其の弐・十五時前
そこには昨夜見た様子とはうってかわって、光が反射して輝いて見えるコロッセオがそびえたっていた。
「あれ……?」
コロッセオの外観につけられた大時計は14:42を指し示している
「少し速く着きすぎたな……」
たしかに少し早めに着いておこうとは思っていたけど、まさかここまで速くなるなんて。
「どうしよう……?」
そう考えていると僕の腹から音が鳴った。
そういえば今日起きてから何も食べてなかったな。少し時間もあるし何か軽く食べてから行こう。ここは言うなればセントラルのレジャースポットだし、近くに美味しい店もあるだろう。
今朝、八重さんから「何かあった時のためにこれを持って行っておいてください」と言われて渡されたゼンが入った巾着をぶら下げていた腰から取り出す。
ネノクニにおけるゼンの相場は分からないがおそらく少なくはなさそうだった。
巾着を振るとジャラジャラ音が鳴る程度にはある。
あまり時間もかからずすぐに食べれそうな店は無いかな……?
そう思いながら周りをキョロキョロと見渡していると一軒の店が目に入った。
外にはメニューが書かれている黒板が飾られており、サンドイッチの絵が描かれている。
「よし、あそこにしよう!」
僕は店の前まで向かった。
屋根の看板には「
店の前の黒板にはそれぞれの値段、今日のおすすめ、人気メニューなどなど、細かくメニューが書かれておりどれもおいしそうだ。
おそらくここはアタリだな。
しばらくメニューを見て考えた結果、僕は人気ナンバーワンのサンドイッチにすることに決めた。
ドアを開けると心地よい鐘の音が鳴る。
「すいませーん……」
「いらっしゃいませ、おひとり様ですか? でしたらこちらのカウンターをどうぞ」
僕はおそらくこの店のオーナーと思われる、カウンターでドリンクを作っているおじさんに席へ案内された。
中にはカウンター席とほかにいくつかのテーブル席が置かれていた。そこまで広くないもののなにやらゆったりとした内観になっている。レンガの壁や木の床がいい味を出している。僕のほかにお客さんは新聞を読んで愉快に会話をしている老夫婦や、本を読みながらコーヒーを飲んでいるサラリーマンなど様々な人がいた。その中でも特に多いのは武装をしている男たちだ。
僕はカウンター席にある足が長い椅子に座る。
「ご注文は?」
おじさんがメニューを差し出してきた。
「あ、えっと……。この『パストラミサンド』って言うの一つ……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
おじさんは笑顔を浮かべながら素早くメモを取ると厨房の方にメモをまわした。
見たところこの店は厨房の料理人、おそらくオーナーであるおじさん、そして今そこで配膳をしている女性の三人だけで回しているようだ。
料理ができるまでの間、店内を見渡す。
やはりコロッセオのすぐ傍だからか、武装した人が多い。
窓側の席には小声で何か話し合っている金髪の二人の男性、一つ席を空けて僕の隣に座っている人はなにやら忍者のような恰好をしておりカウンター席の上にクナイのような道具を並べて手入れしている。奥の方にはおそらく何かのグループなのか、二つのテーブルを使って十人ぐらいの少しガラが悪そうな男性たちが大声で笑いながら何か話しており、また、ほかのテーブル席には迷彩柄の服を着てライフルの手入れをしている人もいる。
この人たちもみんなニーヴルコロシアムに出場する人たちだろうな……。
そう思うと少し緊張してきた。焦りも一緒に出てきた。
あれ……? そうおもうと僕……何も準備していない……!
朝起きて一度、軽く素振りをしたぐらいでこの日のために云々……ってことはやってこなかった。
こんなんで大丈夫なのか……? 僕……
そう一人で凹んでいると横から料理が差し出された。
顔を上げると横には配膳をしていた女性の人が立っていた。
「お待たせしました、パストラミサンドですっ! 出来立てなので美味しくいただいてくださいっ!」
「あ、ありがとうございます……!」
女性は満面の笑みでニコニコと笑いながら頭を下げ、またほかの料理の配膳に向かった。
「あぁ……! シエルたん、マジ天使……‼ なんてカワイイ笑顔なんだ……!」
頭の後ろの方からハァハァと荒い息を吐きながらそんな声が聞こえてきた。
声がした方に振り向くと、先ほどの忍者が彼女の方を拝んでいた。口元と頭を布で覆っていながらも彼の顔が真っ赤なのが分かる。
その様子を眺めていたら我に返った忍者と目が合い、彼は気まずそうに咳払いをしながらまた道具の手入れに戻った。
あぁ……なるほど……、そういう目的で来ている人なんだろうな……。
そう思いながら僕は目の前に置かれたサンドイッチに目を移した。
「いただきます」
手を合わせて挨拶をし、サンドイッチを手に取る。
案外サイズが大きくて片手で持てない。僕はしっかり両手で掴んで大きく口を開けてかぶりつく。
かぶりついた瞬間、目が覚めるような衝撃を受けた。
塩気が聞いた肉と一緒に挟んであるレタス、玉葱が見事に合っていて、噛めば噛むほどうまみが出てくる。
僕は二口、三口とかぶりついた。
「美味しい……!」
おもわず言葉がこぼれる。
「キミは日本人だね」
「えっ?」
カウンターの中にいたオーナーがグラスをふきながら聞いてきた。
「いや、食事の前に挨拶をしただろう? 挨拶をするのは日本人ぐらいだからね。もしかして間違っていたかい?」
「あ……、いえ日本人です……」
「ふむ……、刀を持っているけど……。もしかしてキミもコロシアムに出場するのかな?」
「はい、そうです……。と言ってもなんか流れで出場することになってしまって……」
少し苦笑いしながら答える。
「それでも十分凄いことだと思うよ。日本人は何かと真面目で謙虚で、コロシアムに出場する人はそうそういないんだよ。最近の日本人は特に『そんな博打をするよりもしっかり働いて稼いだ方がいい』っていう人が多くてね」
「あぁ……、確かに日本人らしい考えですね……」
「だから私はキミを応援するよ。ほら、これはサービスだよ」
そう言ってオーナーさんはコーヒーが入ったカップを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ」
オーナーさんはにっこりと笑ってまた仕事に戻っていった。
親切な人だ……。
僕はコーヒーを啜る。
先ほどのサンドイッチとこのコーヒーのおかげで少し緊張がほぐれた。
そうだ。こんなふうに応援してくれる人がいるんだ。優勝はできなくてもできるところまで頑張って……
その時、いくつかの食器が割れる音と女性の悲鳴が聞こえた。
「キャアッ‼」
その方向へ振り向くと、あのガラが悪そうな男たちのグループたちの傍で料理を乗せた皿が割れ落ちており、さっき配膳してくれた女性が傍で座り込んでいた。彼女の足元にはなにやら透明なものが流れている。
これは……、『
足元には割れた皿の破片も落ちている。
もしや皿の破片で
「なんだいい声だすじゃねぇかネエちゃんよぉ‼」
「「ぎゃははは!」」
「良かったな! 兄貴が認めてくれたぜ! ハハハハハ!」
女性は目に涙を浮かべながら床に落ちた料理を片付けようとしている。
そこにオーナーがカウンターから出て近づき、女性に肩を貸し、なだめながら裏の方に連れて行く。
「おいテメェ! シエルたんに何しやがった!」
忍者が椅子から降り、男性グループに近づいて行く。
「ア? なんだテメェ?」
「うるせぇ‼ 俺はなにをしたのかって聞いてんだよ!」
取り巻きの一人が言い返すが忍者は怯むことなく近づいて行く。
なにやらマズい雰囲気だ……。
周りにいた一般のお客さんはそそくさとレジにお金を置いて帰っていき、おそらくコロシアムの出場者と思われる客は遠巻きに眺めている。
「なにってよぉ……」
おそらくあのグループのリーダーである巨体の男がニヤニヤと笑いながら答える。
「あのネエちゃんがいいケツしていて、触ってほしそうにしていたから触ってやっただけだよ‼ 何か文句あっか⁉」
そう言うと周りの取り巻きたちは下品に笑い始めた。
店の中がそんな下品な笑いで包み込まれる。
こいつらっ……‼
僕は奥歯をかみしめた。
今すぐこいつらを叩きのめしたい。
でもまた騒ぎを起こしたら、今度こそ生きているってバレてしまうかもしれない。
ここはまだ抑えて……、冷静に話を……。
「テメェらぁぁ‼」
その瞬間、忍者がおもいきり拳を振りかぶって殴りかかりにいった。
それを見てなんとか止めようと椅子から降りるがもう遅かった。
彼の取り巻きの一人が銃を構えて忍者を撃った。
忍者は店の入り口付近まで吹っ飛ぶ。
「……え?」
頭の中が黒くなる。
何か『もや』がかかった様に頭の中が黒くなった。
僕は刀を掴んだ。
『刃は抜かない』
その意識だけをしっかり持って刀を構えて先ほど撃った取り巻きへ殴りかかった。
相手は完全に油断していたようで見事に鞘が顎に当たる。それを見たほかの取り巻きたちがなにやら武器を構えようとするが遅い。
集中
右からナイフ、銃、ナイフ、斧、こん棒、銃
しっかりと見てしっかりと確認、そしてそれらを構える前にそれぞれの手を叩く。
取り巻きたちは小さな悲鳴を上げながら次々に武器を落とす。
そして鞘の先をリーダーに向かって突き付けた。
「ほぉ……。ちったぁやるみたいだな……」
「五月蠅いです。あの女性とあの忍者の人に謝ってください」
「はっ‼ この俺を誰だか分かって言ってんのか?」
リーダーは未だ椅子から腰を上げようとせずふんぞり返りながら座っている。
「おい、テメェ! 謝るなら今のうちだぞ‼ リーダーはな、前回のコロシアムでベスト4に輝いた、俺らのチーム『タクティクス』のボスのダリア様だぞ‼」
取り巻きが何か言っている。
でもそんなことどうでもいい。
「そんなこと知りません。とにかく謝ってください!」
「いい加減にしやがれ‼」
ダリアと呼ばれる奴は声を荒げながら椅子から立ち上がった。額には血管が浮き出ている。
「テメェは今、俺とその部下たちに囲まれているってことを忘れんなよ? その気になればテメェなんか一瞬で……!」
「おいデブ、お前の方がいい加減にしろよ」
後ろから声がした。見ると、窓際の席に座っていた金髪の男性が剣を構えて立っていた。もう一人の金髪の男性は吹っ飛ばされた忍者の治療をしていた。どうやら魂核は無事だったようで、撃たれたところを抑えながら苦しそうに呼吸していた。
「アァン!? テメェも喧嘩売ってん……!」
「お前こそ既に狙われているだぜ? その気になれば一発だ」
ふと傍のテーブルに目を移すと、さっきまでライフルの手入れをしていた迷彩の人が既にライフルを構えていた。
「……まだ何か言うなら撃つ」
彼はそうポツリと呟いた。
ダリアは少し唸りながら僕たちを睨んでいる。
少しの間、膠着状態が続く。
下手に動いたら互いに危ない。それだけは分かった。
僕たちは睨み合いながら対峙していた。
そのうちだんだんと頭の中も冷静になってきた。
するとそこに、先ほど裏に行ったオーナーが帰ってきた。
そしてあのタクティクスというグループたちの前に立って言った。
「話は裏の方で聞こえていました。お代は結構ですのでもう二度と来ないでください」
「……ッチ‼ おいオメェら行くぞ‼」
ダリアがそう言うと取り巻きたちは渋々荷物をまとめ始めた。
僕は刀を降ろして腰のところに戻す。
「おいテメェら……!」
ダリアは睨みながら僕らに声をかけてきた。
「テメェらもコロシアムに参加する奴らだろ……? 本当に出場するなら覚悟しておけよ……‼」
そう言い残して彼は部下を率いながら店を出ていく。
「おいオメェら! リーダーに恐れて逃げるんじゃねぇぞ‼」
取り巻きの一人がそう言って勢いよくドアを閉めて行った。
店の中には吹っ飛ばされた忍者がぶつかって壊れたテーブルと割れた食器、落ちた料理が残っていた。
コーヒーはまだ冷め切っていなかった。
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