良く喋る女
マスターがこのバーの素性を説明した後、先客の3人はヒロシが来る前からだったであろう話題に戻って談笑し始めた。ヒロシの左横に座っている女性客は、とにかくよく喋る。この時間にして彼女だけ酔いが先行しているようだ。このバーのを仕切るように会話のイニシアチブをとっている。
女性は30代後半と見える。このバーは禁煙ではないが、男性陣はヒロシ含めて吸わないようだ。一方、こ女性は良く吸う。女性の前だけに灰皿があり既に5本ほどの吸い殻が盛ってある。丁度、女性がたばこを箱から一本取り出した。フィルターを歯で挟みながら火を付ける。そして肺深くまで深呼吸をするように吸い込む。少し顔を上に向けて吸い込んだけ煙りを斜め上に向けて、ふぅ~、と一気に吐き出した。そして、また肺深くまで一気に吸う。今度は、口を閉じて大量の煙を鼻の両穴から顔下方向に八の字に吐き出した・・。酔っているせいもあるのか吸い方の一連の所作が男っぽい。
女性は綺麗とか可愛いとかの表現は適さないが、スタイルは良く、着こなしや化粧もこなれていた。人懐っこそうなところから、まぁ、そこそこ男には好かれそうな感じはする。
ただ、よく喋る女だった。
男性客二人が最近話題の女性タレントの話題をしていた。
「先週、沢田ミエカがクスリで捕まったね。」
「あー、あいつは綺麗だけど、昔から発言がおかしかったら何かやっていると思ったよ。」
「ハーフなんだろ、スタイルが違うよね。」
「日本人離れしたスタイルしてるね。出るところ出ている。」
「胸の感じなんかいいよね・・」
男性同士にありがちな会話をしているところに、暫しほっておかれた良く喋る女が会話のリードをしたくて割って入った。
「私だって胸には自信あるわよ!」
と、両胸を手で押さえる仕草をし身体を左右にねじらながら言った。男性客二人はそれをみてくすく笑ながら構わず続ける。
「沢田ミエカの胸の大きさはいくつかなぁ。」
すると、女性客がさらに話に入り込む。
「私はCカップ! 沢田ミエカよりは小さいかもしれないけど形はいいわよ!」
男性客二人は応答してケラケラわらった。
「ユミコのカラダ自慢が始まった!」
この女性はユミコと言うらしかった。ヒロシは年齢の割には古風な名前だなと思った。ただ・・、ヒロシは男性として普通に女性に興味があるが、卑猥な話を公然とすることには恥ずかしさもあり少々抵抗を感じる部類の人間だった。それに、バーではどちらかというと静かに飲みたい派である。
だが、ユミコのトークは止まらなかった。男性客もけしかける。
「沢田エリカはクスリのためにタレントで稼いでたってわけか。」
「いやいや、派手な芸能生活とのギャップにストレス感じてクスリに手を出したんじゃないか。」
「たしか何人かの男と噂があったよな。」
ユミコが食い付いた。
「いいわよね、売れているから十分稼いでいるんでしょ。」
男性客の一人が言った。
「タレントなんて、かなり売れなければアルバイトでもしなければやっていけないらしいよ。」
ユミコが返す。
「それでもいいじゃない。私なんて会社の事務なんかやっていたらアルバイトなんかできなやしない。」
男性客の一人、
「ユミコだったら夜も働けば稼げるよー。」
ユミコが笑って答えた。
「そんなに暇じゃないのよ。ほんとうに副業でお金を稼ぎたかったから、パンツを売るわ。」
流石にヒロシはこのユミコの発言には反応した。パンツを売る? それで小遣いを稼ぐ女達がいると聞いたことがある。女子高生がそのことで補導されたニュースを見たことがある。しかし女子高生に限らず、年齢層幅広くそれで危ない収入を得ている女達がいると聞く。まぁ、そういうマーケットを作り出す男の方も馬鹿なもんだが・・。
ヒロシは思わず口に出した。
「パンツ?」
突然のヒロシの発言に、先客三人は沈黙してヒロシを眺めた。ヒロシは、ここで何か発言しなければならないような圧を感じた。少しビールも回ってきて、ユミコに話を振ってみることにした。
「パンツを売っているのかい?」
からかうように口に出してみたが・・少々恥ずかしい。
しかし、ユミコはあっけらかんと小憎らしい悪女のように返してきた。
「私はそんなことしないわよ。そういう友達はいるけど。私は別なものを売るわ。」
ヒロシは少し想像してさらに聞いた。
「別なモノって・・」
するとユミコはきっぱりと言った。
「カラダは売らないわよ。そういうことはしたことはない。」
そしてヒロシの方を見て、ケラケラと笑った。
ヒロシは、では何を売るんだ?と聞こうとしたが、ここで話を終わらしたかった。しかし、十分にユミコの興味をこちらに向かしてしまった。ここからユミコのヒロシへのうんざりトークが始まるのである。
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