其の玖・捜索

「……で、伊織さんどこに行ったんですかね?」

 

 僕は八重さんに訊ねた。

 コロッセオの外に止めてあった馬車には誰もいなかった。八重さんは馬の前でため息を漏らしながら頭を抱えている。


「そうでした……、隆宏さんはそういう人でした……」

「大丈夫ですか……?」

「あまり大丈夫では……」


 いつもの元気さが一切消えており、とても弱弱しくなっている。

 

「電話で呼んだらどうですか?」

「いやぁ……、彼はいつも電源を切っているから多分繋がらないと思います……」


 そう言いながら八重さんは半分諦めた様子で電話をかける。

 もちろん、繋がらなかった。


「はぁ……、居場所はおそらくなのでしょうけど……」


 八重さんが小さく呟くのが聞こえた。


「居場所さえ分かるのなら僕が呼んできますよ?」

「あぁ……、じゃあお願いしても良いですか? たしかにあそこは私よりも武さんの方が行きやすそうですし……」

「?」

「たぶん、ここからコロッセオを挟んで反対側の通りにいると思います……、でも……」

「分かりました。じゃあ行ってきます!」


 途中、なんだか気になるところはあったが僕は元気に返事をして八重さんが教えてくれた方に向かって走り出す。


 八重さんの言葉を最後まで聞かずに。



 *******************



「行ってしまった……。やっぱり止めるべきだったですかね……?」


 馬車の前で八重は一人呟いた。


「だってあそこは――」


八重は頬を赤らませて口をつぐんだ。



 *******************



 ついた先は夜の街、明るいネオンで照らされながら大勢の男女が歩いている――


――歓楽街だった。


「えぇ……!?」


 こんなところに伊織さんはいるのか? あの真面目そうな性格からはそう思えないけど……。

 ていうか、未成年の僕がこんなところに居てもいいのか⁉

 すこし気恥ずかしくて顔が熱くなってきた。


「あら、どうしたの? 若いのにこんなところへ来て……」


 するとそこに大胆に肌を露出させた若い女性が近寄ってきた。


「えっ!? いやっ、あの……! 違いますっ!」


 だがそんな僕の言葉に耳を貸そうともせず女性は僕の肩に手を当ててくる。


「それよりもさ……、ちょっと一緒に遊ばない……? お姉さんがイイコトしてあげるから……!」

「……っ!」


 女性の声はとても甘くて、言葉だけで僕をとろかして来るようだ。肩に置いていた手も次第に腕で背中を包んでいき、僕の後ろから胸の上に手を伸ばしてきた。

 なんだか変な気持ちになってきた。

 頭の中がふわふわしてくる。


 僕は恥ずかしさで耐え切れなくなり、女性の手を振りほどいて歓楽街の中に走り出した。

 後ろから女性が「また来てね~!」と声をかけている。


 いや……、もう来ませんよ……‼


 奥に入るとよりディープな店が多く並んでいた。

 居酒屋やキャバクラだけでなく大人の店やホテルまであり、街中を歩いているだけで恥ずか死してしまいそうだ。

 そんな楽しそうに道を歩く人たちの横で僕は疲れ切って歩いていた。


「伊織さん……、どこに行ったんですか……? 早く出てきてくださいよ……」


 なんだろう、もう涙が出そう。こんなところを人探しのために全速力で走っているという現実に涙が出そうだ……。

 顔が熱い。

 まるで顔から火が出そうなほど熱い。


 そんな時、ふと横から冷たい風が吹いてきた。

 涼しい。

 その風は熱く火照った僕の肌を冷やして、心地よく僕の体を包み込んだ。


 ふと、その風が吹いた方を見るとそこには明らかに怪しく暗い路地があるのを見つけた。

 周りは派手で明るいのに、この路地だけ異様に暗い。その異様さについ足を引き込まれる。

 僕はその路地に足を踏み出した。



 *******************



 その狭い路地内には怪しく、また危なそうな人が大勢たむろしていた。

 道端で大声で叫びながら賭博をしている人もいれば、なにか陰でひそひそと話している人たちもおり、明らかに場違いな僕の姿を皆じろじろと眺めてくる。


 目があったら何をされるか分からない。極力誰にも目を合わせず、遠くを見るようにして歩こう……。

 僕は腰の刀にも手をかけて、いつでも抜けるように準備をして奥に進みだした。


 路地にはスーツを着た伯爵のような人やガスマスクで顔を隠しながら満を歩いている人がいたり、道の端では橙に光るランプをいくつも吊り下げながら何やら怪しげなものも売っている店が並んでいたりする。変な本、なにかのホルマリン漬け、不気味なマスク、それにナイフや銃といった武器類……。


 ここは僕が来るような場所じゃない。


 本能的にそう思った。

 最初、涼しいと感じた風は、今や不穏な冷たい風へと変わっていた。

 僕は周りの視線のことも気にして、引き返そうと足を後ろへ引いた。


 そのとき僕の身体に何か、いや、誰かがぶつかった。


 目を前にやるとそこには二人の少女が僕の目の前で倒れていた。


「だっ!大丈夫!?」


 僕は急いでその少女らのもとに近寄った。

 二人が目を覚まして顔をあげ、僕と目があった。

 目が合うとその少女たちは起き上がって、慌てて僕の服にしがみついてきた。


 黒髪の少女、そして茶髪の少女、二人は衰弱しきった声で、か細い声で言った。


「「お願い……です……。どうか……助けて……!」」

「……え?」


 僕はその少女の姿を見て驚いた。

 とても痩せこけており髪もぼさぼさでボロボロに敗れた服を着ている。

 二人には首輪と鎖、腕輪、足輪もつけられており、ところどころ怪我している。それは誰の目から見ても「奴隷」として扱われていると分かった。


 だが僕が一番驚いたのはそこじゃない。

 彼女らの腕の下側に毛が――


 ――いや、が生えていた。

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