其の参・病室にて
月ノ宮さんの治療は始まった――
――のだが
「……どうですか?」
「……全くわかりません」
治療は難航していた。
とりあえず最初に頭にいろんなコードが繋がっているヘルメットをかぶせて調べてみた。
八重さんのデスクの上にあるモニターに波が表示されるが、僕にはさっぱり分からない。だが、八重さんはしかめっ面のままモニターとにらめっこしているから八重さんからしてもおかしな状況なんだと思う。
「いったいどうなっていたんですか?」
「最初、この子は昏睡状態に入っているのだと思っていました。ですが、実際のところただ寝ているだけのようにしか見えないんですよ。軽い刺激を与えても反応は返ってこないのですが……」
渋い表情をしながら答える。
八重さんはデスクの上にあるコーヒーマシンからコーヒーを注ぐ。
部屋の中にコーヒーの香りが広がった。
一体全体どういうことなのかさっぱり分からない。
「……じゃあ、なんで目を覚まさないんでしょうか?」
「そこなんですよねぇ……」
少し考えた後ポツリと呟いた。
「――まるで何者かに意識を『監禁』されているみたい」
八重さんは静かにコーヒーを啜った
監禁……?
そのとき、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
八重さんが返事をする。
「ただいま戻りました。伊能です」
「ワタシもいまス!」
扉の奥から伊能さんとリードさんの声が聞こえた。
「どうぞ」
八重さんがそういうと扉が開いて、疲れた顔の二人が入ってきた。
「いやー、本当に大変でした……」
「人が多すぎテ、車庫に入れるのにも一苦労ですヨ……」
二人は愚痴をこぼしながらドアの横に並んで立った。
「いったいあの人ごみは何だったんですか?」
「あぁ、あれはコロッセオの救護室に入りきらなかった患者たちらしいです。どうやら、今日当番の看護師が来ていないとか……」
「『ニーヴルコロシアム』が始まったのちょうど今日からでしたネ。すっかり忘れていましタ」
リードさんは少し照れて頭を掻く。
『ニーヴルコロシアム』……?
「……すいません、『ニーヴルコロシアム』って――」
ガチャン‼
僕が二人に『ニーヴルコロシアム』について聞こうとしたとき、なにかが落ちて割れた音が聞こえた。
振り返って見てみるとそこにはさっきまで八重さんが持っていたコーヒーカップが割れて床に落ちており、当の本人は真っ蒼な顔をしていた。
「え……? それって今日からでしたっけ……?」
手を震わせながら八重さんは二人に尋ねる。
二人は互いに顔を見合わせてもう一度八重さんの方を見る。
「「はい」」
二人の重なった声を聞いたとき、八重さんがフリーズした。
そして次の瞬間
「きゃああぁぁぁぁぁあああ‼」
病院中に響き渡るほどの絶叫を発した。
僕や伊能さん、リードさんはおもわず耳を塞いでしまった。だがそれでも声が漏れて聞こえ、手を耳から離してもキーンと響いて感じる。
「……どうしたんですか? いきなり大声を出して……?」
おそるおそる八重さんに聞いてみると八重さんは椅子から立ち上がり、バタバタと慌てながら急いで上着を着る。
「すっかり勘違いしてました! 今日のコロッセオの救護室当番は私です! ちょっと今からでも行ってきます! 隆宏さん、馬車を出してください‼」
「え⁉さっき車庫に入れてきたばk、いたたたたた! 分かりました! 分かったから襟を引っ張らないでください! 行きます!行きますから!」
八重さんは伊能さんが答えを言う前に襟元を掴んで連れて行こうとする。
「ジェニーさん!私が帰るまでの間、千代さんと武さんのことをよろしくお願いしますね!」
「ハ、ハイ!分かりましタ!」
「じゃあ行ってきます!」
そう言って八重さんは部屋を出てドアを勢いよく閉めていった。
「えぇ……」
部屋の中には僕とリードさん、そして月ノ宮さんだけになってしまった
その数秒後ドアが勢いよく開いた。
「八重はどこに行きましたか‼」
「「うわっ‼」」
ナイチンゲールさんが息を切らしながら顔を真っ赤にして中に入ってきた。突然入ってきたことに僕とリードさんは驚き、驚いている間に彼女は部屋の中を見回した。八重さんがいないことに気づくと呼吸を整えて、最初にあった時のように冷静に話し始めた。
「コホンっ……! お恥ずかしいところを見せてしまいましたね……。 八重はもうコロッセオに向かったのですか?」
「はい……、さっきバタバタ出ていきました……」
ナイチンゲールさんの口からため息が漏れた。
「分かりました。じゃあ、大丈夫です……、と言いたいところですがその前に、彼女の様子はどうですか?」
ナイチンゲールさんが僕に尋ねてきた。
「あ……、全く分からないそうです……。色々調べても、ただ「眠っている」だけに見えるらしくて……。まるで、何者かに意識を『監禁』されてるみたい。だとか……」
「そうだったんですネ」
「ふむ……、まだ時間は掛かりそうですね」
「はい……」
いったいどうしたらいいんだろう。いま、僕にできることは何なんだ。
そう深く考えてしまう。
医学の知識が一切無い僕が何もできないのは当たり前。それは言葉では分かっている。それでも、月ノ宮さんを守るために何かできることはないのかと考えてしまう。
「大丈夫ですカ? タケル?」
リードさんが横から顔を覗かせた。
僕はハッとして、すぐに元の表情に戻した。
「大丈夫です。ただ、なにか自分にできることが無いかとおもってしまって……」
「じゃあ――」
ナイチンゲールさんが口を開いた。僕はおもわず顔を上げてナイチンゲールさんを見る。
「気分転換も兼ねて図書館に行ってみたらどうですか?」
そう言って彼女はニっと笑った。
「『図書館』……」
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