其の捌・確認
『命の間』から真逆の位置にある階段を下りていくと、一切音が聞こえない八角形の閑静な空間に着いた。
「ここですか……?」
「ええ、ここが『記録の間』です」
今こうやって行っている会話も部屋の中に全く響かず、言葉を発したそばから消えていく。
部屋の中は青暗く、中心にはタッチパネルのようなものが設置されていた。
「ほんとは関係者以外立ち入り禁止なんですけど、私たち『
「それって……、僕は入っても大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! バレなかったらOKです!」
八重さんは自身満々に親指を立てる。
いや、バレなかったら大丈夫ってつまり大丈夫じゃないんじゃ……
深く考えるのはよそう……、最近分かったけど考えすぎたら胃が痛くなる……。
キリキリと痛み始めたお腹を押さえつつタッチパネルに近づいてなにやら操作し始めた八重さんを見つめる。
八重さんは元気を取り繕っている
そう感じた
首が飛んだあの瞬間を思い出してしまう。あの時、僕に何かできることは無かったのか? と考えてしまう。そんな後悔ばかりが押し寄せてくる。
それを何とか少しでも和らげようと、わざと明るくふるまっているように僕の目には見えた。
「よし! これで……!」
八重さんは聞こえるような声で言ってタッチパネルを押した。
押した瞬間、部屋が明るくなった。
八角形に囲っている黒い石の壁に水色の光でたくさんの名前が浮かび上がってきた。
「これで一応起動しましたね! 武さん、こっちへ来てください!」
そう八重さんに呼ばれて僕はタッチパネルの前まで来た。
「あとは死んだ日付を登録すれば自動的に出てきます。なので……、武さんはネノクニにやってきた日やその前日あたりを入力してみてください」
「はい、分かりました」
八重さんが後ろに下がり、僕はタッチパネルの前に立った。
画面にはパソコンのキーボードのように文字列がずらりと並んでいる。
僕はその文字にゆっくりと指を乗せた。
画面は冷たく硬くまるで石板に触れているようだった。
あの日のことを思い出す。
忘れられない、忘れてはならない、すべてが始まったあの日を
たしかあの日は11月の――
冷たい画面を指でなぞっていき、年、月、日、大体の時間を打ち込んでいく。
そして最後に右下にある「確定」のボタン。
「確定」へと指を伸ばすがその指は止まってしまう。
これを押してもしも名前が出て来たのなら「僕」という存在が「本当は死んでいた」ということが「確定」することになる。
たしかに心臓が、鼓動があるのは感じている。でもそれが「生きている」と証明する理由にはならない。
部屋の温度で冷えた汗が額を伝って落ちていく。
でも、死んでいたのならその「死んでいた」ということを確かめなければならない。
生か死か
それを僕は確認するためにここへ来たんだ。
僕は大きく息を吐いて「確定」を押した。
その瞬間
浮いた。
「えっ? ちょっ……!」
タッチパネルの台座の周り、一メートルぐらいの床ごと宙に浮き上がった。
「それじゃあ確認、頑張って来てください」
振り向くと八重さんは手を振りながら、でも不安そうな目をしながら僕を見送っていた。
五秒ほどその場で浮いていた足場は突如、急上昇した。
「うわああぁぁぁぁ‼」
天井が一瞬で目の前に現れた。
ぶつかると思い目を閉じたが一向にぶつかる様子はなく足場はだんだんと速度を増していく。徐々に体へGがかかっていく。目を開くと僕は果ての見えない上空に向かって登っていた。上を見上げると青い光が八角形に光っていた。
一、 二分経っただろうか、
足場がスピード落としていきある位置で静止した。
「ここか……?」
僕は壁に青く輝いている文字を読む。
そこにはたくさんの人の名前が書かれていた。
19:32
鬼怒川 満
花道 洋子
日鷹 ――
―― ――
―― ――
ところどころ名前が飛んでいる。
八重さんから聞いたがこの飛んでいるところは元々ネノクニに居て、その後、この世界を去った人の名前があった場所らしい。
去った理由は様々、転生した者もいればあのエグゼクトに殺された人まで……
僕はその壁に書かれた名前を確認し始めた。
一枚目には書かれていない。
二枚目には同じ苗字の人がいて一瞬背筋が凍ったがいなかった。
三枚目、四枚目と時間をかけながらも次々に見ていく。
――そして最後の八枚目、
もう一時間は経っただろうか、かなり精神的な恐怖が身体を蝕んでいた。
でも確認しなければならない。
僕が生きているのか、死んでいるのか。
「よし!」
最上段からまた一人ずつ見ていく。
竹野 恭介
佐藤 光
辻本 杏子
櫛木 ――
無い 無い 見当たらない 大丈夫 僕は生きている 見つからない
名前は無い よし いける もうすぐ半分 大丈夫
そして最後の一列
北原 楓
成瀬 寛二
義仲 チヱ
―― ――
そして最後の列の下から四番目に――
前野 ――
佐藤 潤一
沢口 雄平
東 由紀
_____
僕は息を飲んだ。
*******************
足場が降りていく。
僕はディスプレイの台座に背もたれて座っていた。
ゆっくりゆっくりと降りていくその時間はまるで何時間にも感じられた。
青い光が僕を包み込んでいく。
そして気づいた時にはもとの部屋に戻って来ていた。
足場はゆっくりと、徐々にスピードを落としながら、最後にはもとあったところにハマって止まった。
「……どうでしたか?」
顔を上げると八重さんが心配そうな顔をして僕を見ていた。
僕は少し微笑んで八重さん正面に手をかざした。
そのかざした手の形は――
「無事、無かったです。月ノ宮さんも僕のも」
――ピースサインだった
そしてもう一度はにかんで笑う。
「はぁ~~~~! よかった……! びっくりしましたよ……」
八重さんも大きな安堵の息を漏らしてその場で座り込んだ。
「すいません、脅かしてしまって」
「良いんですよ、生きていることが分かったのなら」
そう、良かった。
生きていることが「確定」された。
僕と月ノ宮さんは正真正銘、れっきとした「生者」だったんだ。
でもなぜか
心のそこから喜べない自分がいた。
なぜだろう
『月ノ宮さんを守る』
そう決めた日からだった。
ずっとずっと心の底で思ってた。
僕はどうすればいいんだ?
「生きたい」のか「生きたくない」のか
結果、今「生きている」ということが分かっても、僕自身が僕の心の底を分かっていなかった。
あの苦しい日々はもう味わいたくない。
でも、月ノ宮は守らなければならない。
僕はそんな二つの思いの狭間で揺らいでいた。
八重さんは少し一息ついて手を鳴らして言った。
「じゃあ明日も早いですしそろそろ戻りましょうか。武さんも明日の朝から図書館に行くでしょう?」
「……ですね、じゃあ行きましょう」
そう言って僕と八重さんは立ち上がった。
この『記録の間』を出て、また歓声が鳴り響く廊下を渡る。
でも、今回渡ったときに聞こえた歓声は行きの時とは違う。
あの、僕が生きていた世界で感じた踏切と同じような五月蝿さがあった。
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