6 由真のメール(2)
「夏になってわたしは福園さんと2人で飲みに行きました。夕方6時に駅で待ち合わせました。わたしは学校帰りで、あなたは家から自転車でやって来ました。イトーヨーカ堂の前の、ゲームセンターの2階の居酒屋だったと記憶します。薄暗くて店内にデジタルジュークボックスがあって、雰囲気のあるお店でした。お通しにはポップコーンが出てきます。「十字路」の中でも主人公と笠奈が飲みに行くシーンがあります。わたしはすぐのこのお店のことを思い浮かべ、読んでいてとても懐かしい気持ちになりました。ジュークボックスにあなたがお金を入れ、ビートルズを流したことがありましたね。「オブラディ・オブラダは人生はブラジャーの上を流れるって歌詞だよね?」と真顔で語っていたあなたを思い出します。福園さんとは色んなところに行きましたが、この居酒屋がいちばんの思い出です。当時わたしには恋人がいましたが、お酒がまったく飲めない人だったので、福園さんと2人で酔っ払うのはとても楽しかったです。あなたは帰り際、いつも「楽しいことが終わるのは寂しい」と弱気になりました。わたしが「また企画すればいいじゃない」と励ますのがお決まりのパターンでした。
それから塾内の他の人とも遊ぶようになって、ドライブに出かけたりしました。小説ではお台場へ出かけましたが、秩父にも夜景を見に出かけたり、寄居の湖へ、肝試しに行ったこともあります。あの頃は今思えば本当にエネルギーがあり余ってたんですね。あなたはコンビニの早朝のアルバイトをかけ持ちしていましたが、夜通し遊んで出勤することも何度かありました。「寝ないで行くの?」と聞くと「30分寝る。まったく寝ないのはツラいから」と答えてきて、本当かよと思いました。その後真っ青な顔をして働くあなたを、からかいに行ったこともあります。あなたは
「バイト終わったらおぼえていろよ」
とにらんできましたが、もちろんその頃には家に帰って寝ています。
そのうちにあなたはコンビニのアルバイトの人も連れてくるようになって、徐々に輪が広がっていきました。その人たちに聞いたのですが、福園さんは当時あまり学校に行っていなかったのですね。何かとても仲の悪い人がいるとのことでした。バイト仲間の中に、あなたと同じ学校の人はいないので、確認はできませんでしたが。わたしが学校について聞くと、あなたは
「週に2回は行ってるから大丈夫」
と謎の答えをしました。一体何が大丈夫なのかさっぱりわかりません。わたしは教職もとっていたから、平日はぱんぱんに授業が入っていて、土曜に授業がある日もありました。宿題やレポートも山ほど出されます。
「レベルの低い学校だから、授業が簡単なんだよ」
とも言っていました。聞くと学生は最初に、分数の割り算を習うそうです。特別な計算ではなく、小学生が解くやつです。
「馬鹿しかいないんだよね。うちの学校」
だから学校へも行かず、バイトをかけ持ちして忙しく働いているというのでしょうか? そうは言っても学校へ行っていない日は何をしているのでしょうか。わたしがしつこく聞くと
「人間関係が面倒くさくて」
と本当に面倒くさそうに答えました。じゃあわたしといるのも面倒くさい? と思わず聞きそうになりましたが、黙っていました。「基本的に人が好きじゃない」とも言っていて、やはり独特な人なんだと思いました。もちろんわたしは傷つきましたが。
福園さんは本を読むのが好きだったんですね。親しくなってくると、やがてそのことがわかりました。学校へ行っても図書館に入り浸るか、映像室へ行って北野武の「ソナチネ」を繰り返し見ているとのことでした。オススメはあるかと聞くと、村上春樹の「ノルウェイの森」と教えてくれました。当然のようにわたしは「読みたいから貸して」と頼みました。あなたは「長いから」と渋りましたが、貸してくれました。わたしと福園さんの家の間のちょうど中間にある、駄菓子屋の脇で待ち合わせして、わたしは本を受け取りました。夏の終わりの午後で、どうしてそんな場所で会ったのか、今ではおぼえていません。福園さんはおぼえていますか? あまりシフトが重ならなかったのかしら。とにかくわたしが到着すると福園さんはレンガ塀の脇で自転車にまたがったいて、これからわたしに貸そうとする本を読みふけっているのでした。
「ノルウェイの森」の感想については、笠奈が言ったとおりです。「十字路」自体も、かなり意識したんじゃないかと思うぶぶんもありました。主人公の言い回しとか。
共通の友人が増えてくると、わたしと福園さんがつき合っていると思う人も出てきました。わたしたちはそれくらい仲が良かったんです。飲み会では、わたしが頻繁にレモンの皮を福園さんに投げつける場面が見られました。福園さんは「ふざけんな」と怒りましたが、決して本気で怒っていないことは、もうわかりきっていました。わたしは人数のいる飲み会では、わざと福園さんの遠くに座り、聞こえよがしに福園さんを悪く言ったりしました。
「福園さんには心がない」
当然福園さんにその声は届かないのですが、わたしはなんだかそれが理不尽な気がして、レモンの皮や、割り箸の袋だのを投げつけたのです。
心のない福園さんについて、誰かがそれをオズの魔法使いのブリキの木こりみたいだ、と言いました。以来福園さんのあだ名が「ブリキの福園」、「ブリ園」、「ブリキ」になりました。福園さんは「うるせー」とか「センス0」と言い返しましたが、まんざらでもない様子でした。あなたは注目さえされれば、内容はなんでも良かったのです」
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