Mission1 フォーセットの指輪

NIGHT FLIGHT

 暗い・・・


 幼い身体にはずいぶん大きい箱の中で座っている。隣にはクリスマスでママが着ていた安物のサンタクロースの服と、買ったばかりの小さなクリスマスツリーが入った箱が眠っていた。衣装がもつ独特な臭いとほこりの臭いが鼻をなでる。


 ここは・・・


「屋根裏の衣装ケースの中だ」


 ぽつりと思い出したかのように、いや、最初から知っていたようにつぶやく。屋根裏部屋の隅においてある半透明の衣装ケースからは、外を見ることは難しい。大きな嵐が近づいている。家に吹きつける風と家に枝がこすれる音が、下の階の音を幸か不幸か、かき消している。


 手元を見ると、ママの大事な手帳が抱えられている。難しい漢字と英語?で読めないけど、たくさんの文字がぎっしりと手帳に埋まっている。いつもママのカバンの中に入っていた、大事な手帳。

 

 さっきママはなんて言っていた?


────絶対声を出さないで。すぐにママが戻ってくるから。ママがケースを開けるまで自分から出てきちゃダメ。電気も消しちゃうから、ちょっと暗いけど少しだけ我慢してて。いい子だから、絶対よ─────


 そう、ここで待たなきゃ。ママがすぐにやってくる。驚かしてやろう・・・


 突然、屋根裏に通じる階段梯子が下に降り、下の階の明るい光が床からもれる。古びた木造の階段をのぼってくる足音が聞こえる。


 ギシギシギシ

  ギシギシギシ

 

 あれ?足音がふたり?ママとだれだろう・・・


 電気もつけずにあがってきた。足音の主は屋根裏の電灯のスイッチを知らないようだった。ふたりの主はカチャっという音をとともに何かを取り出すと、すぐにゆらゆらと揺らめくオレンジ色の光をつけた。そのまま屋根裏をガサゴソと散らかし始めた。


 ママじゃない!


 そう感じた瞬間に、はっと息が詰まる。ぎゅっと目をつむり、眉間と鼻にしわが寄る。急に勢いよく拍動し始めた心臓の鼓動が、肺の動きを阻害するかのように呼吸が苦しくなる。首を隠すように肩を上げ、両肘を抱える。両手に冷たい汗を感じた。


 揺らめくオレンジ色の光が床を軋ませながら近づいてくる。


 動いちゃダメ動いちゃダメ動いちゃダメ─────


 光の主が僕が入っている衣装ケースに手をかけ、ばかっと勢いよく開けた。


 新鮮な空気がケースに流れ込んでくる。

 ビクっと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。


 そこには見知らぬ男の人がライターを持って立っていた。


──────────────────────────────


 ハッ!

 

 勢いよく目が覚めた。質の悪い睡眠をとっているときに、たまに見てしまう夢だ。こんなに小さくて硬いレンガのような枕じゃ、まともに眠れるわけもない。鼓動がバクバクと大きな音を立てながら刻んでいる。夢でよくある、『高いビルから落ちて急に目が覚めるような感覚』と思ってくれると伝わりやすいか。携帯の時計を見るとたった2時間しか眠っていなかった。


 ・・・あと6時間かあ。


 俺、石川凛護は今、東京成田ーNYジョン・F・ケネディ空港間の、合計13時間のフライト時間のエコノミークラスの真ん中の座席で嘆いていた。

 一回目の機内食(チキン)を食べ終わり、金髪のお美しいスチュワーデスさんからもらった、小さなプラスチックカップに入ったオレンジジュースを飲み干したところで眠ってしまったようだ。


 ぽっちゃり系inアメリカ、な通路側の隣の男性が機内食(ビーフ)と座席に付いていたトルティーヤチップスを爆速で食べた後、石像のように眠ってしまったからトイレにも行けない。もう片方の窓際のアフロの黒人女性に助けを求めようとしても、こっちも備え付けのアイマスクをして窓にもたれかかって眠っている。飛行機のひじ掛けって最初にひじをかけたもん勝ち!みたいなところがあるよね。両サイドの僕のひじ掛けはすでに占拠されていた。


 飛行機なんか乗って寝たらすぐ着くだろ!なんて思ってた自分を20mくらい走ってフルスピードで飛び膝蹴りしたい。

 この13時間は高い金を払ってでも広い座席に行けばよかった。お金は出すべきとこに出すものだなって思う。


 機内はもう夜用設定なのか非常灯とトイレ近くの電灯以外点いていない。目の前の小さなタッチスクリーンでやるポーカーにも最初の30分で飽きた。


 こいつぁまいったな・・・


 あきらめて計画をもう一度確認することにした。


 ニューヨーク滞在期間は2日。今回の目的はリメイン、『パーシー・ハリソン・フォーセットの指輪』を盗むこと。場所はセントラルパークの隣、アメリカ自然史博物館。あの有名な映画「ナイトミュージアム」の撮影地だ。

 リメインが彼のひい孫から寄贈され、博物館に保管されてから初の展覧会だ。その最終日の二日間で勝負を決める。


 印刷してきた館内マップをゆっくりと眺める。

 博物館自体はかなり広い。一日かけても回り切れるかどうか、なレベルだそうだ。地下を入れて全5フロアで、各フロアでだいたいテーマが決まっている。

 「宇宙」「生物」「民族」「化石」などなど。そこから派生して多種多様な分野に分かれている。観光するだけじゃ惜しいくらい、たくさんの知識がそこにはある。でもまあ正直なところ、映画に出てきたT-REXとかの「恐竜の化石」が一番楽しみなんだけどね。


 今回の展覧会は四階の特別展示ギャラリーで行われる。


 お土産屋も近くにあるから少し寄っていこうっと!

 察してるとは思うけどかなりわくわくしている。なんせ初めての海外だからね!

 どうせなら楽しもうじゃないか!


 で、どうやって盗むかだけど、さすがに館内マップに警備の甘さは書いていないから、盗む方法も逃走経路も実際に行ってからでないと判断できない。

 今回持ってきたのはアメリカで一番オーソドックスな”警備服”。自然史博物館の警備員の服装がこれだったらいいなって思って持ってきた。ただの警備服なら空港の保安検査所にも引っかからないし。


 実際のところ、俺のリメインさえあればどんなものも余裕だと思うんだよな・・・


 読んでもらったらわかるんだけど、そう。計画はガバガバなんだ。

 どっかのミステリー小説で『完璧だと思う犯罪ほど、一つのミスですべてが狂う』という言葉があった。何事もガチガチに決めるんじゃなくて、多少は柔軟性を持たせたほうがいいってことだ。だから、無計画は計画のうちってこと。


 俺のリメインは盗むことに特化したものだ。

 能力の確認はしているけど、リメインを盗むこと以外で使う予定はないから安心してほしい。悪用なんかしたらそれこそNOAと同じ土俵に立ってしまうからね。


 持ち込んだ無糖の午前の紅茶をガバガバ飲んでいたから、尿意がここで限界にきた。飛行機内ってすごい乾燥しているから唇ものどもすぐに乾く。


 機内にエンジン音が響く中、ゾウのようないびきまでかき始めた隣のアメリカンぽっちゃり君のおなかをたぷたぷと叩いて起こし、トイレに立った。

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