3番目に可愛い私と15番目に格好良い君

「須原さんって可愛いよね。うへへ」

「…………」


 私は彼の言葉に絶句した。


 初めて授業をサボり、その時偶然女子トイレで出会ったクラスメイトの男子──小野瀬君が、食堂に移動してきて、席に着いた一発目に言い放った言葉だ。

 しかも、ニヤニヤとした顔で。この人と話してると、自分の言葉も汚くなって嫌なのだが、言わせてもらう。……マジでキモい。


「クラスで三番目にって感じ」


 しかも失礼だ。

 別に一番可愛いとか思ってるわけではないし、自分が可愛い部類に入れるとも思ってないから、私みたいな地味な人間は三番目でも喜ばなきゃいけないんだろうけど。なんかムカつく。

 食堂には生徒は誰もいない。こんなところ見つかったらどうすればいいのだろうか。普段、サボり慣れてない、謂わゆる優等生の部類にいる私は、ソワソワと辺りを見回す。

 ああ……。食堂のおばさん達が、授業時間に食堂に来ている私達を怪しんで見ている。

 そんな中、小野瀬君は再び会話を始めた。


「須原さんってと付き合ってるの?」


 鈴本という単語を聞くだけで、胸がザワザワする。

 てか、何も知らないくせにピンポイントで訊いてくるな。ホント、妙に鋭い。


「えっ。……いや付き合ってないよ。なんで?」

「なんでって、仲良いから」


 そこは考え方の違いなのだろうか。

 私は聞いてみた。


「別に仲良くないよ。そもそも男女が仲良いと付き合ってることになるの?」

「……そ、それは……ならないけど」


 小野瀬君が私の顔を見て戸惑っている。……あっ、今、私怖い顔してたかもしれない。


「もしかしてさぁ」


 小野瀬君は緊張感なくこう続けた。


「やっぱ鈴本となんかあったん?」

「……えっ」


 私は言うか迷ったが、小野瀬君に打ち明けることにした。


「実は──」

「──ストップ」

「へ?」


 突然、手のひらを前に突き出され、話を遮られる。


「女子のそういう話って長くなるから」


 ──カッチーン。

 初めてかもしれない。こんなに人にムカついたことは。なんか、この人と話してるとイライラする。


「お互いに、交互に話していこう。それなら俺も頑張って須原さんの話聞けるから」


 はっ? 頑張る? 笑わせんなよ、おい。


「須原さんも俺の話も聞いてよ」


 いや、聞いてきたのは小野瀬君の方なのでは……?


「まぁ、うん、ぼぉーっとしてたら鈴本君のこと思い出しそうだし、いいよ。それで」

「かなり嫌いなんだね」

「嫌いじゃないけど。少し、苦手」

「ふぅん。あんなに仲良さそうに話してたりしたのに、女子って分かんねえな」

「いやいや。私もさっきまで少し苦手だった程度だよ」

「印象変わってないじゃん」

「うん、1センチくらい嫌いになった」

「大して変わってないじゃん。元々嫌いだったんじゃん」

「そうかもね。でも──」

「──あ、ストップ。次俺の番ね」


 ……………………………………。


「俺もさぁ、思うわけよ。どうして女子って好きでもない男に手作りクッキーとかあげたりすんの?」


 小野瀬君は語り出した。

 おい、聞いたか、鈴本。世の中には気もないのに手作りクッキーを渡す女がいるらしいぞ。ちょっと優しくされたくらいで勘違いすんなよ。鈴本。

 いや、でも、さすがに手作りクッキーはやりすぎだと思うけど。


「一週間くらい前にさぁ、下駄箱に入ってたわけよ。手作りクッキーが」

「へぇ」


 ちょっと意外だ。見てわかる通り、小野瀬君は女子生徒からの人気が皆無だから。


「まぁ、俺ってば、そういうの初めてだったからその場で速攻で食べるじゃん? そしたら、バーって一年生の女子が走ってきて『それ小川先輩にあげようと思ってたのに!』ってガチ泣きされた」

「最初の問いに戻るけど、それはその女の子が下駄箱を間違えただけじゃない?」

「……うん。でもまぁ、美味かった」

「そっか。それは良かったね」


 この人は結局、私に何を聞きたかったんだ!?


「じゃぁ、次、話していいよ」


 え? 今、この人、私のこと呼び捨てにした?


「どうしたの? 


 え? 今、この人、私のこと名前で呼んで、しかも呼び捨てにした?

 私がドン引きしてるのに気付いたのか、小野瀬君はニヤつきながらこう言ってきた。


「ごめん。女子とこんなに話すの初めてだから。距離感の詰め方がわかんなくて……」

「ううん。いいよ。でも、私は前の距離感のほうが好きだったかな。それともう二度と近づこうとしないでほしいかな」

「あ、はい。須原さん」

「うん。よろしい。小野瀬君」


 私はふぅ、と息を吐く。


「じゃあ、小野瀬君はどう思うか聞いていい?」

「どうぞ?」

「たとえ女の子の方から誘ったわけじゃなくても、好きでもない男の子と二人っきりで遊んだり、夜に電話したりするのって、男の子からしたら気があるって勘違いしちゃう?」

「しちゃう」


 即答した。


「逆に聞きたいんだけど、好きじゃない男と遊ぶ気持ちって何? その心は?」

「断ったら怖いし、断る理由が思い付かない」

「マジで? 他意はない?」

「たい……? ああ、他意……」


 アホなくせに分かりにくい言葉を使うなよ。


「他意ってのは……つまり、思わせぶりな態度を取ってキープしたりしてるってこと?」

「まぁ、大まかに言えば、そうだね」

「無いよ。最初から苦手だったから」

「だったら最初から、そういうの全部断んないとダメだと思う」


 まぁ、そう言われればそうなんだろうけど。そう出来たらこんな苦労はしてない。


「じゃあどうやって断ったら──」

「──はい残念! 次俺の番!」


 ……………………………………。


「俺ってぶっちゃけモテる?」

「…………」


 遮ってまでそれ聞くかよ。


「なるほど」


 彼は、私の無言から何を読み取ったのだろうか。


「須原さん的に、俺って男としてアリ?」


 いや、ナシだろ。ナシよりのナシだろ。こんなこと言っちゃ悪いが、小野瀬君は未来永劫結婚詐欺師としか付き合えないと思う。


「……う、うん。一応、ナシではない、かな」


 私はグッと堪えて、頷いた。私のために話聞いてくれてる人に辛辣なことは言えない。


「なるほどぉ!!」


 よかった、満足げに頷いてる。


「それじゃあ私のターンね?」

「え、俺のターン短く──」

「──短くないよ」

「そっか!」


 真顔で言ったら、納得してくれた。


「さっきの話の続きだけど、興味のない男子からの遊びの誘いってどう断ればいいの?」

「そんなの聞くまでもなく、ごめん! って一言でいいよ」

「いやいやそれが言えない人げ──」

「──はい終了〜! 次俺のターン」

「いや、私のターン明らかに短いでしょ!?」

「うん、でもまぁ、俺のターンも短かったし、バランス取りだよ」


 なんで聞かれて話す私と、誰も何も望んでない小野瀬君の話を平等にしなきゃいけないのだろうか。


 ……まぁ、いいや。


「須原さんって付き合った経験とか、ある?」

「う、うーん」


 マジかぁ。個人の質問タイムに入るなら、私に話させてよぉ。


「まぁ、どっちでもいいや。前置きだから」


 あ、はい、すみません早とちりして。


「俺は────────────────────実は無いんだよ」


 実はってなんだよ。長めにタメたくせに、まったくもって予想通りかよ。


「つまり、俺って童貞なんだけど……」

「は、はぁ、そうですか」


 平然とそういう話を始められる。私は少し、顔が熱くなる。そういう話はあまり得意ではないからだ。


「高校二年生にもなって、童貞ってどう思う?」

「うーん、私はあんまり気にしないかも」


 そりゃ、そもそも私だって経験ないし。


「俺は結婚して、新婚旅行の初夜で童貞を捨てたいんだ!」


 と、声高らかに宣言した。


「へ、へぇ……ヨカッタネー」


 小野瀬君に「次、どうぞ」と促され、私は先ほどの話の続きを話し始めた。


「さっきの続き、男子からのお誘いに『ごめん』って断れない人間はどう断ればいいの?」

「あー、んー、えー、なら、ドン引きさせよ」


 首を傾げながら、なんとか答えを捻り出してくれた。が。が! が!!


「ドウイウコトデスカー?」

「うん、えっと、デート中にサラダ吐き出すとか? 人が口から緑の物体ぶちまけたら引くよね。女の子として見れなくなるよね?」

「うん」

「あと、映画館で予告の時に割り勘で買ったポップコーン全部食べちゃうとかね」

「あー」

「あと、鈴本ってサッカー好きだから、浅い知識でサッカー語っちゃおうか」

「おー!」

「……まぁ、全部俺の経験談なんですけど……うっ、思い出しただけで胸が……痛い……」


 意外だ。小野瀬君って女の子とデートとかしたことあるんだ。マジで意外だ。ホント、ガチで。


「まぁ、その女の子の場合はアニメだったけど、ドヤ顔で浅い知識ひけらかしてたらグーで殴られた」

「殴られたっ!? しかもグーでっ!?」

「うん。じゃあ次俺ね」


 そんな物騒なことを平然と言ってのけるこの人の人生が少し気になった。今夜の晩ご飯の次くらいに。


「さっき俺は新婚旅行の初夜で童貞を捨てる宣言をしましたが、アレは嘘です。チャンスがあればすぐにでも捨てたいです」


 どうぞご勝手に。


「しかし、俺は、この中学生でも付き合ったらチョメチョメしちゃう現代社会に物申したいです。付き合ったらヤらないといけない風潮なんなの? そのせいで高校生なのにやれ童貞だのやれ包茎だのと馬鹿にされる。俺は誰にも邪魔されることなくオナニーだけしてたい! 欲を言えば、付き合った女の子ともセックスじゃなくてオナニーの見せ合いっこで事済ませたい!」


 この人は真面目に何を言ってるのだろうか。そして、私は真面目にこの人の話を聞いて何をしているのだろうか。


「はい、じゃあ次、私のターンね」

「あ、ちょっと待って。次の須原さんのターンはこうしない? 俺が聞きたいことを聞くっていうやつ」

「えー」


 それって実質小野瀬君のターンじゃん。


「それで結局須原さんは鈴本に何されたの?」


 ホント、人の話を聞かんな、コイツ!


「それは……」

「それは?」


 言うか迷っていた私だったが、この人ならシリアスな空気になったり、クラスメイトに変なことを言ったりしないだろうなと思った。


「それは──」


 私が答えようとした瞬間、


「──あっ、それは次の須原さんのターンで。タメが長いよ。俺のターンね」


 小野瀬君は連続で自分の話をしたいらしい。わぁ、私も殴っていい? グーで!


「とまぁ、何で、俺が連続で話したいかといいますと」


 あぁ、確信犯だったのか。よし、殴ろう。


「それは俺がわざと須原さんのいる多目的棟の女子トイレに入ったからかな。うん」


 ………………ん?


 私が首を傾げると、


「その、さ。見てたんだよね。鈴本が須原さんに告白するの」

「……え。──えっ!?」


 驚きのあまり、大きな声を上げてしまう。


「まぁ、うん、あれは鈴本がダサい。だから須原さんがあそこまで落ち込む必要はないよ」


 励ましてくれてるのだろうか。いや、そもそも見ていたのか、アレを。そして、なんでこの人は私を追ってきたのだろうか。本当にわからないな、この人は。


「そして、俺が須原さんに言えることがあるとしたらただ一つ。良かったやん、そういうのが付き合う前にわかってさ」

「……」

「次デートとかに誘われたらやりなよ。俺がに殴られたやつ」

「ひかり……さん? ひかりさんって同じクラスの三枝ひかり……?」

「そう」

「はいっ……!?」


 小野瀬君の好きな人ってひかりだったんかい!


「そうそう。今、ひかりさんだったんかいって思ったでしょ? 実はそうなんですよ。須原さん覚えてるかな? 俺の背中に南が鼻くそ付けたときのこと」


 さっきからちょいちょい話に出てくる南君、クソ野郎だな!?


「その時にひかりさん、鼻くそ取ってくれたんだよね。俺の鼻くそすら包み込む包容力、サイコー!」


 ブブ!


 と、小野瀬君が天高く拳を突き上げた瞬間、着信が鳴った。


 数十件以上来ている着信の一番上に──


『鈴本 太河:先程は酷い事を言って申し訳ありませんでした。本当にすみません』


 そのメッセージを見た瞬間、私は安堵のあまり、一筋の涙を溢した。その瞬間、小野瀬君が全力で立ち上がり、頭を下げた。


「ご、ご、ごめんなさいッ!」


 うわ、涙を勘違いさせたかもしれない。


「ぜ、全然大丈夫──」

「──何が大丈夫なんだ?」


 背後から、学年主任の岩崎先生のドスの効いた低い声がした。


 カタカタと震えながら振り返ると、案の定、そこには般若のお面を被ったように怒り顔の岩崎先生が立っていた。


 その後、私と小野瀬君はこっぴどく叱られた。でも、小野瀬君があの時話しかけてくれなかったら、たとえ鈴本君からメッセージが来ても、許せてなかったかもしれない。……いや、それはないな。きっと私は小野瀬君の言葉がなくても鈴本君を許していたはずだ。

 だったら、あの時間が私に与えてくれたものってなんなのだろう。

 そっか。そういや、あんな身のない話で一つだけ、為になる会話があったな。今度、実践してみるとしようか。



 ☆☆☆




 あれから、一年が経った。

 それから鈴本君は何度か私をデートに誘った。正直、あんなことを言ったくせに諦めてないとか図太すぎるだろ、とは思ったし、あんなことを言われても拒絶すらできない私も成長できてないなと思う。でもデート中に訪れたフレンチレストランでサラダは咽せて吐き出すわ、映画館のポップコーンは一円も出してないのに映画泥棒のときに無理矢理全部口の中にかき込むわ、サッカーは浅い知識をドヤ顔でひけらかして討論から口喧嘩に発展するわで…………。私と鈴本君は……まぁ、付き合うわけないよね。鈴本君は「なんか変わったね」と意味深な発言とともに違う女の子へ乗り換えた。

 一年前と比べて変わったことは、ないかな。あっ、一つ、大きな変化があった。


 三年生に進級したばっかりの時だ。小野瀬君に彼女が出来たという噂が立った。


 ひかり曰く、どうやらとんでもない女に引っ掛かったらしい。

 ……小野瀬君らしいと言えば、らしいけど。


 あの時、私がもっと違う行動を取ってれば、今頃、彼の隣には私が立っていたのかな……。……いや、ないわ。無理だわ。切な系ラブコメっぽく終われないわ。うん。


 一緒にサボったし、あの時小野瀬君とした会話を、私は一生忘れないだろうけど、アレとは付き合えなないかなぁ。だって、小野瀬って、顔がクラスで15番目くらいにって感じだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心弱めの真面目な女子が落ち込んでるところを微妙な男子に励まされるが、恋は始まらないという話。 坂本ず @Morita0711

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ