第2章:不審者

第1話:猫耳

 気品あふれる貴族風の衣服に身を包んだ数人の男たちが、屋根を突き破って侵入してきた怪しい男を取り囲み、ゲシゲシと蹴りを入れ続ける。山道・聡やまみち・さとるはカタツムリのように身体を丸めて、一方的に蹴られるばかりであった。


「痛い痛いっ! ちょっと、あなたたち、僕を誰だかわかって蹴りを入れているんですよね!?」


 山道・聡やまみち・さとるはこの時、自分を囲む男たちをノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちだと勘違いしていた。それゆえ、この世界の神と等しいGMゲームマスターを足蹴にするとは何事だとばかりに憤慨したのである。


 その山道・聡やまみち・さとるの言葉を聞いた面々は、一旦、彼に蹴りを入れるのを止めて、互いの顔を見る。そして、お前の知り合いか何か? いや違う。じゃあ、蹴っ飛ばしていいよな! と言うことで、またもや山道・聡やまみち・さとるをゲシゲシと踏みつけるのであった。


 それから10分ほど経つと、ボロボロになるまで蹴っ飛ばされた山道・聡やまみち・さとるはこのかやぶき屋根の家の地下にある鉄格子と石壁で閉じられた簡素な牢獄へと放り込まれることになる。


「いったたた……。僕がGMの山道・聡やまみち・さとるだと言っても、てんで聞く耳をもってくれませんでしたね……。あのひとたちはGMを敬う気持ちは無いのですか!?」


 山道・聡やまみち・さとるはあぐらをかき、身体のあちこちをさする。お気に入りの薄茶色のジャケットは泥で汚れており、さらにはに仕事用の群青色の綿パンには穴が空いてしまっていたのだった。


「くぅぅぅ! 僕の一張羅がボロボロですよっ! あいつら、あとで賠償請求させてもらいますからねっ! もちろん、ノブレスメダルでですがっ!」


 怒りが収まらない山道・聡やまみち・さとるがプンプンと怒りに身を震わせる。そして、その辺にあるゴザを引っぺがし、バシーンと鉄格子にぶつけてしまう。するとだ、ゴザを剥がされてしまった牢の先住人が眠い目をこすりながら、簡素なベッドの上からむくりと起き出し、鉄格子の方を向いている山道・聡やまみち・さとるの頭を右手でポカリッ! とはたく。


「うるさいんだニャー。ここで暴れたところで何一つ解決しないんだニャー」


「あ、す、すいません。先客がいらしていたんですね……、って、うえええ!?」


「どうしたんだニャン? いきなり素っ頓狂な声をあげて?」


 山道・聡やまみち・さとるは自分の後頭部をはたいた人物に詫びを入れようと、後ろを振り向く。するとだ。そこにはちょこんと頭に猫耳を乗せた美少女が半裸の状態でベッドの上に立っていたからである。


「ちょ、ちょっと!? ケモ耳は僕の心にズキュンッ! と突き刺さるのでやめてくれません!?」


「んー? やめてくれと言われても、産まれてこの方、この耳なんだニャン。あちきの存在意義自体を否定する気ニャン?」


 山道・聡やまみち・さとるはケモ耳属性を持っている。その性癖なのか趣味なのかわからないモノを活かし、ノブレスオブリージュ・オンラインにもキャラクターの頭装備を色々な小動物のケモ耳に変換するアイテムを導入するなど、GMらしからぬ働きをしていたりもする。


 出来ることなら、自分の嫁と目に入れても居たくない可愛い娘にもケモ耳カチューシャを常時つけていてほしいと願っているほどのケモ耳好きだ。


 しかし、山道・聡やまみち・さとるの嫁は歳を取るたびに、もう嫌だと拒否し、娘は多感な年頃となり、やはりケモ耳カチューシャをつけることはしなくなってしまったのだ。悶々とする日々を過ごす山道・聡やまみち・さとるにとって、眼の前の猫耳美少女の存在はドッキドキと彼の胸を高鳴らせるには十分の破壊力を持っていたのであった。


「い、いや……。似合ってますよ……。いやあ、役得役得。ふぅ……」


「何が、ふぅ……なのニャー? なんか、知らない間にあちきは汚された気分になってきたんだニャー」


 さらさらとした蒼髪をボブカットにしている猫耳美少女が、山道・聡やまみち・さとるに対しての興味を失くしたのか、彼から剥ぎ取られたゴザを受け取り、それを身体に巻き付けて、ベッドの上でまた眠りに落ちていく。クークーと可愛らしい寝息を立てるので、山道・聡やまみち・さとるはつい、ごくりと喉を鳴らしてしまう。


(ちょっとくらい、あのフサフサとした猫耳を揉んでも良い……ですよね? 僕はこの世界の神なのです……。神は下界の住人に何をしたって許されるはず!?)


 猫耳よりかはおっぱいを揉んだほうが良いのではないのか? と思われるかもしれないが、山道・聡やまみち・さとるの視線はゴザからはみ出している猫耳に釘付けであった。それほどまでに彼女の存在は山道・聡やまみち・さとるには大きかったのである。


 山道・聡やまみち・さとるは恐る恐る、身体をねじりながら、じわじわと彼女に近づいていく。そして、どうか気づかれませんようにと心に願いながら、汗がにじむ右手を猫耳娘の猫耳に近づけていく。


「おっと。そこまでなのじゃ。その汚らしい手で、アズキの肌に触れようとするのは止めるのじゃ」


 凛として威厳に満ちた通る声で山道・聡やまみち・さとるは自分の行為を中断させられてしまう。というよりは、その女性の声が耳に入り、自分は何をしているんだ!? と自覚させられたからだ。山道・聡やまみち・さとるは困ったような嬉しいような、なんとも言えぬ、困ったときの日本人ならではの顔つきになってしまう。そのままの微妙な顔つきで、声の主のほうへと顔を向ける。


「なんじゃ? 気持ち悪い。何ゆえに薄ら笑いを顔に浮かべておるのじゃ。わらわに性の対象を移したのかえ?」


 山道・聡やまみち・さとるが顔を向けた先には、心底、機嫌の悪い表情を浮かべるキツネ耳の妙齢の女性がこれまた藁のベッドに尻とキツネ尾だけ乗せて座っていたのである。しかもだ、汚物を見るかの如くに、侮蔑がこもった視線を山道・聡やまみち・さとるに送ってくる。


 そのキツネ耳の妙齢の女性は右手で、自分の顔にかかっているロングストレートの金色の髪をさもうっとおしそうにはねのけ、はんっ! と威勢よく息を吐く。


「この牢屋に入れられたということは、コソ泥か、はたまた、上に居る貴族たちに怪しまれたかのふたつにひとつじゃ。お前さん、どちらに所属するのじゃ? まさか、酔っぱらって、ここが娼館か何かと間違えて、のこのこと入り込んでしまったのかえ?」

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