第31話 表と裏

 海外旅行中の両親は週末まで帰ってこない。帰宅した比佐子は、誰もいないリビングでミネラルウォーターをグラスに注いだ。一息で飲み干すと、すぐに二杯目を注いだ。のどが渇いていた。


 葬儀の帰り桂に、私を疑っているのかと聞かれた時は即座に否定した。実際桂の仕業とは思わなかった。由実を疑っていることに対しては、ショックで判断力を失っている、と諭された。それも真実を隠すためだったのだろうか。


 すみれと桂は仲が良かった。実際は裏ではどうこうなんてこともない。あればすみれから聞かされている。むしろ崎元のことでぎくしゃくしていたのは桂と由実。

 仮にその二人が裏でつながっていたとして、桂がすみれの死を望むだろうか。由実から掲示板への依頼を持ちかけられたとして、応じるとは思えない。

 比佐子は二杯目のミネラルウォーターも飲み干し、空になったグラスをシンクに置いて2階の自室に入った。


 この部屋で、すみれと由実がDVDを観ながら振り付けを真似ておどけていたのは、僅か半年前。あんなに楽しそうにしていた二人がこんなことになるなんて想像もできなかった。

 写真立ての中のすみれはその時と変わらない笑顔・・・。


 思いついたように、比佐子は写真立てを取って裏返した。留め具を回して台紙を取り外す。中では写真が2枚重ねてあった。すみれが遊びに来た時は、二人だけの写真だと照れくさくて、すぐに入れ替えられるよう裏にもう一枚、放課後の教室で4人で撮った写真を用意してあった。

 左から比佐子、すみれ、桂、由実。すみれは比佐子の肩に肘をかけてピースしている。その横で少し照れ臭そうな桂の腰に由実が手を回して、背中に頬を寄せている。気の弱さが見え隠れする由実は、憧れがあるのか、頼り甲斐を抱いていたのか、自分とは正反対の桂によくくっついていた。桂も慕われて嬉しいようで、二人は友達より姉妹のようだった。これを撮ったのは由実と崎元が付き合う前。今から思えばこの頃が一番楽しかったかもしれない。


 この少し後に由実が崎元に告白して付き合うことになる。写真を取り出したのは、そのきっかけの記憶が蘇ったからだった。


 1年生の3学期の終わり、テストの成績が悪かったのか、授業態度が良くなかったのか、今となっては知る由もないが、放課後崎元が桂を呼び出した。


「掃除が終わったら理科室に来るよう川村に伝えて」


 5時間目の授業の終了後、仲が良いのを知っている崎元は比佐子に伝言した。伝えようとA組の教室に向かっているところで、すみれに出くわした。何の気なしにそれを話すとすみれは「代わりに由実を行かせようか」とニヤけた。由実が崎元に想いを寄せているのは4人の間では周知の事実だった。ちょうどそこへ由実が歩いてきた。


「春休みになる前のチャンスだよ。コクっちゃいなよ」


 すみれがそそのかした。冗談半分だったけれど、由実は急に思い詰めた表情になって「桂には内緒にしてね」といって、掃除を終えると理科室に向かった。本当に告白して付き合うことになった。

 それで由実と桂がギクシャクし始めた。


 桂は崎元に気があったのでは、とすみれが言っていた。それで嫉妬して二人が上手く行かなくなったと。考えもしなかったけれど、崎元と付き合い初めてからの桂の由実への態度を見ると、事実に思えた。桂には彼氏がいたが、別れたがっていた。

 本当は呼び出されたのが自分だったと聞かされたら桂はどう思うだろう。自分が利用された形で、由実と崎元が付き合うことになった。それをそそのかしたのがすみれ。


 今になって、すみれに対する怒りが込み上げてくる・・・てことはないか。ないよね。

 そんなことですみれを殺そうと思うはずがない。崎元の裏の顔を知った今、そんなことがあったと知ったところで恨む訳がない。むしろ変なことにならなくて良かったと感謝されるくらい。


 桂が由実に命令されたってこともありえない。逆ならともかく桂が由実に従うわけないし。

 やっぱり桂がすみれの死に関与しているとは思えない。すみれの母の見間違いかもしれない。写真をもとに戻した。比佐子の隣ですみれが笑っていた。

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