Along the Coast
「OCEANIC」───私のお気に入りのレストランだ。
ノースカロライナの海岸の端っこという、アメリカ全体でみるとかなり不便な場所だが、アメリカの東海岸で仕事のときは必ず立ち寄るようにしている。二階建てで、その周辺の店とは一線を画した風貌だ。
何よりも立地が素晴らしい。二階のビーチまで突き出た客席から、数十m先の海まで支柱を突き刺し、床を引き、レストラン店内から客席を伸ばしている。夜風が塩辛い海辺の空気を運び、浜で泡になっている波が経てるシューッという音が心地良い。
つまり、海上で食事を楽しむことができるということだ。Barは室内だけでなく海上にもあるので、海を眺めながら酒を嗜める。
中でもSEA CRAB SOUP が一番のおすすめだ。大きな具材はなく、見た目は肉もカニも、ポテトもニンジンも入っていないクリームシチューのようだが、細かい具材はすべて、ほぐれたカニの身となっている。長時間煮込んでいて、ジャパン風にいうとカニの”ダシ”がたっぷり出ているに違いない。価格もリーズナブルで優秀である。
今宵は快晴の予報。海の向こうまでちりばめられた星々がなんとも美しい。
座席は予約しておいた海上の一番奥で、潮風を全身で感じることのできるこの席は、はっきり言って最高である。
現在、海上の座席を完全貸し切りにしているので私の周りには誰もいない。ナポレオンのコニャックをちびちび舐つつ、海の向こうの地平線から月が昇ってくるのを待っていると、コツコツと潮風で湿った木の床の上をヒールで歩く音がした。
何人たりとも邪魔はさせない、私の休憩中にずかずかとやってくる女は一人しかいない。
「どうだ、お前も一緒にこのスープを飲むか?」
「遠慮しておきます、ボス」
流れるような長いブロンドヘア、サファイアのように青く透き通った大きな瞳、筋の通った鼻、パリコレ顔負けのモデルウォーク、8等身の完璧なスタイルに良く似合う漆黒のスーツをびしっと着こなしているのは私の自慢の秘書だ。
頭脳明晰で、多種多様な言語を話すことができる彼女はマルチリンガルだ。なんでも世界中で一人も話者がいないラテン語を話すことができるそうだ(どこで使うのかは謎だが)。 世界中のバイヤーと取引するたびに彼女の才能に助かっている。正直言って私にはもったいないくらいの女である。
彼女はもってきた黒色のファイルをまっすぐ机に置いた。
「明後日からの自然史博物館周辺の警備、周辺の警察の網とリメインのもつ力の解説が本部から届きましたのでお渡しに来ました」
「今回の確保レベルは?」
「10段階中4です。我々のチームとは別に、ボス個人への本部からのお言葉が届いています」
「ふぅん・・・本部はなんて?」
「『次IPRにリメインを渡すようなへまをしたら、お前の首は地中海のサメのエサになるだろう』とのことです」
「分かりやすい説明をお願いするよ」
「今回失敗したらボスは殉職です」
非常にわかりやすい。事実、私たちの班は目の前で目的のブツを取り逃すことが多々あった。結果的にすべてIPRの手に渡ってしまったのだ。最近ではやつらも手段をえらばなくなってきている。今回の展示会は個人所有者が博物館の場を借りてお披露目するものだ。つまりまだIPRの手にはわたっていないということ。
いつ、どこで、誰が、どのようにやってくるかわからない。
こちら側につくことのメリットは大きいが、デメリットはこういうとこだ。仕事ミスって死刑だなんて・・・世界のどの労働基準法にも反している。
「本部に言っておけ、『わざわざ大西洋を渡らせるような手間はおかけしません』ってな」
「承知しました」
丁度、頼んでいたチョコケーキとコーヒーが来た。ここのケーキはアメリカらしからぬ化学薬品の味がしない、シンプルかつ濃厚なチョコを使っている。添えてあるホイップクリームと缶詰のアメリカンチェリーが丁度いいアクセントになって味を際立たせる。
「NY行きの便があと2時間で出発しますので、お早めにお食事をお済ませください。私は外で車に乗っていますので」
無言でうなずくと彼女は出ていった。後ろ姿も美しい。
コーヒーにザラメ砂糖をさらさらと入れ、かき混ぜる。丁度月が昇ってきた。
今宵の月は特別。地平線から生まれたばかりの月は赤みがかっていて、ここ以外ではなかなか見れない光景だ。海と普段と違う月の色のコントラストがどこか不安を感じさせる。
髪をかき上げ、首を振った。ふーーっと大きな息が漏れる。
今回は大丈夫さ・・・
無事に終わったら就職活動でもするか。
そして、誕生したばかりの赤面した月と二人で決起集会をしながら、私はチョコケーキを食べ始めた。
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