其の参・十五時十五分

「おいボウズ! やるじゃねえか!」

「えっ?」


 その場で立ちつくしていると突然、後ろから肩を組まれた。

 顔の横にさっき後ろで剣を構えていた金髪の男性が現れる。


「悪漢たちに自ら立ち向かっていく姿……! アレがまさしく『ジャパニーズヤマトダマシイ』ってやつなんだな! ボウズ! 名前は!?」

「あ……、えっと、武って言います……」

「なるほど! タケル、お前のそのアツい魂! しかと見させてもらったぜ!」


 男性は親指を立てて歯を見せながらスマイルをした。


「あ、ありがとうございます……。でも、それよりも……!」


 忍者の傍に駆け寄って忍者の安否を確かめる。


「あのっ……! 忍者さん、大丈夫ですか!?」

「ん? ああ彼なら何とか生きてるよ」


 聞くと、先ほど忍者の治療をしていたロングヘア―の金髪男性が答えてくれた。

 忍者の身体には白い包帯が巻かれており、なんとも不格好で横になっていた。


「ただまぁ、この怪我じゃ今回のコロシアムの参加は控えておいた方がいいね」

「何だって!」

「うわっ」


 少しびっくりした。

 金髪の男性の言葉が聞こえていたらしく、忍者は勢いよく身体を起こした。


「……いたたたたた」


 勢いよく身体を起こした反動で身体が痛むのか彼は辛そうな顔をしている。

 その様子を見て金髪の男性は軽くため息を吐いた。


「いいかい? あなたに撃たれた弾は魂を貫いたが魂核は無事だったようだ。だが魂を貫いたことには変わりはない。これで無理に参加でもしたならその傷口から神魂が流れ出し、この世界から本当に消滅してしまうだろう。それでもいいのかい?」

「っ……それは……」


 彼は少し葛藤を見せた。

 床を見ながら、自身の傷を見ながら奥歯を噛みしめている。


「好きにさせればいい」


 壁側のテーブルから声がした。

 先ほど後ろでライフルを構えてくれていた迷彩の服の男がライフルをケースにしまいながら店を出る支度をしている。


「出る,出ないはお前の自由だ。ただ出ないなら俺が決勝に上がれる確率が上がるだけだ。俺はもう行く」


 迷彩の男はケースを背中に背負うとオーナーにお金を払って、早足で店を出て行った。

 たしかにその通りではある。

 出る人が少なくなればその分勝ち上れる確率は上昇する。でも、だからといってあんな言い方は無いような……。


「アイツも難しい性格してるねぇ……」

「キミのような筋肉バカじゃないだけまだいいよ」

「んだと!」


 金髪の二人はなんか言い合いを始めた。


「ちくしょう……」


 忍者さんがぽつりと呟いた。

 二人も言い合いをやめ、みんなが忍者の方を向いていた。


「出られなくなるのはまだ良い……」


 忍者は涙を堪えているのか、震えた声で話している。


「でもよぉ……、シエルたんを傷つけたうえに謝りもせずそのまま去っていった、あいつだけは許せねぇんだよ……」


 忍者は顔を下げて何度も「もっと強かったら」「しっかり彼女を守れたら」と嗚咽が混じった声で呟いている。


「――オーナーさん、そういえば彼女の容態は……」


 僕は振り返って、先ほどまで割れた食器などを片付けていたオーナーに尋ねた。

 オーナーは暗い顔を見せた。


「……足の傷自体はそこまで深くなく簡単に治療はできた。だが……、突然の出来事だったからか精神的に……」


 そこから先は言葉を濁し、そのまま暗い表情のまま立ち尽くした。


「おいジョージ、もうそろそろ……」

「えっ⁉ もうそんな時間か?」


 剣を携えている方の男性は金髪ロングの男にジョージと呼ばれ、腕につけた時計を確認し始めた。

 僕もこの店の中に掛けてあった時計を確認する。


「もう15:15……⁉」


 たしか試合開始の三十分前、つまり15:30には着かないといけないから……、あと十五分!?


 金髪二人組は急いで荷物をまとめオーナーに金を払った。


「おい忍者! 出るなら早く決めろよ! 時間も時間だし悪りぃが先に行く! タケルも遅れるなよ! おいノア急ぐぞ!」

「分かってますよ‼ オーナー、騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません。このお詫びはまたいつか、必ずさせて頂きます。ではご馳走様でした。」


 二人はそう言って駆け足で店を出て行った。

 店の中を静寂がよぎる。


「出てやる……」


 忍者がまた呟く。


「忍者さん……!」

「ちくしょう出てやる……、あいつをぶっ潰して謝らせる!」


 そう言って立ち上がろうとするもすぐによろけてしまう。僕が肩を貸して支えとなるが支えが無いとすぐに倒れてしまうほどフラフラだ。だが彼は前に進もうと足を前に踏み出す。

 僕はその足を止めるため、必死に体の重心を後ろにおいて引き留める。


「でも、このままじゃまた返り討ちにされて今度こそ死んでしまいますよ!」

「分かってる! でもそうしねぇと俺の気が済まねぇんだよ!」


 そう言って彼はまた一歩、また一歩と少しづつ歩みを進める。

 彼の身体に巻かれた白い包帯から透明な液体が――、神魂がぽたりぽたりと零れ始めている。

 もう立ってるだけでもやっとはずなのに、足を踏み出すために力を入れるだけでとてつもない痛みをうけているはずなのに。


 彼が出たい気持ちは十分わかる。

 大切な人を傷つけられ、その復讐、その仕返しがしたいのは百も承知だ。でもこの状態で出たらそれこそ殺されてしまう。


 あの『命の間』で見た「人が殺された瞬間」が頭の中で思い出させる。


「っ……!」


 何としてでも止めないと。もう目の前で人が死ぬのは見たくない。

 それに――


「それじゃあ……、それじゃあ彼女はどうなるんですか⁉」


 瞬間、忍者が何かに気づいたようにピクリと顔を上げた。

 前に向けていた力も弱まった。


「う……、うるせえ! たとえ俺のようなストーカーがいなくなっても、シエルたんが元の笑顔になってくれるなら俺は……!」

「それで彼女は笑顔になると思いますか⁉」


 その言葉を聞き、彼の足が止まった。


「もしそれであなたが死んだら! 彼女は『自分のせいだ』と罪悪感を抱き、もっと暗い日々を過ごすかもしれないんですよ‼ あなたはそれでもいいんですか⁉」


 僕は彼へと必死に訴えかける。


 同時に僕自身の頭の中でも一つの思いが生じる。


 自分も死ねない。そう、彼女を、月ノ宮さんをもとの世界に戻すまで死ねない。

 昨日の路地裏での戦闘を思い出し、感じる。


「――じゃあ」


 忍者は張りつめていた気が斬れたのか、倒れこむようにその場で座った。


「じゃあ……、どうすれば良いんだよ……」


 大粒の涙を溢れさせながら彼は言う。

 涙が頬をつたり硬く握った拳の上に落ちていっている。


 どうするか


 方法は一つしかない。

 大変、難しい、勝てる見込みはない。

 このまま彼を放って、僕だけのことを考えるのが一番良い


 そんなこと分かっている!


 でもこうするしか方法はない。


「僕が――」


 忍者が顔を上げて僕の目を見る。

 涙で潤んだ瞳に僕の顔が映っていた。

 頼りなさそうな、見るからに強くはなさそうな顔だ。


 でもやるんだ。


 僕は彼の前で笑顔を作った。


 だって僕は――





 ――ヒーローになるんだから。

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