第五話 「都市伝説! 泥泪サマ」
「これは……〝
ポツポツと怪談を口にする男性が、自分にはなんだか喪服を着ているようにみえた。
ただの真っ黒なスーツなのだけれど、陰気な顔つきが、葬式の帰り道のような雰囲気を醸し出している。
瓜実顔に張り付いた、銀縁メガネの縁でさえ、暗く映る。
「えー、中学生というのは、噂話が好きな年ごろでして。その女の子──Kちゃんも、年相応に都市伝説が好きだったんですね。そんなKちゃん、片思いの男の子がいた。陸上部のかっこいい男の子で。ただ彼には……恋人がいた。困ったことにその恋人、Kちゃんの大親友だったんです」
男性の周囲は薄暗く、ろうそく一本だけが彼を照らし出しているものだから、余計に幽霊かなにかのように見えてしまう。
そんなことをつらつら考えているうちに、話が進む。
「好きな人と、親友が恋人同士。恋と友情の板挟みです。Kちゃん、何度も男の子のことを諦めようと思いました。だって、好きな人ふたりを傷つけるなんてできないですから。諦めよう、諦めよう。何度も思ったんです。でもそのたびに、彼への思いは募っていく。そんなある日のことでした。ふと、耳にしたんですね──そうです、泥泪サマの噂を」
朴訥とした語り口調は、考える力のようなものを奪う。
うっかりすると眠たくなるそれは、読経のようにも聞こえた。
「とある廃墟の地下に、おーきな祭壇がある。そこには、
男性の声が、スッとヴォリュームを上げた。
駆け引きのような朗読の緩急に、背筋がぞっと粟立つ。
「願い事を叶えるまえに、一滴でも液体をこぼしてしまうと、たくさんの人が不幸になる。そんな続きが、噂にはあったんですね」
男性──怪談士の彼は、表情を変えないまま話を続けた。
しかし、話の舞台自体は、がらりと場面を変えていた。
「Kちゃんは迷った。何日も何日も迷って……それでも、その噂話を信じることにしました。藁にもすがる思いで、ある日の放課後、Kちゃんは家に帰らず、噂の廃墟へと向かったんです。廃墟は電車も通っていないような山奥にあるものですから、バスを乗り継いで、麓からは歩いて山に登る。この時点で夕暮れが近く、Kちゃんはたいへん焦っていました」
出直せばいいのに。
正直に、そう思う。
こどもの時分は危ないことも楽しいのだろうが、日が暮れてから山に入るだなんて危険が過ぎる。
統司郎の無茶な仕事で、ひとり富士の樹海に二泊三日することになったことのある風太は、そのときのことを思い出して身震いをした。
これは、別の意味で恐い。
「山を登り切るころには、すっかり夜になっていた。でもKちゃんは後ろめたい思いもあって、見つからないのは都合がいいと思ってしまった。それほど追い詰められていたんですね。そうこうしていると、廃屋が見えてきました。ひとつの村ほどもある、大きな施設。Kちゃんは、一番奥の立派な建物を目指して進みます」
村……その言葉に、不穏な意味はないだろうに。
なぜだか雲行きが、とてもよくない。
「廃墟の入り口は、板が打ち付けられていて固く閉ざされていたんです。Kちゃんが困っていると、誰かに呼ばれたような気がしました。呼ばれた方に行ってみると、窓のひとつが塞がれていない。手をかける。鍵が開いていた」
不自然なことだ。
けれど、その子は幸運だと受け取ったらしい。
「Kちゃんは身を滑り込ませました。懐中電灯の明かりだけを頼りに、暗い、暗い廊下を進んでいると、自分の足音がやけに反響して聞こえてきます。こつーん、こつん。こつーん、こつん。こつーん──こつ。足音が、一つ多い気がして。Kちゃんは恐くなりました」
恐いから、早く終えたい。気が
早く終わらせたいから、先を急ぐ。
そうして、地下へと続く階段を見つけたらしい。
「Kちゃんは階段を駆け下りる。たったったったった。下る、下る、長い。やけに階段が終わらない。たったったった……。こんな深いところになにがあるのか、不思議に思う。すると、唐突に階段が終わりを告げた」
大きな扉が、そこにはあったのだそうだ。
「Kちゃん、おっかなびっくり扉を開けました。懐中電灯でなかを照らすと、ひろーい部屋の中央に、神社で見るような祭壇が、たしかにあった」
近づいてみると、土気色の杯が安置されていたという。
「Kちゃんは願い事を思い浮かべました。噂の通りなら、そうしないと液体が出てこないからです。目をつぶって、親友を傷つけずに男の子と付き合いたいと一心不乱に願い事をして。それで、そっと目を開けると」
杯には、なみなみと黒い液体がたまっていたらしい。
「どろりとした、気味の悪い液体です。それでも意を決して、Kちゃんは液体を口に含んだ。ところが──バタン!」
急な大声に、またも背筋が跳ねる。
「背後で、扉が開いた。Kちゃんの親友と、片思いの男の子が血相を変えて立ってましてね、思わず『どうして?』と彼女は呟いてしまった。あっ! と思ったときにはもう遅く。口から、液体がこぼれてしまったんですね」
しかし、すぐに異常が起きることはなかったのだという。
「親友たちの手で、Kちゃんは施設から連れ出されてしまいました。彼女の様子がおかしかったので、ふたりはあとをつけていたのだそうです。さて、夜が明けて、しかしKちゃんは、学校に登校してこなかった。次の日も、次の日も休んでいる。はじめは昨日のことで気まずいのかと思っていた親友も、これが一週間も続くと不安になる」
やがて、少女は失踪したのだと噂が立つようになったのだと、怪談士が口にする。
「そのうち、奇妙なことが起きるようになりました。Kちゃんと親しかった子達が、ひとり、またひとりと学校を休むようになったんです。これは泥泪サマの祟りだ、いやKちゃんの呪いだと、あらぬ噂が学校で広がりはじめしてね。そうこうしていると、たいへんなことが起きました。事故で生徒が、ふたりも亡くなったんです」
部活中の事故、だったという。
「溺死でした。Kちゃんの親友の女の子と、その恋人の男の子。でも、不思議なんですよねぇ。なにせ、そのふたりは──」
小さく、小さく、声のトーンを聞き取れないほど落として。
怪談士は。
そっと言葉を、吐き出した。
「川も海も近くにはない、学校のグラウンドで溺死したって、いうんですから。もしかしたら、それは失踪したKちゃんと、泥泪サマの祟りだったのかもしれませんね。……お後がよろしいようで」
フッと、彼は息を吹き出し。
目の前で揺れていたろうそくの、か細い灯りを消した。
そのまま頭を垂れて。
画面が、真っ暗になる。
「というわけで、今回はこの〝泥泪サマ〟の真実を見つけてぇと思ってる」
希歌の上司──ディレクターである
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