第6話:可愛い・キレイ

「ヤマドーって、もしかして、ジゴロって呼ばれたことはないかニャン?」


「ジゴロって……。今時の若者が知っているとは思えないんですけど……。まあ、デザインしたのがカロッシェ・臼井うすいくんですから、もしかしたらキャラ設定でそういう古い言葉を使うキャラにしているのかも?」


 カロッシェ・臼井うすいは30歳手前というのに、山道・聡やまみち・さとるすら舌を巻くほどの豊富な知識を持っている。そのため、彼がキャラデザを担当すると、非常に深みのあるキャラが産まれることが多々ある。今、開発チームのNo2が川崎・利家かわさき・としいえであるが、プログラミングの実力を差し引けば、カロッシェ・臼井うすいの実力も相当なものであることは山道・聡やまみち・さとるも気付いてはいる。


 しかしながら、カロッシェ・臼井うすいは独特すぎる世界観を自分で設定しているために、視野が逆に狭まるという悪習を持っている。その意味においては、川崎・利家かわさき・としいえは受け入れる幅が広く、脳みその柔軟性が良い。だからこそ、山道・聡やまみち・さとるはカロッシェ・臼井うすいよりかは、川崎・利家かわさき・としいえをNo2として、自分の直下の部下として置いている。


 それはともかくとして、ジゴロ呼ばわりされるのは納得いかない山道・聡やまみち・さとるであった。緒方・桜子おがた・さくらことはちゃんと一線を置いているし、今、ルナ=マフィーエを籠絡したのは、自分がこの世界で生きていくためには致し方なかったことなのだ。


 決して、彼女とねんごろな仲になろうとしたわけではない。いくらゲームを元にした世界に降り立った山道・聡やまみち・さとるであったとしても、そこで女性と一晩、ベッドを共にすれば、自分は自分の嫁に対して、不徳をなしたことになるという自覚があったからだ。


 山道・聡やまみち・さとるはルナ=マフィーエの頭から左手を離す。ルナ=マフィーエは自分の頭から大きな大人の手が離れたことにより、顔を隠していた両手を膝の上に戻し、どこか悲し気な表情を浮かべる。山道・聡やまみち・さとるはそんな彼女の表情を見て、やりすぎましたね……と反省するのであった。


「も、も、もう少し、頭を撫でてくれていてくれても良かったのじゃぞ?」


「い、いえ……。アズキさんも見ていることですから、それはまた別の機会に?」


「そ、そうなのか? じゃ、じゃあ……。2人っきりになれる時間を作らねばならぬということじゃな!?」


 山道・聡やまみち・さとるは、しまった……と思ってしまう。このルナ=マフィーエという女性は気品に満ちている。それゆえか、今まで『可愛い』というひとりの『女の子』としての扱いをされてきていないことをに気づくのであった。


 いくつになっても『女の子』として扱ってほしい女性もいる。もちろん、美しく麗しい『女性レディ』として扱ってほしい女性もいる。ルナ=マフィーエは前者であった。それも、かなり重度にそう扱ってほしいと願っていたのである。それをたまたまであるが、山道・聡やまみち・さとるはその願いの一端を叶えてしまっただけなのである。


 ここで注意せねばならぬことは、女性側、そうルナ=マフィーエ側に少なからずも好意が山道・聡やまみち・さとるにあったことである。嫌われているのであれば、山道・聡やまみち・さとるがこんなジゴロよろしくなことをしたところで、彼女は彼になびくこともなかったであろう。


 山道・聡やまみち・さとるは人間の尊厳をかなぐり捨ててまで、ネズミの尻と尻尾を生で喰らうという行為をおこなったからこその結果である。この事実をゆめゆめ忘れてはいけない。


 山道・聡やまみち・さとるは自分を律するためにも、ベッドから尻を浮かせて、元居た場所に移動する。ルナ=マフィーエが、いけずなのじゃ……と小声でつぶやくが、わざと聞かなかった振りをする。あんなFカップもあるオッパイが真横にずっと座っていては、いくら自制心が高い山道・聡やまみち・さとるでも、不徳に至る可能性がある。そうなる前に、山道・聡やまみち・さとるは彼女から身を物理的に距離を置いたのであった。


 そして、山道・聡やまみち・さとるは冷たい牢の床に直に尻をつけて座る。


「えっと……。出来るなら、今日が西暦何年何月何日で、世の中はどうなっているのかを聞かせてほしいのですが……」


「なんじゃ、そんなことすら忘れてしまったのかえ? よっぽど強く頭を打ち付けたようじゃな?」


 ルナ=マフィーエが眼を丸くして、驚きの表情をその顔に浮かべている。山道・聡やまみち・さとるとしては、たはは……と苦笑するしか他無かった。ゲームと同じくメニュー画面を開き、そこから位置情報でも調べれば、大体、どうなっているかはわかるというものの、そんなこと出来ないだろうと、山道・聡やまみち・さとるは決めつけていたのだ。


 というわけで、眼の前の女性2人に、今、世の中はどうなっているのかを聞く。


「今は西暦1429年4月22日。場所はシノンの街の外れにある一軒家じゃな。ヤマミチは貴族風の男たちに散々に蹴られたと言っておったが、まさにその貴族たちが一同に会して、あることをしでかそうと企んでいるようじゃ」


「でも、あちきが仕入れた情報だと、とてもじゃないけれど、成功しなさそうなのニャン。齢17の小娘にオレルアンを奪還するための指揮を執らせようとしているニャン。あちきが貴族の一員ならば、そんなことは絶対にさせないニャン」


 半狐半人ハーフ・ダ・コーンのルナ=マフィーエと半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのアズキ=ユメルが自分たちが持っている情報をもとに議論を開始する。それを聞いていた山道・聡やまみち・さとるはある程度、今、どうなっているのかを推測する。


(なるほど……。今日はオレルアン争奪戦がおこなわれる1週間前というわけですね。そして、ここは秘密の会合場所であり、この家に近づいたルナ=マフィーエさんとアズキ=ユメルさんは不審者として囚われたというわけですか……)


 そして、自分はこの家の茅葺きの屋根を突き破り、その現場に文字通り飛び込んでしまったのだ。山道・聡やまみち・さとるはこめかみにやってくる鈍痛にため息をつきたくなる気分になる。

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