第9話 仲介掲示板

[6月7日16時15分 千葉県在住 30代 男性 飲食店従業員 10万円]

[6月7日16時06分 埼玉県在住 50代 男性 会社経営 300万円]交渉中

[6月7日16時00分 京都府在住 20代 男性 無職 20万円]

[6月7日15時57分 埼玉県在住 30代 男性 自営業 40万円]交渉中

[6月7日15時39分 東京都在住 40代 女性 主婦 40万円]交渉中

[6月7日15時09分 山口県在住 50代 男性 会社員 20万円]

[6月7日14時41分 高知県在住 70代 男性 無職 10万円]

[6月7日14時22分 鳥取県在住 20代 女性 飲食店勤務 20万円] 

[6月7日13時58分 富山県在住 40代 男性 会社員 20万円]

[6月7日13時07分 福島県在住 40代 男性 公務員 15万円]

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 掲示されているのは時間に、居住地と年齢と性別と職業、それに金額。日付が今日だから、時間は書き込まれた時間だろう。

 一見出会い系サイトの類のようにも見えるが、並んでいるのはほとんどが男性、それも年齢が高め。金額が書かれていることからも、出会いが目的ではないのが分かる。援助交際なら書き込むのは売り手の女の方だから、それとも異なる。


 書き込みは1時間に2、3件と少なく、ひっきりなしに更新される出会い系とは正反対。その割に書かれている金額は安くなく、その点からもこの『掲示板』が特殊なものであることが窺える。

 この『仲介掲示板』は何を仲介しているのか。推理するまでもなかった。


―今も変わっていない。早苗が言った通りの『殺人依頼サイト』―


『殺してもらいたい人』がそのターゲットの職業や希望金額を書き込んで、『殺す人』がその気になれば引き受けるってことか。色々な金額があるのは、人によって殺しやすいとか殺しにくいとかがあるってことかな。たしかにプロレスラーとかだと殺しにくいよね。それに高い方が引き受けてもらいやすいのかも。それはそうか。だから急いでいる人はその分余計にお金を用意する。住所も書いてあるけど、やっぱり『殺す人』は自分の住んでるところから遠いと面倒なのかな。下の方に残ってるのは地方在住が多いし。でも逆に遠い方がバレづらそうだけど。『交渉中』っていうのは、いま交渉してるってことか。相手の細かい突っ込んだ事情とかお金かな。『フリマタウン』だと値下げ交渉するけど、これは反対にもっと上げてとか頼むのかな。人を殺すんだから高いほうがいいよね。実際高いものほど交渉中になってるし。


 殺人依頼掲示板と、普段利用しているフリマアプリを比較しているのがおかしくてすみれの頬が緩んだ。 


 無機質な文字の羅列は、出来の悪い食品サンプルみたいでリアリティを欠いていた。ネット小説でも読んでいるように、すみれの目にはただのフィクションに映って、警戒心はどこかに消し飛んでしまった。


 ぱっと見一番高いのは、この[6月7日16時06分 埼玉県在住 50代 男性 会社経営 300万円]交渉中ってやつ。会社経営ってことは社長か。社長が死ねば財産が入るのかな。自分が社長になれるのかも。それともトラブルがあって殺したいほど憎んでいたのかな。こき使われて恨みが募ってとか。どっちにしても300万出すってよっぽどのことだよね。


 突然その書き込みが消滅した。すみれは首をかしげたもののすぐに理由がわかった。


―交渉成立ってことか―


 そうしたら掲示板から消える。こうすれば証拠は残らない。


―なるほど。頭いいかも―


 続けてもう一つ交渉中となっていたものも消えた。入れ代わるように新しい書き込みが加わった。


[6月7日16時23分 埼玉県在住 30代 男性 会社員 30万円]


 まさに今投稿されたものだった。


―ヤバイかな。でも見るだけなら大丈夫だよね―


 すみれは印鑑を押すように、指をぐっと押し込んでその書き込みをクリックした。

 画面が切り替わる。


[6月7日16時23分 埼玉県在住 30代 男性 会社員 30万円]

「会社の上司を殺して下さい。毎日ねちっこくいびられ続けています。ずっと耐えてきましたが、もう限界です。夜も眠れず、頭がおかしくなりそうです。私が疑われる恐れがあるので、事故か自殺の工作をしていただける方、私のアリバイが証明できる時間で実行していただける方を希望します。助けて下さい。

依頼人:山田」


 頬のこけた男性の姿が目に浮かびそうなほど逼迫した書き込みだった。

 依頼人として記載されている「山田」は本名か。おそらく偽名だろう。こんなところに本名を書くのはリスクが大きすぎる。依頼文の下にある返信欄は空白。興味を持った人がここに書き込み、交渉開始となるようだ。

 

―でもこれ、本当に本物かな―


 わざとらしいっていうか、嘘くさいっていうか、ありがちっていうか。誰かが考えた作り話じゃない?

 じゃあどんなのがリアルかって聞かれても分かんないけど・・・。

 それとも殺人依頼って実際こんな感じなのかな。凝ったこと書く余裕あったら、こんなところに依頼しないかも。

 それか書いた人は実在するけど、実行されないパターンかも。金だけ受け取ってバックレ。どっちにしても警察には絶対行けないんだし。

 人の弱みに漬け込んだ、オレオレ詐欺と同じやり方かな。

 でも、完璧に出鱈目なサイトだったら3年も続かないよね。

 広告出ないから広告収入は入ってこないはずだし。こんなサイトに広告出す会社もないでしょうけど。

 中には実行されてるのもあるのかな。

 考えがまとまらないままマウスを操作する。戻った掲示板には新たな書き込みがあった。


[6月7日16時28分 東京都在住 80代 女性 無職 10万円]


―80代女性?ほっといてもそのうち死ぬんじゃないの?―

 反射的にクリックする。


「親の介護に疲れていたところこの掲示板を知りました。どなたか私の母を殺して下さい。本当に疲れました。母一人子一人で暮らして参りましたが、この頃認知症が酷くなり、私の顔さえ見分けられず、家中に食べ物を撒き散らし、糞尿を垂らすようになりました。もう私の手には追えません。施設にいれたくてもお金がありません。わずかな貯金を崩してお願いに参りました。発作のような工作をして頂ける方、どうかお願い致します。

依頼人:佐藤」


 これの依頼人は佐藤。よくある名前だからやっぱり偽名かな。『老老介護』ってやつか。授業でもやった。

 親が80代ってことはこの人もかなりの歳、60越えてるでしょ。認知症になると、糞尿を壁に塗りつけたり、酷くなると食べたりすることもあるって授業で習った。それを年寄りが一人で面倒見るって・・・地獄だよ。

 自分でやったら刑務所行きなんだから、どっちみち地獄しかない。こういうところに頼むしかないよね。なんか可哀想。

 老人ホームに入れるお金もないし、ってうちと同じじゃん。あのジジイはいくつだっけ。お母さんが今年43だから、70手前ぐらいか。

 たしか歩かないと認知症になりやすいんだよね。ジジイも脚を怪我したんだから、かなり近づいたかも。認知症になっても、うちで面倒見るの?お母さんがいない時は?もしお母さんが倒れたりしたら、私が面倒見るの?


―あり得ない。マジで絶対嫌だから―


 画面が更新された。


[6月7日16時28分 東京都在住 80代 女性 無職 10万円]交渉中


 早っ。まだ3分しかたってないけど。10万ってかなり安いよ。何でだろうって、もしかして、高齢者は殺しやすいから、かな。それで安くても引き受けてくれる人がいるってこと?

 プロっていうか専門家みたいな人だったら、簡単にできちゃうのかも。80越えてるんだから警察だってちゃんと捜査しないだろうし。それとも依頼人に同情したのかな。


―高齢者は安い、か―


 意識の外にあったスマートフォンが、背後から嚇かすように音を立てた。


【学校終わったんだけど、暇?】

 比佐子からのLINE。現実世界に引き戻されたすみれはサイトを閉じて、パソコンの電源をオフにした。


【ちょうど暇してたところ】

 脱ぎ捨ててあった制服に袖を通して家を出た。

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