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Nとは人の名前でもちろん由真のメールでは名前が記載されているが、小説に載せる際に私が置き換えた。イニシャルではなく、記号である。Nがどんな人物なのかについて、もちろん私はよく知っているが、この場での説明は控え、由真の話を待ちたいと思う。

由真の「メール」を小説にすることを持ちかけたとき、由真は細部は変えてもいいが、大筋についてはそのまま掲載してほしい、と条件を出してきた。私はそのときNについても書くのだろうと予感した。由真は私がNについて、嘘をつくことを恐れたのである。


「由真はなんだか、ずいぶんもったいぶる女なんですねぇ」

前回の「メール」を読んで、環さんがそうLINEしてきた。

「そうですね。たぶん、Nについて書くのを避けたいんだと思います」

(意味不明、のスタンプ)

「ちょっと意味がわかんないです。書きたくて書いてるんじゃなくて?」

「そうなんだけど」

「福園さんはNを知ってる?」

「知ってます」

「誰なの?」

「それはとりあえず、由真が言うのに任せようかと」

「ふうん」「女?」

「ノーコメントで(笑)」

(ガーン! のスタンプ)

「じゃあいいです。もう聞かない」

「たぶん、自分が言うと、由真のメールの意味がなくなっちゃうから」

「福園さんも、もったいぶるんですね」

「ごめんなさい」

「謝らないでください。わたし、思ったこと言ってもいいですか?」

「はい」

「由真は、ひょっとして福園さんの身近にいませんか?」

「え?」

「愛人、とか」

「だとしたらどうします?」

「最低」

「由真とはずっと会ってません。それは彼女の話の通りです。自分は、彼女がどこに住んでるかも知らない」

「なら良かったです」

「良かったのかな?」

「由真も、何か嘘をついている気がして」

「この前は『福園は嘘つき』て言ってたよ」

「わたしが?」

「肝心のことを言ってないって」

「いつ?」

「小川さんの送別会のとき」

「全然記憶ない。飲み過ぎたのかな」

私は内心安堵した。あるいは、忘れたふりをしているだけかもしれない。

「甘えちゃったのかもしれない」

「誰が?」

「わたしが」

「ふーん」

「とにかく、わたしは福園さんのこと信じますよ。福園さんは実在するんだから」

「でもいつまでいられるかわからないけどね」

「またクビになるって話ですか? 飽きました。福園さんが課長に気に入られているのは明らかです」

「気持ち悪いこと言うなよ。吐きそう」

「そういえば体調はどうなんです?」

私は風邪を引いて、仕事を休んでいた。

「良くなってきました。洗濯機も3回回せた」

「は?」

「いや、晴れてたし」

「ちゃんと寝なし!」

「明日は仕事行きます」


なんて言いながら熱が下がらず、その後も2日も休んでしまった。金曜の朝、バスに乗っていると知らない番号から着信があった。バスを降りてからかけ直すと環さんで、休むことの連絡だった。

「ごめんなさい。わたしも風邪引いちゃったみたいで」

電話の環さんは鼻声だった。休みの連絡はLINEではなく、電話で行う。

「福園さんは、だいじょうぶ?」

「今日から復帰しました」

「良かった。みんな寂しがってましたよ」

「うつしちゃったのかな?」

「LINEでも菌が飛ぶんですねぇ」

「ていうか、誰の携帯でかけてるの?」

「あれ? あそうか。これは、わたしのじゃない」

そう言ってすぐに電話は切れてしまった。しばらくかかってくるのを待っていたが、そのままだった。用件は済んでいたので、私の方からもかけ直さなかった。

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