Barオパール

 中に入ってみると、そこは確かにバーであった。お店には3人の先客が既にいた。マスターとともに一斉に入ってきたヒロシを振り向いた。手前に男性客二人、その奥に女性客が座っていた。3人とも近くの地元民らしくラフな恰好をしている。


「あっ、あの・・、やってますか。」


と言いながら、ヒロシは少々間抜けな発言をしたと恥じた。やっているから客もいるのだろう・・。マスターが言った。

「いらっしゃい、今日は17時からやってますよ。どうぞこちらへ。」


 店はほど良く薄暗い照明だ。ルノワールの絵やら、ビートルズのジャケットやらが壁に飾ってある。曲名はわからないが聞いたことあるジャズ系の音楽が心地よく流れていた。悪くない店だ。


 マスターの後ろに並んでいるお酒をみると、こだわりを感じる。スコッチウィスキーと思われるボトルの数々が並べてある。そのほか、店の中にある縦長のガラスケースにも何本かボトルが見える。ヒロシもウィスキー好きだが、ボトルのエンブレムに見覚えがないものが多い。どうやらマスターがこだわって独自のルートで仕入れていると思われる。


 ひとつだけこの店に不思議なことを感じた。カウンターが・・、なんとなく普通のバーそれとは違う。6~7人ほどしかないのだが・・。


マスターが言った。

「空いているところどこでも良いですよ。よろしければそこに。」


マスターは女性客の横の席を促してコースターを置いた。ヒロシは言われるままその席に座った。

「ビールを。えーと、ハイネケンで。」

「あいよ。」


ヒロシは続けた。

「このカウンター・・変わってるね。なんか屋台みたいな・・。」

マスターはビールをコップに注ぎながら言った。

「あー、見ての通り屋台ですよ。面白いでしょ。」


 確かに面白い作りだ。ヒロシがテーブルを手でなぞりながら感心していると、男性客の一人が話に入ってきた。

「マスターはね、苦労しているんだよ。最初はこの近くで店をやっていたんだ。ところが4年前に店のあった場所の再開発で店を締めなければならなくてね。」

マスターが継いだビールをヒロシの前のコースターに置いた。

「はい、ハイネケンをどうぞ。つまみは後ろに柿の種の瓶があるからご自由にどうぞ。」

ヒロシはコップを少し高く上げた。

「ありがとう。皆さん、始めまして。」

3人の先客とヒロシは杯を交わした。話始めた男性客が続けた。

「マスターはバーが好きでね。でも店舗が見つからない。そこで、この屋台を引いてあちこちで営業していたんだよ。」

ヒロシは驚いた。

「えっ、屋台を引いてバーをやっていたんですか?」

「そう、あちこちで場所を借りてね。俺たちも追っ掛けて飲みに行ったよ。それで1年前にようやくここを借りることができたというわけ。」

マスターが淡々と口を開いた。

「まぁ、こういう店が好きだからね。お客さんの一人がここのオーナーで使って良いと言ってくれた。」

ヒロシは店の前で思ったことを聞いてみた。

「面白い作りの建物だよね。倉庫かな?」

マスターは返した。

「ここはね、ガレージだよ。ほら、シャッターがあるだろう。あそこからそのままこの屋台を入れることが出来たから話に飛びついた。内装を色々とやってみたら、こんな感じ店に・・バーらしいでしょ。あっ、トイレはそこね。飲食店の場合はトイレがある場合はトイレ専用の手洗いがないと法的にダメでね。その工事が一番金がかかったよ。ガレージじゃぁ水道管もまともに通っていなくってね。」


ヒロシは、トイレの外にある手洗い場所をみて、なるほどと思った。しかし、ガレージに屋台を持ち込み、自分なりの店にしてしまうその発想にすっかりこの店が気に入ってしまった。

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