嗤う泥泪
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
幕外 ~アウトサイド~
第虚話 『泥の嗤笑』
頭から布団を被る。
それでも、病室の隅にいる〝あいつ〟の姿を完全に視界から追い出すことはできない。
網膜に焼き付いた、真っ黒な人形。
──〝
下手な子どもが──自分もまだまだ子どもだけれど──投げやりに泥をこねて作ったような、奇っ怪なそれは。
水分過多で、どろりと溶けては、垂れ下がる。
ぎょろりと、泥の中に咲く眼球が。
音を立てながら、自分を探している。
なによりも。ああ。
あの、あの真っ赤な三日月が──
「どうして……どうしてこうなったのでしょうか。きっと、わたしが悪かったのですって」
呟く声は、きっと誰にも届かない。
けれども悪いのは自分だと、
きっと今回も、自分が悪いのだろう。
だから、あんな
「ああ……」
何度目かも解らない絶望を口から吐き出し、ギュッと目を閉じる。
脳裏に刻まれた泥人形の三日月は陰らない。
それは、真っ赤な笑顔だから。
泥の人形は
ケタケタと声もなく哄笑している。
どうして。
なにが楽しくて笑っているのか、解らない。
『あれはね、〝ナズミヅチ〟と云うのだ。そういう現象に、いまは〝泥泪〟という記号が与えられている』
ずっと前に聞いた母親の声が、今になって残響する。
この頃の母は、まだ優しい眼差しをしていたはずなのに。
いまはそれすらも、ただ恐ろしい。
「ううう……」
うめき声は、張り付いた喉を引き剥がすように痛ましく。
世界のすべてが恐ろしいモノであるような幻覚に震え。
いつしか、自分は渇きに喘いでいた。
喉が、渇く。
飲み込む唾液すらないぐらいに、口の中はカラカラだった。
根負けしたように、とうとう布団から顔を出す。
見る。
いつもの病室。
……やつの姿はない。
あんな怖ろしいモノに、どうして付け狙われるのか、幼稚な自分には理解のしようがない。考えも及ばない理由があるのかもしれないけれど、解らない。
できるのは、ただ祈ることだけ。
「お願いですから。お願いしますから……」
必死に祈りながら、枕元の楽飲みへと手を伸ばして、
「────」
湖上結巳は、卒倒した。
枕元で泥人形が。
真っ赤な口を開いて、ケタケタと笑っていたからだ。
消えゆく意識の仲で、考える。
「ああ──どうして」
かみさま。
どうして。
どうして自分は。
「こんなにも──笑えないのでしょうか……?」
いつからか、こころから笑うことはできなくなって。
皮肉にも、自分の代わりに、怖ろしいモノが、洪水のように笑い声を上げる。
苦しみばかりの人生。
悲しいばかりの人生。
「だったら」
幼い少女の意識は、絶望のうちに暗転した。
最後に、
「
小さな。
けれど確かな怨嗟を、呟いて。
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