第5話 勇者、冒険せずに帰る!?01

 レッドバロンから聖堂までの道のりは昨日の馬車の揺れが示した通り悪路だった。わだちに気をつけながら丘陵地帯を歩いて行くと石造りの聖堂が見えてくる。昨日は気づかなかったが、聖堂には立派な鐘楼しょうろうも備え付けられていた。


 長い間、風雨に晒されたせいか、聖堂はレッドバロンの建築物より年季ねんきが入って見える。おごそかで神聖な雰囲気をかもし出していた。


「手がかりって……何を探せば良いんですか?」


 聖堂に入ると、手紙の入った麻袋を長椅子に置いて勇人が尋ねた。


「だから、知らんと言っておろうが!!」


 腕組みをしたガンバルフが答える。このガンバルフという大賢者は残念なことを自信満々に言う。正義たちを召喚した大賢者に解らないものをどうやって探せば良いのだろうか? みんなは諦めにも似た気持ちを抱きつつ、聖堂の中を見て回った。


 ふと……。


 正義はトイレに行きたくなった。


「すいません……トイレはどこに……」

「トイレ?? ああ、勇者さまでも、もよおすのですね。そこの扉がかわやになっております」


 ビンスは祭壇の横に見える通路の奥を指さした。そこには木でできた小さな扉が見える。


「聖なる場所にもトイレってあるんだな……」


 そんな感想をつぶやきながら正義はビンスに言われた扉を開いた。


 しかし……。


 そこはトイレとは程遠い場所だった。それどころか、どこか見慣れた雰囲気の部屋だ。ほこりまみれた部屋の棚の上には、今はもう懐かしい『レタス侍』のヌイグルミが置いてある。


「あっらぁ????」


 疑念に駆られて正義は振り返った。聖堂では大賢者にもわからない手がかりを、みんなが必死になって探している。再び『レタス侍』の置かれた部屋に目をやると、正義は深呼吸をしてから悲鳴を上げた。


「繋がっテるぅえ!!!!????」


 情けない悲鳴が聖堂中に響き、みんなが集まってくる。


「体育準備室だよきっと!!」


 正義の肩越しに部屋を覗きこんだ沙希が歓喜の声を上げた。


「さすが生徒会長!! よく見つけたな!!」


 勇人が正義の肩を叩いて体育準備室に入っていく。


「これ、ロッカーだ。使ってないロッカーの扉と繋がってる。それに、来た時のような頭痛はしない。大丈夫だ!!」


 勇人は辺りを見回しながら説明する。勇人は安全を確認するために先陣を切ったのだ。


「「「やったー!! 帰れる!!!!」」」


 沙希、茜、佳織は飛び跳ねて喜び、京子に抱きついた。


「沙希、かっちゃん、苦しい……放せ、暇ゴリラ……」


 迷惑がる京子の顔もほころんでいる。


「ビンスさん!! 帰れま……」


 言いかけて正義は言葉を止めた。


「待って下さい!!」


 ビンスが正義の足元にすがりついてきたのだ。


「どうか考え直して頂けませんか?? 勇者さまにおすがりするしか、レッドバロン救済のすべは無いのです!!」


 今までの態度がまるで嘘のように、ビンスは再びレッドバロンの窮状きゅうじょうを並べ立てて救いを求めた。


「勇者さま、わたしたちレッドバロンはどうなるのですか?? お見捨てにならないで下さい!!」


 そんなビンスを見ていると正義は怒りを覚え始めた。


──しおらしい姿は嘘だったのか?

──今さら、「帰るな」だって?

──どうせ帰る手がかりなんて見つかりっこない、とでも思ってたんじゃないか?


「勝手に呼び出して、勇者に祭り上げて……正直、迷惑です!!」

「し、しかし……」


 ビンスはなおも食い下がる。


 その時。


「情けないぞ、ビンス!!」


 ガンバルフの大声が聖堂に響き渡った。一喝されたビンスは正義のズボンから手を放した。


「その子らの言う通りじゃ。なんでも勇者に頼めばなんとかなると考える、その姿勢そのものがレッドバロンを衰退へと導いたのじゃ!!」


 ガンバルフは威厳に満ちあふれる声で続けた。


「わしが召喚魔法の最中に腰を痛めたのも、その影響かは知らんが、かわやと勇者たちの世界が繋がっておるのも、全ては時の女神フィリスのおぼし。そして、レッドバロンがすたれ滅びゆくなら……それもまた、時の女神フィリスの思し召しなのじゃ!!」

「そ、そんな殺生な……」


 ビンスは力なく膝を着いた。


 大の大人が打ちひしがれる姿は見ていて気持ちの良いものではない。


「……みんな、行こうよ」


 正義は一抹いちまつ呵責かしゃくを振り払って言った。


「あ、あの……色々とありがとうございました。ご飯とか美味しかったです!!」


 帰りぎわに佳織は深々と頭を下げた。


 誘拐と同じことをされておいて御礼を言うのもおかしな話だが、ビンスやガンバルフに悪意があっての行為ではない。そして、親切にしてもらったのは事実だ。


「手紙……約束、守れなくてゴメン。ビンスさん、何とかしてやってくれよ。勇者を召喚するより手紙を届ける方が簡単だろ?」


 茜もビンスに語りかけた後、沙希や京子と一緒になって体育準備室に入って行く。


「生徒会長殿、本当に良いのかい??」

「??」


 後は正義と敬だけとなった時、敬が正義を呼び止めた。敬は普段あまり見せない真剣な顔をしている。


「僕はね、何となく思ってたんだ……。きっと、僕が憧れる異世界に行ったところで、イベントなんか起きやしないって。それが、憧れの異世界に行けたどころか、勇者としてみんなに必要とされるイベントまで起きたんだ。こんなこと、もう絶対に無いよ……」

「何を勝手なこと言ってんだよ……帰るぞ!!」


 正義は名残惜しそうな敬の背中を押して自分たちの居るべき世界へと戻った。背中にビンスやガンバルフの視線を感じながら……。

 

 


                    終わり

                    終わり!?

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