第3話 放課後

「カケー先生ってさ、超体育教師感あるよね。熱血だし、いっつもジャージだし」

 授業が終わり、蓮は私の方へ体を向けた。代謝がいいのか、彼女は常に何かを食べている。そして太らない。必死にダイエットしてやっと標準体型の私から見たら、本当に羨ましい限りだ。

「確かに! 体育教師っぽーい! でも根っからの体育会系じゃないよね。根性論押し付けたりしないしさ」

「そうだよね! 確かに!」

 杏の言葉につい過剰に反応してしまった。好きな人が褒められて舞い上がらないほうが無理だ。

「やっぱ好かれるよね、ああいうタイプ。でも意外と彼女とかいなさそー」

「えっ! いないかな? モテそうじゃない?」

 思わぬ会話の展開に驚いて、慌ててそう言った。

「あーなんか分かるかも。モテると言えば英語のサワミ先生でしょー。3組のアキちゃん、絶対狙ってるもん! あの人に似てるよね、あの、今の朝ドラのおまわりさん役でさ……」

「ああ! あの人! 確かに……」

 朝ドラは私も見ているし、イケメン俳優の彼にサワミ先生はよく似ていると思う。クラスの女子の中には、サワミ先生の授業の前はトイレに行って身だしなみを整える子も多い。

 その状況に、私はひっそりと喜んでいた。蓮が言った「でも意外と彼女いなさそー」という言葉も、嬉しくて何度も反芻した。

 先生が誰かに褒められてるのは嬉しい。でも先生に恋愛感情を向ける人が少ないのも嬉しい。私はこんなに性格悪かったっけ、と自分が嫌になる。


「でさ、凛が好きな人って誰なの?」

「えー! 今の流れだと忘れてくれてると思ってたのに……」

「そうもいかないよ! 絶対応援するからさ! したいんだよ! 同じ片思い同士じゃんか!」

 杏は他校に通う幼馴染に恋をしている。可愛い彼女に告白をする男子は後を絶たないが、全部断っているらしい。

「じゃあさ、せめてなんで、どこで好きになったのかだけ教えてよ!」

 杏はこれ以上は妥協しないと言いそうな雰囲気を出し、大きい瞳を細めた。

「文化祭! ゴミ箱からゴミが溢れてたから、片づけるの手伝ってもらったの!」

「えー! ベタだな! でも、なんかいいじゃん」

 蓮が切れ長の瞳を私に向けて微笑んだ。一方杏は少し間をおいて、一瞬で顔を赤くした。

「ちょっと、杏? 顔真っ赤じゃん! 恥ずかしいのはこっちの方だよ……」

 2人で顔を赤くしている光景は、なかなか滑稽だ。蓮は細かく肩を震わせている。

「はは! 杏って意外と初心な感じ?」

「だ、だって! 少女漫画みたいなんだもん!」

「やめてよ……。そんな大層なもんじゃないって」

 パタパタと手で顔を扇ぐ杏をからかいながら、3人で学校近くのパン屋「フラワー」へ行った。3人とも部活は異なるものの、休みの日はいつも同じで火曜日だ。

 イートインスペースに着いても、なんだかずっと落ち着かなかった。心臓の音が全身に響いている感じがする。

 

 人生で初めての恋バナは楽しかった。

「で、いつ告白すんの?」

 蓮が手に落ちたクリームを舐めながら、単刀直入にそう言った。

「ちょ、ちょっと! さすがに早すぎない?」

「そうだよ! 全然告白とか考えたことないし……」

「はあ? そんなうかうかしてると取られちゃうよ! 善は急げ!」

 告白に消極的な杏と私に対して、蓮は強行突破派だ。告白なんて考えたことなかった。相手は先生。あれ?これって大丈夫なの?という思いが浮かんだ。

 今まで考えたことなかったけど、これは一般的にいう「禁断の恋」ってやつなのかもしれない。

 「恋は盲目」とは本当だったのだ。浮かれて先生の苗字に自分の名前を合わせたり、後ろ髪についた寝癖を眺めたり、そんなことをしている場合じゃなかった。


 家に帰っても延々と考えていた。胸の奥がぞわぞわして眠れず、何度も寝返りをうった。

 どうせ眠れないなら、とリビングへ向かう。音量をいつもより小さくしてテレビを点けた。テレビには清純派を謳う女性アナウンサー達が映っている。画面の右上には「女子アナ30人に聞いた! モテる秘訣」と書いてある。

「頻繁に鏡を見るんです。常に美しい自分を見せたいって思って。休憩時間ごとに化粧室へ行ってます」

 人気ランキング1位のアナウンサーがそう言うと、会場からどよめきが起こった。

「えーそうだったんだあ! 私、てっきり頻尿になっちゃってるのかと思ってましたあ!」

 彼女の隣に座る女性アナウンサーがそう言うと、笑い声が起こる。人気ランキング1位のアナウンサーは、顔色変えず微笑むだけだ。大人だと思う。私なら顔を真っ赤にして俯いていただろう。

 鏡……できるだけ避けていた道具だ。でも彼女のように頻繁に鏡を見ていたら、文化祭の時のような失態は起こらない。


 結局私は、その番組が終了するまでずっと見ており、気づいたときには夜中の2時だった。先生に恋をしてからというもの、1日があっという間に過ぎる気がする。

 今まで聴いたことがないような恋愛ソングを聴いたり、高校生向け雑誌を読んだり……。確実に昔より忙しい。だが心地いい疲労だ。 


 しかし翌朝鏡を見ると、鉛筆で塗りつぶしたような濃い隈ができているのが分かり、これじゃあ本末転倒じゃないかと私は肩を落とした。迅速に杏に教えてもらった隈消しマッサージを行い、慌てて家を出た。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る