第4話 勇者、勢いで手紙を受け取る

「おっはよー!! 起きろー!!」


 朝を告げる沙希の大声で正義と勇人、敬は目を覚ました。聞けば、沙希たち女性陣はすでに朝食も済ませたと言う。


「やけに元気がいいな……」

「まあね。へこんでても、現状が好転するわけでもないしさ」


 正義が尋ねると沙希は笑顔で答えた。沙希につられたのか、茜や京子、佳織の顔にも笑顔が見える。昨日のあの表情は何だったのだろう? と正義は首をひねった。


 制服に着替えて朝食を食べ終えると、見計らったかのようにビンスとガンバルフが現れた。


「わたくしたちが勇者さまをお呼びしたのは間違いでした」


 前日の熱弁を振るう姿とは打って変わり、ビンスはしおらしい態度で正義たちに謝った。ただ、ガンバルフは納得できていない様子で、「意味も無く勇者として召喚されるはずは無いんじゃ!!」と独り言を言っている。


 ガンバルフによれば、正義たちが召喚された聖堂はその建物自体が魔法陣であり、時の女神フィリスの加護を受けているという。


「帰る方法はわからんが、勇者の言う通り、何か手がかりくらいはあるかもしれん」


 不機嫌なガンバルフはぶっきらぼうに説明した。正義たちはガンバルフの態度に呆れながらも、とりあえず聖堂へ向こうことに決めた。



×  ×  ×



 『勇者の宿』を出て聖堂へと向かう正義たちが目にしたのは、昨日の群衆がまるで嘘のような閑散とした町並みだった。


 宿屋、酒場、武器屋、道具屋、鍛冶屋、紋章屋、魔導器具店……様々な店がのきつらねているが、どの店も扉が閉まり、カーテンが閉められている。


「見事なシャッター街じゃねーか」

「シャッターガイ?」


 茜が言うと先頭を歩くビンスが首をかしげる。


「あ、あの……閉店したお店が並ぶ町並みのことです」


 佳織が遠慮がちに説明した。


「ああ、勇者さまの業界用語なのですね。今はみんな細々と頑張ってますが……開店休業みたいなもので……昔は本当に活気があったのですよ」


 また活気あふれる往時おうじのレッドバロンを思い出したのか、ビンスは目を細めて遠くを見つめる。どうやら、昔を思い出す時に虚空を見つめるのはビンスの癖らしい。過去にひたるビンスを見て誰も彼もが無言になった。



×  ×  ×



 それは、正義たちがレッドバロンの中央広場に差し掛かった時のことだった。


 初老の男女の人だかりが正義たちを見つけて取り囲んだ。勇者を歓迎する昨日の熱狂とは違う、どこか深刻な雰囲気が人だかりを支配している。


「勇者さま、お願いがございます!!」


 集団のリーダーとおぼしき白髪の女性が声を張り上げた。


「遠方より降臨された勇者さまご一行に申し上げます。誠に恐縮ではございますが、手紙を頼まれてはくれませんでしょうか?」


 女性がそう言うと、後ろから麻袋を大事そうに抱えた男性が進み出る。どうやら麻袋には手紙が入っているらしい。


「て、手紙!?」

「はい。どうか、どうか、お願い申し上げます!!」


 人だかりに頼みこまれた正義は困惑してビンスに視線を送る。しかし、困っているのはビンスも同じで、「みなさん、勇者さまはお忙しいのです!!」と必死に人々を制止していた。


「……やっぱりご無理を言うもんじゃないよ……」


 人だかりとの押し問答を見ていた茜の隣で老婆が呟いた。茜は眉を上げて小柄な老婆を見る。


「え? お婆さん、どういうことだよ?」

「わしらの息子や孫は王都やザハに出稼ぎに行って、息災かどうかもわかりゃしない。せめて手紙だけでも届けたいのじゃが、レッドバロンを訪れる隊商も少なくなってのう。手紙を託せる人がおらんのじゃ……」


 嘆息まじりに話す老婆からは、どことなく諦めが見て取れる。落胆する老婆の姿に、茜は自分を可愛がってくれる祖母の姿を重ね合わせた。

 

 おばあちゃん子の茜は黙っていられなかった。


「わかったよ……届けてやるよ。ちゃんと住所は書いてあるのか?」


 茜がそう言った瞬間だった。


「勇者さまがお引き受けくださったぁー!!!! ありがたや、ありがたや!!!!」


 先程までの気落ちする姿がまるで嘘のように、老婆は大声を張り上げて茜を拝んだ。すると、その場の全員が一斉に茜を見る。


「え!? あ……その……ま、まあ、なんとかなんだろ。任せとけ!!」


 茜は困った顔つきになっていたが、ついに麻袋を受け取ってしまった。


「「「勇者さま、本当にありがとうございます!! ありがたや、ありがたや!!」」」


 人々も老婆のように茜をあがめて感謝する。


「何、安請け合いしてんだ暇ゴリラ!!」


 京子が茜の肩を掴んだ。


「放っとけるかよ!! それに今さら断れねーだろ!!」

「そ、それは……そうだけど……」


 京子も歓喜に沸くレッドバロンの老人たちをたりにして黙ってしまった。


「茜らしいな。でも、そういう向こう見ずなところ、嫌いじゃないよ」


 そう言いながら勇人が茜から手紙の入った麻袋を受け取った。さりげなく荷物を持つあたりが男前の勇人らしい。


「嫌いじゃない!? じゃあそれって好きってことか!?」

「違うだろ。勘違いするな暇ゴリラ!!」


 頬を赤らめる茜に京子が釘を刺した。


 結局……正義たちは昨日と同様の歓声を受けながら聖堂へと向かった。

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