第三章 水霊の巫女

第三十四話 「繋がる一瞬、迷走する真実」

「──ええ、はい、そうです。ありがとうございます。もし何か解りましたら、■■プロの加藤保まで……はい、失礼します」

「どうだ?」


 通話を切って、希歌は首を横に振った。

 くそったれと、保が毒づく。


 運転手を保に変えて、空港へと向けて市内をひた走るバンの車中。

 加藤班は、TAKASHIというか細い糸をたどって、なんとか真実を掴もうと躍起になっていた。


 希歌たちにとって、いまの手がかりは彼だけなのである。

 すこしでも情報を掻き集めるため、先ほどから希歌は、TAKASHIの所属事務所、交友のあったユアチューバー、とにかく関係のありそうな部署に片っ端から電話をかけている。


 車自体は、TAKASHIの生家である寺院を目指しているのだが、すでにアポイントメントは取れていた。


「でも、話をした所感、ご両親はメチャクチャ普通の人だった」

「装ってるだけかもしれねぇが、マジでなにも知らねぇ口ぶりだったからな……そっちはどうだ、田所!」


 後部座席で作業をしていた所在は、タブレットPCから顔を上げずに答えた。


「ちょっとやばい話が入ってきたッスよ」

「なんだよ」

「以前、泥泪サマの施設を訪ねる前、インタビューした一般人の方がいたッスよね?」

「ああ、金泥かなさこ家の隣に住んでた……」

「あのひとからメールが届いてて、どうやら脅されてたらしいんッスよ」


 なに?

 と、保が身を乗り出す。


「黛さんのインタビュー、なんか不自然に打ち切られたじゃないッスか。あのとき、家の中に金泥の知り合いを名乗る人間が上がり込んでたらしいんスよ。これから芸能関係者が取材に来るから、言うとおりに喋ってほしい。報酬は出すからって」

「あ」


 希歌は、思わず声を上げた。


「だからあのとき、小切手の話が出てきたんだ……」

「おいおい、待てよ。じゃあ、なにか? 俺たちの行動は、そんな前から、誰かにお見通しで、おまけに仕組まれてたって事か?」

「ウッス。それで自分も気になったんで、どんな人物か問い詰めたンすよ。そしたら──ドンピシャドン!」


 所在が、画面をこちらに向ける。

 全員が、息を呑んだ。


「TAKASHIさんだったんッス。あのひと、宗教施設の関係者だったんッスよ」

「こりゃあ、ますます雲行きが怪しくなってきやがったな。なんとしても、奴を調べねぇとと……っと、通行止めか」


 進行方向で、大きな工事でもしているのだろうか、道が通行止めになっていた。

 保はハンドルを切る。


「……あん?」


 曲がった先も、また通行止め。

 仕方なく切り返し、迂回路を探す。


「……カトーさん」

「わーってるよ。こいつはヤベーぞ」


 さらに走っていれば、今度は検問所が現れた。

 迂回するのも不自然なので、そのまま検問を受ける。


 警察官が窓をノックするので、あける。


「コンチワ、なんかあったすか?」

「ええ、じつは要人の保護を求められていまして……中を確認させて貰いますね」

「どーぞどーぞ」


 笑顔で両手を広げる保だったが、その顔はすぐに強ばることになった。

 警察官が手に持ち、確認している資料。

 その内容が、サイドミラーに反射して見て取れた。

 そこには、黛希歌の写真が添付されていて──


「田所っ、黛連れて走れぇ!」


 叫ぶと同時に、保は警察官へと躍りかかった。

 戸惑う希歌だったが、所在の判断は速かった。


「いくッスよ!」


 彼女の手を引くと、即座にバンから飛びだし──


「……マジッスか」


 しかし。

 周囲は既に、無数の警察官たちに、包囲されていたのだった。


§§


「皆々様ぁ、よーこそおいでくださいましたん! わたくし、嘉嶋かしま禮子れいこと申しますぅ。皆様にご足労いただいたのはぁ、他でもありません。あなた方に取り憑いた悪霊について、とあるビジネスをご提示させていただきたいからなのです! きゃわ!」


 奇妙に明るく、はしゃいだ様子の声が響く。

 ぴっしりとスーツを着込んだ女性が、舞台上で大人げもなく飛び跳ねている。

 狐のように細い糸目と、泣きぼくろが印象的な女だった。


 連行された希歌たちは、しかし特に身柄を拘束されるわけでもなく、奇妙な場所に投げ出された。

 市内にある、文化ホールだった。

 小さな球場ほどもあるホールの観客席に座らされた希歌たちは、困惑の色を隠せない。


 周囲を見渡した保は、前の座席に脚を投げ出しながら鼻を鳴らした。

 その頬は赤く腫れており、希歌を逃がそうとした際に警察官に殴られたことが明らかだった。

 保は、不機嫌に口を開く。


「ご丁寧に挨拶ドーモ。でもなぁ、あんた。いきなり連れてこられた上に、こうも用意周到に身柄を抑えられたんじゃ、なにも聞く気にならねぇぜ?」


 彼が顎をしゃくって指し示すのは、ホールの入り口や希歌の周囲に陣取っている、何十人もの黒服の存在だった。

 全員が屈強な身なりをしており、耳には小さなイヤホンをつけている。


「俺の記憶が確かなら、こいつらSPだろ? つまり、あんたはどこぞのお偉いさんなワケだ。えっと……」

「はーい、わたくし、嘉嶋かしま禮子れいこです! 気軽に、〝れーちゃん〟ってよんでくださいましねー!」

「その、嘉嶋某さんが、俺たちになんの用だ」

「おっと、これはつれない」


 人を食ったような顔で、禮子は笑う。


「んー? かいつまんで申しあげれば、先ほど口にしたとおりなのですが……しかし残念おつむちゃんな皆様には、もうちょーっとだけ、説明が必要ですかね?」

「てめぇ……」


 静かに怒気を発し、立ち上がろうとした保を、周囲の黒服が押さえつける。


「離せ、暴れやしねぇよ」

「これは賢明、賢明、一生懸命! では哀れなあなた方に、わたくしの所属を明かしちゃいまーす。じつはわたくし……神社庁のほうから参りました!」

「はぁ!?」


 これには、希歌も思わず呆れた声を上げた。

 意味がわからないというのが、率直なところだった。


 なぜ、自分たちのような人間のところに、政府の人間が?

 考えれば、考えるほどわからない。


 けれどそのリアクションをどう受け取ったのか、禮子はにまにまと笑顔を絶やすことなく、自分勝手な説明を続けていく。


「既にお気づきかも知れませんがー、みなさまがたの動画をウェブ上にアップ! 出来ないように差し止めていたのも、わたくしどもでーす」

「会社が判断を仰いだ上のほうって、アンタらってこと?」

「はい」


 何故か満面の笑みで頷く、禮子。


「というのも、これには聞くも涙、語るも涙の事情がございましてぇ」

「いいから、早く教えろ」

「本当につれませんね、ヨヨヨ……はい、じつはですね。現在この国、とある宗教結社から攻撃を受けております。国家転覆を狙う彼らは、〝泥水霊なずみづち協会〟と名乗っているのですが」

「なず、みづち……?」


 希歌たちは、一瞬固まった。

 まさか、こんなところで話が繋がってくるとは思わなかったからだ。

 そして、一気に目の前の胡散臭い女の言葉に、信憑性が宿る。


「泥水霊協会には、あなた方の知っている人物──たとえば金泥虞泪ですとか、人気ユアチューバーTAKASHI──本名、諏訪すわ大二郎だいじろうなどが所属しております。ほかにも、草の根レベルで彼らの構成員は国中に浸透しているのですが」

「やっぱり、TAKASHIさんは……」

「胸くそわりぃが、そういうことだろうな」


 希歌のつぶやきを、保が肯定する。

 禮子は、その反応に満足げな笑みを浮かべると、本題を切り出してきた。


「単刀直入に申し上げますと。彼らの狙いは黛希歌さん、あなたです」

「あたし?」

「はい、あなたには奴らの信じる宇宙人」

「宇宙人!?」

「……失敬。いわゆる神様ですわ。その神様と交信するためのちからが宿っていると、奴らは考えているようなのです。サイコですね、サイケデリックですね。そのちから、いまならこの宇宙電波遮断シートで、完ッ全ッに! シャットアウト出来てしまうのですが、お買い求めになりますぅ?」


 いきなり目を輝かせ、銀色のアルミホイルのようなものを取り出した禮子を、希歌たちは冷たく眺める。

 あははーと愛想笑い浮かべた禮子は、そそくさとシートを仕舞い、コホンと咳払いをした。


「さて、ここからは大まじめなお話です。わたくしどもに、あなたがたの除霊をさせては戴けませんか。なぜならば!」


 彼女は、本気の表情で、言った。


「このままでは、ガチでこの街が、チェルノブイリのような隔離都市になってしまいますので」

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