心弱めの真面目な女子が落ち込んでるところを微妙な男子に励まされるが、恋は始まらないという話。

坂本ず

好きじゃない男子と好きでもない男子

「──須原すはらって俺のこと好きでしょ?」


 目の前に立つクラスメイトの鈴本すずもと君にそう言われた私──須原すはらそらは目を丸くした。


「……えっ? ……んっ? な、何でかな……?」


 人気ひとけの無い体育館裏という場所に呼び出され、色恋沙汰に多少なりとも(少女漫画によって培われた)知識がある私でも、その台詞は予想の斜め上を行き過ぎだった。

 鈴本君は少し頬を赤らめながら、照れ臭そうに言う。


「このままの関係じゃ、俺は嫌だなって思って」


 私とこの人の関係とは、いったい何なのだろうか……。

 鈴本君──。鈴本大河たいがは元サッカー部で現帰宅部。辞めた理由は分からない。クラスでは友人もかなり多く、授業中にも先生と楽しそうに喋る姿が印象的。まさにクラスの中心、といった人物だ。

 対して私はクラス内にいても別に目立たない存在。接点は……まぁ、なくは無い。でも時々話す程度だし、私にとって一番仲が良い男子と言えばそうなのかもしれないが、そもそも私は特定の男子とそこまで親しくしないのだ。じゃあ逆に鈴本君にとって私が異性で特に仲の良い女子かというと決してそうではない。鈴本君にはクラス内外問わず、私より親しそうにしていて、かつ私なんかより可愛くて華がある女子の友達が何人もいる。だから、鈴本君にこのように言われる理由は、この状況で咄嗟には思い浮かばなかった。まぁ時間掛けても絶対に分からないな、うん。


「あのぉ……」


 私がしどろもどろな反応をしていると、鈴本君は痺れを切らして本質に迫ることを言ってきた。


「須原って俺のこと好きなんだろ? だったら俺達、両想いじゃん? 付き合おうぜ!」


「えっーと」


 どうしよう、告白の仕方が斬新すぎてどう答えていいか分からない。でも、なんとか捻り出す。


「その、まぁ、鈴本君は人として……好き、なのであって、異性としては、うん、その──」

「──は? 何それ?」


 突然、私と鈴本君の雰囲気が変わった。一応、カースト弱者、謂わゆる日陰者として生きてきた私には分かる。……怒ってらっしゃる。


「い、いや、だ、だから、その……」

「ウザ……」


 彼が小さくそう呟き、私は胸に嫌な緊張が走るのを感じた。


「あーあ、そういうことね」

「どういうこと?」

「だってそうだろ。一緒に遊んだり、夜に電話したり、俺の前でだけ見せる笑顔とか、要はそういう態度取って俺のこと面白がってたんだね」

「え、な、なにそれ?」

「うるせぇよ、ビッチ」

「──!?」


 そう吐き捨てられ、私は言葉を失った。

 でも、一緒に遊んだのだって鈴本君から誘ったわけだし、夜に電話したのだって鈴本君が電話掛けてきたからだし。全部、こっちからは一回もしたことない。あと笑顔のは知らん。


「待って待って! 一緒に遊んだのも断る理由が無かっただけだよ!? 別にそういうつもりじゃ……」

「なんだその言い草。つうか、須原さぁ、お前、なんか俺らと関われてるからって調子乗ってんじゃねえの? お前みたいな陰キャを構ってやっただけでもありがたく思うのが普通だろ。クラス全員に言うわ。お前が俺にやったこと。俺を弄んだこと、後悔しろ!」

「…………」


 私はあまりの恐怖に押し黙ってしまう。そんな私に、鈴本君はトドメと言わんばかりに、剣幕な表情で、冷たく、低い声で言い放つ。


「お前のこと、ぜってぇ許さねえから!」


 そう言って、彼はその場を後にした。

 彼が立ち去った直後、力が抜けたように、私は地面にへたり込んだ。

 落ち着かなくて、スマホを取り出してみる。黒い画面に反射する自分の顔が強張っていた。だって……怖い……。

 ……鈴本君、凄い発言力あるし。鈴本君のグループ強気な人多いし、苦手な人多いし、そもそも誰とも仲良くないし……。


「はぁ……」


 深く、深くため息をついた。

 でも確かに、鈴本君に気がないのに、一緒に遊びに行ったり、暇電に付き合ったりするべきじゃなかったのかもしれない。



 ────でもしょうがないじゃん。そんなにはっきり他人のこと拒絶できない。



 そりゃ、鈴本君達みたいにコイツは好き、コイツは嫌いって出来てたら、鈴本君が勘違いすることもなかったのかもしれないけど。そもそも最初から鈴本君拒否ってたらそれこそその時点で私の高校生活が終わってたまである。だって陽キャですよ? 

 つまり、私としてはクラス内ヒエラルキー上位の鈴本君に目を付けられた時点で、鈴本君の機嫌を損ねないよう鈴本君と嫌々付き合うか、鈴本君達に虐げられる残酷な高校生活を送るかの二択しかないわけだ。


「はぁ……」


 二度目のため息。

 でも、じゃあどないせいっちゅうねん! 鈴本君とは付き合いたくないし! 灰色一色の青春だって送りたくない! あんにゃろう、こんなクソ地味陰キャ女のどこがいいんじゃゴラ!!

──すると、スマホに着信が入る。


『ひかり:須原、お前、鈴本君と何かあったん?』


 早速きた。

 この『ひかり』という少女は、私の高校からの付き合いの親友だ。

 きっかけは私がカバンに付けているアニメキャラのストラップ。私は言わずもがな、ひかりも大のアニメオタクで、仲良くなるのに時間はかからなかった。

 気が強く、明るくて、クラスでも割と目立つゆえに友達の多いひかりが、既にこの件に関して知っている。

 どうやら鈴本君が早速教室で私の悪評を広めてってるらしい。


「……ヤだなぁ」


 私は膝を抱えて蹲る。

 ギュッ、と心臓を握り潰されたような気分だ。

 なんか、このまま消え去りたい。

 あー! ダメだダメだ! 落ち込んでても良いことない! 冷静に考えればただのあっちの逆恨みなわけだし、みんなも分かってくれるはず……。――と、願いつつ、私は六限の授業を、教室から一番離れた多目的棟校舎のトイレで過ごしていた。


「はぁ……」


 本日三度目となるため息。


 ブブ、ブブ、ブブ、ブブ、ブブ、ブブ、ブブ。


 さっきから尋常じゃないくらいスマホの着信が鳴ってるんですが……! 怖くて通知すら見れない。というか、みんなもっとちゃんと授業受けよう!? サボってる私が言えることじゃないけど。


 私がトイレの個室に閉じこもっていると、トイレの扉が開けられる音がした。

 普段サボったことのなかった私は、トイレに隠れてることがバレたのかと思い、慌てて個室を出ようと扉を開けた瞬間、扉が人にぶつかってしまった。


「ぶぎゃっ!」

「あっ、すみませ──」


 女子トイレの床に倒れている人間に、私は言葉を失った。


 それはクラスメイトで、一度も話したことのない小野瀬だった。……あ、一回だけあるかも。ひかりの前の席が小野瀬君で、ひかりの席で話してたら、ひかりが突然「えっ……やばっ……!? 小野瀬の背中に鼻クソ付いてる!!」と。すると背中を向けていた小野瀬君が振り返り、「えっマジっ!? と、と、取って! 取って! 三枝さん! 須原さん!」ってパニクってた。アレはちょっと笑った。正直、小野瀬君には背中に鼻クソ付いてたという印象しかない。……そう、男子生徒。小野瀬君は紛うことなき男子生徒なのだ。


「……えっ……なんで女子トイレに……?」


 自分でも、顔が引きつってるのが分かる。

 小野瀬君は赤くなった鼻を痛そうに撫でながら言う。


「待って。それより、ちょっとだけ泣いていい?」

「あっ! ごめ、大丈夫っ?」


 小野瀬君は苦笑いを浮かべる。


「あはは、大丈夫大丈夫」

「へぇ。治ったんだ」

「うん。もう完治」

「…………」


 私がジト目を向けていることに、小野瀬君は気付いたようで。


「えっと! みなみに、その、ス、スマホ取られてさぁ、ここら辺に無いかなぁって。……思って」


 しどろもどろに、小野瀬君は説明してくる。南とは同じくクラスメイトの男子であり、小野瀬君同様あまり話したことはない。南君は野球部で硬派なイメージがあるから、女子トイレに友人のケータイを投げ入れるとは思えなかったから驚いた。野球部だから投げ入れちゃったのかな?


「うーん、無さそうだね」


 小野瀬君は女子トイレの床に這いつくばって、床を見渡していた。

 ……しっかし、この人はなんか可哀想だな。


「うん。そもそも私が来てからここには小野瀬君以外誰も入ってきてないよ」

「なるほど! そっか、ありがと!」

「うん」

「じゃあ!」


 小野瀬君は足早に、トイレから出ようとした。小野瀬君がトイレの扉に触れたその瞬間──



 ──ピポパポピポ、ピポパピポ。



 ──スマホの着信が大音量で鳴った。

 小野瀬君は何の迷いもなく、ポケットからスマホを取り出し、それを耳に当てる。


「もしもし? ああ、南? えっと、ちょっとお腹壊したから保健室行くって先生に伝えといて。うん。ジュース一本でいいよ。おなしゃす! つーか! お前今どうやって電話してんの!? 授業は!? ……は、おいっ、あの野郎切りやがった」

「えっと……小野瀬……君?」


 私が声を掛けた瞬間、小野瀬君は飛び跳ねるように驚いて、振り返った。

 そして、私と目が合うと、小野瀬君の目は凄い勢いで泳ぎ出した。


「えっ、あっ、こ、これは……、じ、実はさ、テストの答案を捨てようと思って。嘘ついてごめん。でもでも、男子トイレって形状的に固形物流れないじゃん?」


 知らないよ!? つか、男子トイレにも個室あるだろ! いや、入ったことないから知らんけどさ! 


「男子トイレの形状とかはよく知らないけどさ、個室を使えばいいんじゃない?」

「いや! 男子トイレの個室も全部使われれて!」

「あ、え、そ、そうなんだ」


 初めて見たかもしれない、追い詰められた人間が必死に足掻く様を。


「た、たぶん、みんなでお腹……壊しちゃったのかもね」

「それって集団食中毒の可能性があるってことだよね? だとすると、責任の所在は誰に?」


 知らねえよ。フォローしてやっただけだっつーの。

 でも、私もこの人みたいに、バカだったらこんなに悩まなくても済むのにな。とか、失礼にも思ってしまう。


「ま、誰でもいいか。それで、答案ってのはで配られたやつでさ!」


 私の頬がピクッと揺れる。


「……さ、さっきの授業さぁ、なんか変わったことなかった?」


 私は恐る恐る聞いてみた。


「変わったこと? んー、あー、うーんと、あっ! 教室に須原さんが居なかった」

「じゃなくて。……す、鈴本君とか……何か……言ってたり……してない?」


 小野瀬君は上の方を見上げ、ボリボリと頭を掻く。


「んー、どーだったっけ?」

「ごめん、変なこと聞いたね。忘れて」

「まぁ、須原さんが俺のこと誰にも言わないなら」

「やっぱ覗こうとしてたでしょ?」

「ごめんなさい! 須原さんがいるとは思わなくて!」

「……まぁ」


 ここ多目的棟だし、私みたいな真面目な生徒がわざわざ多目的棟で用を足してるとは思わないだろう。


「俺の目的は音楽の杉浦先生だからな!?」

「はいっ……!?」


 こ、この人は突然何を言ってるの!?


「お、俺は年上が好きなんだよ! 杉原先生の全てを包み込んでくれる包容力が! だから杉浦先生がここに入ってくるまで待ち伏せしてようか──」

「──やめて言わないで! 聞きたくない!」


 ヤバイ、この人、まじで、ヤバイ。


 私が声を荒らげていることにビビったのか、小野瀬君は突然頭を地面に付けた。


「そうですごめんなさい。トイレの床でも土下座します。このことは黙っていてください。お願いします。お願いします。お願いします」


 うわぁ、私は初めて、人の本気の土下座を見た。


 突然小野瀬君が顔を上げる。


「そういえば、須原さんはなんでこんな所にいるの?」


 バカなくせに肝心なところに気付くな。


「そ、それは……」

「まぁ、話したくないならいいや」


 小野瀬君は立ち上がった。


「帰るの?」


 小野瀬君は苦笑いを浮かべる。


「そりゃ、まぁ、女子トイレだし」

「そっか」


 なんでだろう。小野瀬君に教室に戻って欲しくないと思う自分がいる。

 決して、彼のことが好きとか、そういうんじゃない。ガチで。

 だけど、こうして、場所は女子トイレだけど、楽しく話していたクラスメイトが、教室に戻って鈴本君から私のことを聞き、私のことを嫌ってしまうのが、とても悲しく思えた。

 すると、そんな私を見て、小野瀬君は口を開く。


「なんか事情がありそうだね。こんなとこより食堂で話す?」

「授業中だよ?」

「見つかっても大丈夫だよ。俺、言い訳得意なんだよね」


 アレでか。

 そうして、私と小野瀬君は、先生に見つからないように食堂へと向かった。

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