第二章 ネノクニ セントラル

其の壱・セントラル

 ――三日目


 今日で僕らは三日間、馬車でセントラルに向かって進み続けたことになる。

 根は僕の頭上にまで来ているのだがセントラルの町並みは一切見えず、いつもと変わらない景色が続いていた。


 僕はそんな景色をただただ見つめていた。

 一日目は伊能さんやリードさんにいろんなことを話して、いろんなことを教えてもらった。


 二日目は話のネタが尽き、ぼーっと外の景色を眺めていた。


 そして三日目の朝、つまり今だ。

 何もすることが見つからない。

 夜、キャンプで寝る前にトレーニングなどはしているが、今は馬車の中だから体を動かすことが出来ないし、今はリードさんが馬車を操縦しており、伊能さんは疲労からかまだ馬車の中で寝ている。もちろん、八重さんは月ノ宮さんの様子をつきっきりで見ている


 やはり、今日も外を眺めるしかないか……


 外の景色は本当に美しい。


 今、馬車は少し小高い丘を登っているが、そこにはとてもさわやかな風が吹いており、緑の大地を背景に鳥や動物の群れが走っているのが目の前に映る。

 僕は「集中」の訓練もかねて、目を閉じて周りの感覚を捕らえてみる。


 馬車が走る音。

 馬の足並み。

 風が吹く音。

 動物の鳴き声。


 ん?いま遠くから象のような鳴き声も聞こえた。


 ほかにもたくさん聞こえてくる。

 風で草が揺れる音、電車が走る音、鳥の鳴き声…………


 …………電車が走る音?


「えっ⁉」


 僕はハッとして目を見開いた。すると僕が見ている景色の先に茶色く薄汚れた電車が一本走って行くのが見えた。


「あ!そろそろ見えてきましたヨ‼」


 リードさんのその声に反応して、今度は馬車の前の方に視線を送る。するとそこにはまだゴマ粒のようなサイズではあるが、たくさんのビル群の姿が見えてきた。


 馬車がどんどんと丘を登っていくにつれ、その建物群もどんどんと姿を現していく。

 そして馬車が丘の頂上に着いた時、僕の目の前にはありえない光景が広がっていた。


「すごい……!」


 言葉が漏れる。


 丘の上からは空の根っこの下に創られた、とても巨大な街があった。


 その街の中心は根っこの中心の真下に創られているようで、街並みは端の方に行くにつれてビルなどの新しい建物、中心に行くにつれレンガや石などで作られた古い建物が見える。

 だが何と言っても驚きなのは、街が大きすぎてその街の反対側の端が見えないことである。

 言葉だけでなく、息までも漏れてしまう。

 でかい。凄い。こんな街見たこともない。


「あと数時間で着きますかラ、そろそろ降りる準備を始めておいてくださいネ‼


「はーい!」


「ジェニーさん! 坂道はしっかりブレーキをかけてくださいね!」


「もっちろんでス‼」


 リードさんは八重さんの声に元気よく返事をし、馬車はブレーキをかけながらゆっくりゆっくりと坂道を下っていく。

 僕は一旦馬車の中に頭を戻し、荷物を整理する。まあ、自分の荷物は全く無いのだが……


「ようやく着きますね。三日間の長旅お疲れ様です」


 八重さんが僕の方を見てにっこり笑った。


 僕もその言葉に元気よく返答をする。


「はい!」


 だが、違う。

 これが終わりじゃない。

 ここからが始まりなんだ。


 僕はもう一度馬車から頭を出し、『セントラル』の景色を眺める。


 あれが、吉となるか……。

 はたまた凶となるか……。


 近づくその大きな街を見ながら、心の中で僕はそう思った。


 ********************


 街の中はとても賑わっている。

 まるで、元居た世界のよう……。そう、現世と何ら変わりはない。あの丘から見えていた小さなビル群も目の前ではとても大きく、高さは三十メートル以上もありそうだ。

 ただ一つ気になることと言えば、街行く人の服装だ。

 スーツを着ている会社員みたいな恰好の人が目の前を通ったと思えば、中世の貴族のような格好の人が歩いていたりする。ほかにも、古代ギリシャにある布一枚だけの服の人や師匠のように侍の格好の人もいる。僕は閉められた幌の隙間からそんな様々な時代の人が混在している街並みを眺めていた。


「あまり、じろじろと外を見ないほうがいいですよ。外の人に怪しまれますよ?」


「すいません、ついうっかり……」


 八重さんから注意を受けてしまい、僕は外を見るのを止める。


「高い建物が増えてきましたけど、まだ先なんですか?」


「ええ、もう少し先ですね。セントラルは中心から外側に広がりながら発展してきました。つまり、セントラルの端である外周のところが比較的新しい建物があり、中心に近づくにつれて古い建物が建てられているんですよ」


 そう言われてみれば、あの丘から見えていた景色だが、ビル群より内側はあまり高い建物が無かった気がする。


「そしていま私たちが向かっている病院は、院長の『中心からも、外からもやって来やすい場所に建てる』と、言うことで、もう少し前の時代の建物がある場所に建てたんです。なのであと……、三十分くらいでしょうか? それぐらいはかかると思いますよ」


「そうなんですね……」


 院長は立地とかしっかりと考えて建てたんだな。たしかに中心や端に在った場合は気軽にいくことが出来ない。患者のことを思い、そういうことまでしっかりと考えるなんていったいどんな人なのだろうか?


 まだ見ぬ『院長』に興味が湧いてくる。

 それと同時にもう一つ疑問が湧いてきた。


「そういえば八重さん、このセントラルの『中心』って何があるんですか?」


「『中心』ですか?」


「はい。師匠から聞いたんですけど、あの『根』の中心のちょうど真下がセントラルの中心らしいじゃないですか? だからちょっと気になって……」


「ん~……と言っても、特にあるものは……」


 八重さんが指を顎に当てながら考える。


「役所と……、あとコロッセオぐらいですかね?」

 コロッセオ

 聞いたことがある。


「コロッセオ……ってあの丸い建物の……?」


「そうそう、それです」


 パッと顔を明るくして八重さんは答えた。


「でも、それが何でセントラルに……?」


「ほんとかどうかは定かではないんですけど……、噂によれば大昔、ある皇帝がまだセントラルもできてないネノクニに落ちてきた時に、『自分の権威を知らしめるため』と『ゼンを集めて早く生き返るため』に建てたとか。そしてそれを囲うように建物が建てられて、『セントラル』ができたって話もありますね」



「へぇ……って、『ゼンを集めること』と『コロッセオを建てること』って関係ないような……」


「いえいえ、おおいに関係ありますよ」


「でも……、どんなふうにですか?」


「ん~っと……、あの侍さんからはゼンの支給についての話は聞きましたか?」


 逆に質問が返ってきた。

 僕は戸惑いつつも答える。


「えっ、はい。たしか普通に稼ぐほかに、『他人に善い行いをする』って……。そしたらこの国の王様から支給されるんですよね?」


「はい!正解です!じゃあ、もう一つ、『コロッセオの建物としての目的』は何だと思いますか?」


 建物としての目的?

 なんかおかしな問題だなと思いながらも考えてみる。


「それは……、『コロッセオの中で試合をすること』じゃないですか?」


「そうですね。じゃあそれは、『誰』のために闘わせているのでしょうか?」


「それはもちろん観きゃ……、あっ!」


 そうか、そういうことか。

 八重さんが少し微笑む。


「気づきましたね? そうです。コロッセオを建設してその中で武闘会などを開き、試合をさせる」


「そうすることで、それを観に来たたくさんの観客を楽しませて大量にゼンを稼ぐって方法ですね」


「そういうことです」


「その皇帝、頭良いですね」


 僕は素直に凄いと思った。そんなアイデアが思い浮かぶなんて……


「まあ噂なので本当かどうか分かりませんけどね。でも、今でも実際、武闘会が定期的に行われていますし、完全に嘘とは言えないかもしれないですね」


 八重さんはアハハと軽く笑った。

 その声が聞こえたのか、今まで寝ていた伊能さんが目を覚ました。

 伊能さんはあくびをしながら目を擦り、ゆっくりと体を起きあがらせる。


「おはようございます」


「おあようございまふ……。もうつきまひた……?」


「まだ着いていませんがもうすぐ着きますよ。そろそろ準備をしてください」


 まだ眠そうな声で聞いてきた伊能さんに八重さんが微笑みながら返す。


「さて、じゃあ二人とも病院までの残りの道のり、しっかり準備をしましょう」


「「はい」」


 僕と伊能さんは声を合わせて返事する。


 僕はふと横に寝ている月ノ宮さんを見た。

 やっぱり呼吸は安定しているように見えて、あまりキツそうには見えない。

 そんな彼女の姿を見て自分の心の中で

「大丈夫、大丈夫」

 と何度も唱える。

 正直、彼女は大丈夫そうに見えているかもしれないが、心の中ではかなり心配だ。


 あともう少し、待っていてくれ


 まだ馬車は速度を落としながら、病院に向かって進む。

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