第14話 殺人のIT革命

 初めての殺人依頼―犬だが―が完了した。インターネット上で完結したせいで実感には乏しかったが、ネットゆえのリアルも感じられた。住所を教えればGoogleストリートビューで相手の家を即座に確認でき、ことが運びやすくなる。


 それだけではなく、写真を用意できなくてもネット上に画像があれば、人物特定も容易になる。SNSのアカウントを持っていて、顔写真をアップしていたら一発だ。


―野上香織さんもやっていたのかもしれない―


 SNSの過去の投稿を調べれば行動パターンを把握しやすいと聞いたことがある。それが、依頼を受けてすぐに実行に移せた要因ではないか。


 すみれはスマートフォンを置いてパソコンに向かい「野上香織」でネット検索した。検索結果の一番上に表示されたのは『野上香織 Profiles | Facebook』。一般人の名前を検索すれば、大抵これがトップに出る。

 クリックすると、「野上香織」名のFacebookアカウントが表示された。野上姓はそれほど珍しくないようで、全部で15人の、漢字も同じ「野上香織」が登録している。Facebookのアカウントを持たないすみれに見られるのはトップ画面までだが、上から順に1つずつ潰していく。


―これだ―


 そのアカウントには、学歴が仙台××短期大学、宮城県立××高校と記載されていた。短大の卒業年が8年前で、ネットニュースに書かれていた年齢は28才、一致する。居住地、出身地はともに宮城県仙台市となっているから、亡くなった野上香織のアカウントで間違いないだろう。

 アイコンの写真は、胸まであるやや茶色がかった髪の、どこか落ち着きの感じられる顔立ちの女性だった。先入観があるせいか、一重がちの目が先輩の野上に似ているように気がした。


 他にトップ画面に掲載されている写真は遊園地、野球場、海岸で撮影したもの。写っているのは野上香織一人だが、いずれも一人で行く場所ではない。そこにいるはずの同伴者は写っていなかった。


 Facebookは不特定多数の目に晒されるがゆえに自分の写真だけを載せた、という理屈もある。それならばなぜ同伴者の影がちらつく写真をわざわざ載せたのか。

 おそらく、ここを見る同伴者と旅行の思い出を共有するため。二人の写真を載せない理由は相手に妻子があるから、とすれば納得できる。

 掲示板に依頼した奥さんもここを見たのかも知れない。夫の行動に不審を抱き、パソコンか携帯電話を覗いて履歴からこれを見付けた。フォルダにも同じ場所で撮った写真が保存されていた。それで不倫を知って激怒し、興信所に依頼して事実を突き止め、掲示板に依頼した。そう考えれば全てが一つに繋がる。


 結果ありきのこじつけ、では片づけられない説得力を帯びた推測に思えた。


 やる分には楽しいSNSも、日記やアルバムを全世界に公開しているのだからいつどこで誰が見ているか分からない。交際相手が既婚者であれば、その配偶者も閲覧する可能性がある。人物特定と行動把握に極めて有用で、インターネットも今や殺人の道具になり得た。


 『殺人にもIT革命』って何かのキャッチコピーみたい。だけど依頼する方にしたら安心感はある。事前に顔や家を確認できれば、相手を間違えることはないし、確実に実行してもらえる。引き受ける方だって行動パターンの把握とか余計な手間が省けて、おかげで迅速対応、おまけに低価格なら言うことなし。


 すみれから恐怖心は消え去り、頼もしさすら感じていた。桐原は確実にあの犬を殺してくれる。今や気象予報士よりも厚い信頼を抱いていた。


 掲示板に戻ると書き込みが増えていた。『交渉中』のものもあった。

『交渉中』の書き込みはリンクが切れて第三者は立ち入れなくなる。狙われた人間は殺されるまで分からない。何も知らずに死んでいくといった方が適切か。


 あの犬の命も残りわずか。あんなにうるさいんだから自業自得。蝉は一週間で死ぬのに、命もかけずに啼き続けられても迷惑なだけ。


 いつの間にか外は陽が暮れ、パソコンを閉じると部屋の中は夕闇に包まれた。冷蔵庫からコーラを出し、グラスに並々と注いで一気に飲み干す。電気が消えたままの部屋に戻り、制服を脱いでベッドにもぐり込む。

 机上のスマートフォンが着信し、飛び起きて覗き込んだ画面に表示されていたのは桐原からの連絡ではなかった。


―紛らわしいヤツ―


間の悪さがいかにも由実らしい。


【今日ってなんか課題出てたっけ?】

 白々しい質問。これが本題ではないことはお見通し。


【何もなかったと思うけど】


【やっぱりそうだよね。なんか忘れてるような気がして】

 すぐに返事が来たのは、答えが予想していた通りだったからだろう。


【そう?わたしが忘れてるのかな?】


【たぶんわたしの勘違い】


【それならいいけど】


【いま家?】


【そうだよ】と返信してから別れ際に、家の用事があると話したのを思い出した。


【何してるの?】


【お父さんの友達が遊びに来るからその準備】

 家でする用事を考えたら、とっさにそれが浮かんだ。父を亡くしたことは話してあるし、疑わないはず。


【そうなんだ。ジャマしてごめんね】


【別に大丈夫だよ】


【じゃあまた明日】


 課題云々はただの言い訳。由実が知りたかったのは、本当に家にいるかどうか。用事があると嘘を吐いて駅で別れ、桂と合流して自分の悪口を言っているのではないかと勘ぐっているのだ。

 由実は明るくておしゃべりな反面、繊細なところがある。知り合う前、中学校か小学校時代にいじめられた経験があるのかもしれない。今も画面を見ながら、余計な事を聞いてしまったと後悔しているのが見えるようだった。


 ベッドに横になったまま天井を見上げると胸のざわつきが戻った。マナーモードを解除して『KIRI』からの連絡を待つ。待ちきれずフリマタウンを開いてみても、新しいメッセージは届いていない。


 井藤家の様子を窺いたい衝動にもかられた。5分もあれば往復できるのに、行動に移さないのは桐原と鉢合わせする危険があるからだ。自分の顔を見られたくないのはもちろん、逆にこっちが向こうの顔を見てしまったために標的にされる、スパイ映画さながらの展開だって考えられる。あの掲示板の住人は行動が早い。今は下手に出歩かず家でじっとしているのが無難だ。


 ベッドに寝転んでマンガを読んだが、集中できないのは内容を知っているせいではなく、少し読んでは枕元のスマートフォンをチェックした。お気に入りのSNSを覗いても、またすぐにフリマタウンを開いてしまう。『KIRI』から連絡があれば着信音が鳴る設定にしてあるのに。


 学校でも何度もチェックした埼玉の社長と野上香織の事件はまだ続報が打たれていない。掲示板の住人の仕業なら証拠を残さないだろうから犯人は捕まらない。依頼者となった今はそのことに心強さすら感じられた。他の依頼者たちも同じ心境かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る