其の拾・《合成魂》
僕の服の裾をひしと掴む二人の少女を見て、あの時話してくれた師匠の話を思い出した。
*******************
「『
僕は聞きなれない言葉におもわず聞き返していた。
侍さんは魚を口に咥えながら話を続ける。
「あぁ、『
「はい……。たしか、外国の神話とかに出てくる頭がライオン、体がヤギ、尻尾がヘビの生き物だった気が……」
「まぁそうだな、それらのように一つの身体に複数の生き物が混ざって生まれた生き物のことを『
「はぁ……」
「そして、『
「……えっと、『魂の殻』って……?」
少し話が複雑で理解が追い付かなくなってきた……。
「そうか、そういえばまだこの世界における拙者たちの存在、『魂』というものについて教えていなかったな。じゃあそこから始めよう」
「すいません……。お願いします」
侍さんは串を焚火の中に捨てて立ち上がる。
「うむ! ではまず『魂』というのは『
そう言って侍さんは親指で自身の心臓の位置に、その次に掌で胸に、最後にそのまま腹へと順々に触れて見せてくれた。
「最初に『魂核』。これは『神魂』、『魂皮』の中に在るもので、人体で言うところの心臓だ。これを壊されたら魂が自壊し始め、最終的にきれいさっぱり消える。まあつまり『生き返ることもできない本当の死』を迎えることになる。要するに魂にとって一番大切なところだ」
「はあ……」
僕は相槌を打ちながら話を聞く。
「次に『神魂』。これが俗にいう『人魂』のようなものでしっかりとした形を持たない。これは自身の意識、精神、記憶……、ううむ……説明しにくいのだが……、つまりは自分自身のことだ」
「自分自身……ですか?」
「ああ、自己意識という方が近いかもしれんが……」
「え~と……???」
んん……。分からなくなってきた……。つまり自分の記憶とか経験とか、そういうのを全て含んだ自分って事か……?
「……小僧は知っておるか分からんが、ある人物の言葉で『我思う、ゆえに我あり』という言葉がある。……つまりはそういうことだ」
渋い顔をしながら侍さんは答える。
「なんとなくは分かったような……、ようは『自分を自分たらしめる存在』……ってことですか?」
「おぉ! そうだ! そういうことだな!」
侍さんの顔はパッと晴れて話を続ける。
「そして最後が『魂皮』だ。『魂皮』は現世には無く、ここネノクニでしか存在しない。簡単に言って『魂の姿』だ。」
「魂の姿……」
「その人物の体力的、精神的、実力的に最も優れていたころ、『全盛期』の姿としてネノクニでは存在し、『魂核』と『神魂』を覆ってしっかり守る役割を果たしている。これが別名、『魂の殻』と呼ばれているやつだ」
「あっ、さっき話していた……」
「そうだ。それで、さっき話していた『一つの魂の殻の中に複数の魂が混ざってしまった魂』というのは『一つの魂皮の中に複数の神魂が混ざってしまった魂』のことを指しているのだ」
「……つまり、一つの身体にいくつかの精神が入っている……、まるで二重人格みたいになるわけですね」
そう聞き返すと侍さんは小さく頷いた。
「ああ。ごく稀に起きる事なのだが近くで同時に二人以上亡くなった時、その亡くなった二人の神魂がどちらかの魂皮に混ざってこの世界に来てしまうらしい。そんな魂のことを『
「……じゃあ、なんでその『
顔を上げてふと侍さんの目を見ると彼は立ったまま、なにやら遠い目をしていた。
「悪影響は無い……。それは人間同士の場合のみなのだ……」
「人間同士の場合……? って人間以外の場合もあるんですか!?」
侍さんは苦笑しながら答える。
「ああ……、『人間と動物』、それらが混ざってしまう場合がある」
「動物……?」
風が少し強くなってきた。焚火の炎が一度大きく揺れた。
「ああ、その場合はたいてい人間側の魂皮、人間側の神魂が現れる。だが徐々に彼らの神魂が影響を受け始めるのだ。次第に身体からその動物の毛が生えてきて、動物によっては爪や牙が鋭くなる。最終的にはその姿はまるで『獣人』のようになってしまう」
「……でもっ! 悪いことばかりじゃ……!」
そんな僕の擁護の声は侍さんの次の一言によってかき消された。
「そして獣人になってしまった合成魂は『人間としての権利』を失うのだ」
一陣の風が吹く。
木が大きく揺れ、森の中から鳥たちが飛び出した。
人間としての権利を失う……、それってつまり……『奴隷』? いや奴隷だけで済んだらまだいい方なのかもしれない。最悪の場合こっちの世界……、死後の世界でも殺される……?
風は次第に弱まり、河原には元の穏やかな景色が戻ってきた。
侍さんは元の座っていた場所に座りなおし、もう一度魚に手を伸ばして丸呑みした。
「『動物』でないから死んでも生まれ変われず、だからといって『人間』の扱いはされず、自ら望んでなったわけではないのに……、道理でない」
侍さんはそう小さくつぶやいた。
「この世界、ネノクニって……なんって言えばいいか――」
*******************
――そうか、この子たちがあの時師匠が話していた
僕はしゃがんで二人としっかり目を合わせる。
「二人とも。大丈夫、僕の後ろに隠れていて」
僕は優しい声でそう声かける。少女らは何も言わずすぐさま僕の背後に移動した。だが服の裾は離さず、ずっと握りしめている。
震えている。
二人の震えが僕に伝わってくる。
この世界では助けを求めたところで救われない。それでもなお少女らは助かる可能性に賭けて助けを求めたのだろう。
なぜか心の底から怒りの感情が沸き上がる。
自分が殴られたり、蹴られたり、暴行を受けたことは何度もあった。でもそのときは全くと言っていいほど『怒り』が出たことはなかったのに、今は心の奥底から出てきている。
思わず歯ぎしりを鳴らす。
暗く、人ごみで溢れ返っている道の奥から小汚いローブを被った大柄な男性が出てきた。
男性は僕とその後ろにいる二人を見つけると舌打ちを鳴らしながら近づいてきた。
「チッ! ようやく見つけたぜ……。おいガキそいつらは大事な商品なんだ、痛い目にあいたくなければおとなしくこっちに寄こしな!」
少女らが裾を握る力が強くなった。
なんだコイツは……⁉ 人の命をなんだと思っているんだ?
「いやです! この子たちにこれ以上近づかないでください! アンタは人間の命をなんだと思っているんですか⁉」
ついカッとなって僕は大声で言い返す。
人ごみの中からどよめきが聞こえた。
「ハ……? ガキ、いま何言ったか分かって言ってんのか? 見て分からねぇか? こいつらは
周りの人たちは全員僕の方を見て何か話し出した。
コイツ……、いや、この路地にいる人間……、全員狂っている!!
僕はその奴隷商人を睨む。
「おい……、なんだその目は……? 俺と戦おうってか? それならそれでいいぜ、たいそう立派な刀も持っているようだしよぉ! 死にてぇんならかかって来いよ!」
奴隷商人はそう言いながらローブの中から鎖分銅を取り出して体の横で振り回し始めた。
その声とともに周りから歓声が沸き起こる。
「やっちまえ!!」
「喧嘩だ喧嘩だ!」
「早く始めろ‼」
既に大勢の人が周りを囲んでいた。
「待ってください‼ 僕は戦うつもりは……!」
「うるせえ‼ 来ねぇなら俺から行くぞぉ‼」
僕のいうことに一切耳を貸さず奴隷商人はそう言って振り回していた鎖から片手を離して投げ飛ばしてきた。
飛んでくる鎖の分銅を見て、すぐさま腰にある刀を鞘ごと抜いて正面に構え、鞘をその鎖に絡ませる。
奴隷商人がその絡まった鎖を引っ張り、僕を引き寄せようとしている。
「二人とも逃げて!」
引き寄せられる身体を足で踏ん張りながら、震えながら僕を見ている二人に言った。
振り向いて顔を見ると二人はとまどい、今にも泣きそうな顔をしている。
「早く!」
「「は……はい!」」
二人は手を離して僕が入ってきた路地裏の入り口の方へ駆け出して行った。
「テメ……! クソっ‼」
鎖はしっかり絡ませてあるため簡単には外せない。奴隷商人もそう簡単に動くことはできないはずだ。
僕は二人が見えなくなったのを見届けてから絡まった鞘から刀を引き抜き、真正面から相手めがけて突っ込んでいく。
距離は十メートルもない。この距離なら相手が反撃する前に攻撃できる。もちろん本気で攻撃するつもりは無い。峰打ちして相手の戦う気を削ぐことさえできれば……!
「チィッ!」
奴隷商人は地面に落ちた鎖を引きあげるが、もう遅い。
既に間合いに入っている。
「はあァァッ!」
僕は刀の峰の部分で右斜め上から振り下ろす。
だがその瞬間、妙な違和感を覚えた。
彼は笑っている。
そしてその手には、もはや鎖を持っていなかった。
右腕はフードの中で何かを構えてる。
そう思ったとき、轟音とともに僕の身体が後ろに吹き飛んでいた。
え?
身体が宙に浮いている感覚がする。
何が起きた?
一、二メートルほど飛ばされ、体が地面に叩きつけられてからようやく感じる痛み。
「ツっ……!」
左肩からだらだらと血が流れて落ちている。
撃たれた。
周りが一段と盛り上がり、けたたましい歓声が響く。
正面を見ると奴隷商人は笑いながら得意げに拳銃を指で回していた。
そうか。
僕が斬りかかった瞬間には既にローブの下から銃を構えていたのか。
呼吸が乱れてくる。僕は何とかして立ち上がろうとするがその瞬間を奴隷商人は見逃さず、その場で鎖を振って打ってくる。
「まだまだぁ‼ どうした、もう終わりかァ!?」
背中、腹部、腕、脚、いたるところを何度も連打され、僕はその場で倒れこんでしまう。攻撃が止み、奴隷商人が高らかに笑っており、周りでは拍手が鳴り響いている。もう勝ったつもりらしい。
まだだ、『集中』するんだ。
さっき、『神経過敏』になっていなかった。そのせいであの拳銃の攻撃からも対応が遅れて撃たれてしまったんだ。
しっかり相手を見ろ。
周りを感じろ。
そう自分に言い聞かせながら呼吸を整える。
あの時の修行の成果を見せるんだ。
そして
立て
倒れた身体を起き上がらせる。
僕の心の奥底から何かが沸き上がる。
今までなら『怖い』という感情が出て戦わなかった。
なんとかしてその場から逃げ出そうとしていた。
でも、今は『怖い』とは違う何かの感情が恐怖をかき消していた。
『恐怖』よりも重い感情
『守りたい』
いや、『守らないといけない』
――僕は地面を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます