其の伍・不屈の王

 ――路地の奥から数人の兵士が息を切らしながら走って出てきた。


 彼らが僕の存在に気づくと兵士の一人が近寄ってきた。


「すまない少年。さっきここに、筋肉モリモリでガタイがよく、一人で街を歩いていたらあきらかに怪しく見える三十代ぐらいのおじさんを見なかったかい?」


「あ、えっと、たしかあっちの方に……」


 僕はそう言って街の外側の方に指をさす。

 兵士は軽く「ありがとう」と言うと、ほかの兵士たちに方向を伝え、教えた方角へ向かって走り去っていった。


 ……なんて言われようだ。


 僕は兵士が見えなくなったのを見計らって声をかける。


「たぶん、もう出てきても大丈夫ですよ!」


 そう言うと傍にあるマンホールから兵士が聞いてきたとおりの姿の男性が出てきた。


「あいつら……、ワシが聞いてないからってなんて言い草だ……。おっとボウズ、匿ってくれてありがとな!」


「……ていうか僕に頼まず、そのままマンホールを通って逃げればよかったんじゃないですか?」


「いやいや、ボウズが嘘の方向を教えてなかったらあいつらはマンホールの中まで探して追いかけて来たぞ。今回逃げ切れたのはボウズのおかげだ!」


 ガッハッハと声を出しながら男性は笑う。


「はぁ……」


 なんて豪快な人なんだ……。勢いに付いて行けない……。

 僕は一息ため息を吐く。そのとき、ふと冷静に考えてみた。

 あれ、待てよ……? この男性を追いかけていた人たち、兵士のような恰好をしていたな……。

 …………待て、この人を匿って大丈夫だったのか⁉ もしかして犯罪者だったりしたんじゃ……。


 ゆっくり顔を男性の方に向ける。

 男性は腕を組みながら首を傾げ、不思議そうな顔をした。


「おい、どうしたボウズ?」


 男性が歩み寄ってきた。


「止まってください‼」


 大声を出し、男性の歩みを静止させる。

 そして、腰にある刀の柄を握りしめた。


「おいボウズ……、どういうことだ……?」


 瞬間、男性の目が変わった。

 先ほどまでのお気楽そうな目から瞬時にして戦う者の目になり、ジッと凝視してくる。色の違う両の眼がしっかりと僕を捕らえている。


 威圧、気迫のようなものをビリビリと感じる……。この人……いったい何なんだ……?


「すいません……。あなたを追いかけていた人が兵士の格好をしていたから、もしかしたら犯罪者を匿ってしまったんじゃないかと思って……。あなたは誰ですか……⁉」


 身体が震えている。本能がこの男性と戦うことを拒んでいるのか……?

 僕は全身が震えながらも男性の目をしっかり見据えた。


 すると男性は突然、




「ガァッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ‼」


 大笑いをし始めた。


 前傾になり手で腹を抑えながらもう片方の手で自身の腿を叩いている。途中からはヒーヒー言い出して涙も流している。


「なッ……、何を笑っているんですか⁉」


 声を荒げてそう聞き返したのを聞いて、男はようやく笑うのを止めようとしはじめ、手で口元を覆ったり、涙を指で拭ったりし始めた。


「あいや、すまんすまん! ついつい笑ってしまったわい! ガッハッハッハ!」


 ずっと笑われ続けていて心なしか気恥ずかしくなる。


「あ……、あなたはいったい誰ですか⁉」


 ようやく笑いが治まってきたのか、男性は呼吸を整えて話し始める。


「そうだな! いきなり『匿ってくれ!』なんて言ったらそりゃあ怪しくもあるな!」 


 男性は大木のように太い腕を組んで威風堂々たる姿で言った。


「ワシの名前は! アレクサンドロス三世だ!」


「アレクサンドロス……?」


 その名を聞いてハッとした。

 何かの本で読んだことがある気がする……! たしか大昔、ヨーロッパからアジアまで様々な国を征服し、巨大帝国を作り上げた無敗の王……!


「そうだ、それによく考えてみろ。仮にワシが本当に犯罪者だったら、それこそあのマンホールを通って逃げているであろう?」


「あっ……」


 それに気づき、自然と刀の柄から手を放す。


 アレクサンドロスと名乗る男性は僕の様子を見て小さく「よし……!」と呟き微笑んだ。


「ボウズ、お前は最近ここに落ちてきた者だな?」


「え、あっハイ!」


「生きている」ということがバレないように僕は言われたことを肯定して誤魔化す。


「そうであろう、そうであろう! で、なければワシのことを知らないなどありえんからな!」


 目の前の男性はまた大きく笑う。


 その言葉を聞いてあることを思い出した。


 師匠と八重さんが話していた存在

 もしかして、このアレクサンドロス三世がネノクニの王⁉


「あの……、すいませんでした……!」


 頭を深々と下げる。


 そうだ、そう考えれば兵士が追いかけていたことも、知らないなどありえないことも全部つじつまが合う。

 王様を犯罪者と勘違いするなんてとても不敬な行動だ……。到底許されるようなものじゃないぞ……!


 そう思っていると

 男は僕の傍まで近づいていたらしく肩に手を置いてきた。


 顔を上げると男はニコリと笑って言った。


「ウム! 許そう! と言うより、まずボウズはワシを匿ってくれただろう? だからむしろ何か礼をさせてくれんか⁉」


「え?」


 ********************


「え⁉ アレクサンドロス大王はネノクニの国王じゃないんですか?」


「ああ、ワシはここではただの一般市民だ。だから『』なんて呼び方はよせ、こそばゆくなるわ」


 アレクサンドロス大王は笑いながら言った。

 僕はアレクサンドロス大王と一緒に夜の街を歩いていた。

 僕が「まだセントラルのことを全く知らない」と言うと、「なら案内してやろう!」と言いセントラルを案内し始めてくれたのだ。


「じゃあ、なんで兵士に追われていたんですか?」


「ん? あぁ、あいつらか。あいつらは生前、ワシの部下だった者たちだ。こっちで再開してからもワシの下で働くと言って聞かんのだ」


 アレクサンドロス大王は不満げに話し始めた。


「それで今回、ワシが街の見納めのために一人で街へ出かけようとしたら、あいつらが『ならば、私たちもお供します』と言ってついて来たのでな、途中であいつらから逃げ出したというわけだ」


「それで追いかけられていたんですね……」


「おう!」


「たしかにアレクサンドロスだい……、アレクサンドロスさんって誰もが知る英雄ですし、ネノクニの国王じゃなくてもみんなに知られていて当然でしたね」


「いや、そうでもないぞ? ワシがみんなに知られるようになったのはほんのぐらいだ」


 サラッと言った。


「え? でも、アレクサンドロスさんって紀元前に亡くなりませんでした? そんな昔からいるなら、もっと前からみんなに知られているはずじゃ……?」


 僕はアレクサンドロスさんの顔の方を向いて聞いた。

 アレクサンドロスさんは何かを思い出したのか少し懐かしそうに顔をほころばせた。


「うむ、ワシはな……、この世界にたどり着いた時『自分が死んだ』ということを信じることが出来なかった。だから必死でこの世界を旅し続けた。『どこかに出口があるのではないか?』、『これはただの夢じゃないのか?』と……、気づいた時にはもうほど経過していた」


「…………」


「生前、ワシは『決して負けない者』と言われていた。だがこの世界に来て二千年ほど経ち、ようやく『現実に負けた』ことを認めたのだ」


 その声はまるで昔の自分を憐れんでいるようだった。

 アレクサンドロスさんは上を見上げた。上空にはあの大きな根が空を覆っている。


「『世界の果て』……。それを見ることが出来なかったことだけは心残りだったな……」


「アレクサンドロスさん……」


 彼の片目が輝いて見えた。


「だがな、ボウズ! ワシはそれからあきらめたわけではない! その甲斐あってワシは現世に戻れることになったしな!」


「え?」


「そら、見えてきた! 今、ワシたちが向かっておったのはあそこだ!」


 彼は道の奥を指差す。その方向を見るとそこには、さっきも聞いたあの建物があった。

「あれは……!」


「そう、ワシは勝ち続け、たくさんのゼンを得た。そしてようやく『転生する権利』を得ることが出来たのだ!」


 そこに見えた建物こそ――




 ――「コロッセオ……!」

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