9 由真のメール(4)

「あなたもよく知っているとおり、Nはわたしの元教え子です。教えていたころは高校生で、大学進学が決まってから、わたしたちと一緒に遊ぶようになりました。講師が元教え子を連れてくることはよくある話です。おかげでグループはどんどん大きくなりましたが、その中で合う・合わないがあったり、別のグループができたりして以前のようなまとまりはありませんでした。わたし自身も教員採用試験を受けるために、あまり以前のように遊べなくなってしまいました。


Nはあなたの小説には「ミキちゃん」という名で登場します。もちろん、Nのモデルがミキちゃんかどうかについては、あなたにしかわかりませんね。わたしが勝手にそう思っているだけです。けれど、わたしはNはミキちゃんと確信しています。例えばNの誕生日に髪留めをプレゼントしたりとか。髪留めを提案したのはわたしでした。わたしが西友の一階の雑貨屋にたくさん売ってるからと教えてあげました。別にいじわるでそうしたわけではなく、友達にあげるのならその辺が無難だと思ったのです。「十字路」を読むと、あのとき福園さんがどんな風にわたしを見ていたかよくわかります。でも、わたしはNのことを可愛がっていたし、その子にあなたがプレゼントしたいと思うのは嬉しかったんですよ。


そういえばまた話が脱線しちゃいますけど、ひとつ言わせてください。わたしは塾長の沢松さんと関係を持ったことはありません。もちろん、あなたは話はフィクションだし、わかりきったことだと言うのかもしれませんが、あなたはきっとパートさんにもはっきり言わないつもりでしょう? だからこの場できっちり否定させてください。そもそも沢松さんは独身なので、もし関係を持ったとしても、それは不倫には当たりません。


話を戻します。あなたとNが付き合いだしたと聞いたときも、それほどショックは受けず、むしろ祝福したい気持ちでした。わたしとNは本当に仲良しで、実はNが高校生のときから度々あなたのことを話題にあげていたのです。「すごく変な人がいる」て言いながら。なにせあなたのブースは賑やかでしたから、Nもすぐに福園さんのことがわかり「今日寝癖がすごい」とか報告してくるようになりました。初めてあなたと初めて遊ぶことになったときも、Nはとても喜んでいたのです。福園さんは、Nと初めて遊んだときのことをおぼえていますか? ゴールデンウィークのバーベキューのときです。あなたは夜勤明けで遅れて不機嫌そうにやってきて、赤いTシャツを着ていました。髪の色もかなり明るかったです。

「自分で染めたらまだらになって、美容師にこっぴどく怒られた」

と愉快そうに話してくれました。「こっぴどく」の言い方に、わたしもNも爆笑しました。Nは福園さんの雰囲気に最初引いていましたが、すぐに打ち解けました。5月の頭なのに気温が30度を越え、福園さんは終始「だからバーベキューはイヤなんだ」と文句を言っていました。始まってすぐに日焼け止めを貸してあげましたが、適当に塗るから顔は真っ赤でした。「じゃあ来るなきゃ良かったじゃん」とわたしが言うと「でもNちゃんに会いたかったから」と照れくさそうに言いました。


日が暮れてから秩父にドライブしようとなりましたが、途中でめんどくさくなって帰りました。Nは福園さんについて「思った通りの人だ」と喜んでいました。


福園さんはNに髪留めをプレゼントして少ししてから、Nに告白したとの話でした。わたしはあなたの報告を受けるまで、本当にあなたの気持ちを知らなかったんですよ。だから、メールを見て、もっとちゃんとした物を選んであげれば良かった、と少し後悔しました」

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