応も素晴らしい。でも、魔導石の節約にはご協力下さいまし。使わない時は消す。これ基本でございます。それでは、お食事の準備がありますので、わたしゃこの辺で……」


 老婆はまくてるように言って番台から去って行った。


「ねえ!! 見た!? 今、僕、魔法を使って光を強くしたんだよ!!!!」

「……そういうシステムになってるだけだって。異世界に来たからって、いきなり魔法が使えるわけないだろ」


 感激してはしゃぐ敬を見て勇人がため息をつく。


「そんなにハッキリ言わなくても……」

「いいから、さっさと入るぞ」


 正義は肩を落とす敬の背中を押した。


 大浴場は広く、大きめの湯船が幾つももうけてあった。どの湯船も大理石のような白い光沢を放つ石でできており、立派な作りになっている。豪華な温泉施設に正義たちは顔を見合わせて驚いた。


 しかし……。


 普段からそうなのか、それとも正義たち『勇者様御一行』が滞在しているからなのか、客の姿はまばらだった。閑散とした大浴場はどこか『篠津町健康ランド』に似ていた。



×  ×  ×



 温泉から部屋に戻ると食事が用意されていた。不思議なもので、こんな状況でも温泉に入ってくつろぐと今度はお腹が空いてくる。

 

 鮎を連想させる川魚の塩焼き。


 ほうれん草やハクサイに似た葉物のおひたし。


 多分、トマトか何かがベースになっているのであろう、ジャガイモやブロッコリーが入った真っ赤なスープ。


 得体の知れない肉。


 取り合わせは別として、テーブルには豪華な食事が並んでいた。そして、箸とナイフとフォークが三人分、綺麗にそろえて置かれてある。


 ただ……。


 これが異世界の食べ物であると思うと正義は食べるのをためらった。しかし、 敬と勇人は全く気にしないで食事を始める。


「勇者となったからには異世界ご飯!! いただきます!!」

「食あたりとか水あたりになったら、その時はその時だ!!」

「食あたりですめばいいけどな……」


 正義は不安そうに呟いて二人に続く。しかし、食べ物に違和感は感じ取れず、むしろ素材をかした味付けはかなり美味しいものだった。


「あ、これ牛肉だ」


 ローストされた肉を口に運んだ敬が感心する。


「こっちの世界にも牛っているんだね。ドラゴンのお肉とか期待してたのに」

「敬、口に入れたまましゃべるなよ。それに……」


 勇人は敬をたしなめながら続ける。


「ドラゴンの肉なんて食べたこと無いんだから、出されてもわからないだろ?」

「あ、そっか……」


 なるほどと納得する敬を見て正義は笑顔になった。しかし、その顔がすぐに真顔へと変わる。


──ドラゴン……か。俺たち、どうなるんだろ……。


 正義はそう思いながら会話に加わった。


 温泉に入り、たわいのない会話をしながら食事する……本当に旅行にでも来ている気分になるが、ここは異世界だ。それに、正義たちは帰るすべを知らない。


 食事が終わり、何もせずに過ごしていると、コンコンと部屋がノックされた。

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