其の冬・彼女のサンタ

 ――これはちょっとだけ先の未来の話


 ********************


「……よしっ!あらかた片付いた!月ノ宮さん、わざわざ手伝ってくれてありがとう」


「いやいや、助けてくれた恩もあるしそのお礼だよー」


「恩返しとかそんなの考えなくてもいいのに……」


 僕は苦笑いしながら月ノ宮さんに言う。でも月ノ宮さんは硬い表情のまま腰に手を当ててふんぞり返りながら言い返してきた。


「そう言うわけにはいかないよ。それが私のポリシーってもんなんです」



 月ノ宮さんが目覚めたあと僕らはいろいろあって、とある組織に入ることになった。


 今日はみんな用事があるらしく、アジトには僕と月ノ宮さんだけだった。本当は僕もアジトに来るはずじゃなかったのだが、アキレアさん……先輩から、「明日の夜、アジトでパーティーするから部屋片づけとけ!俺はちょっと用事があるから明日の夜まで一切連絡かけてくんなよ!」という連絡があり片付けることになったのだ。


 といっても、部屋はほとんどアキレアさんの私物が散乱して汚れており、どうも腑に落ちない。ってか、いいようにパシられてるだけじゃないか……


 とりあえずアキレアさんの私物はアキレアさんの部屋の中に放り投げておいた。あとは床を掃いて、拭き掃除をするだけだな。


 窓の外を眺めてみると外はもう暗く、下では赤い帽子をかぶった人や温かい恰好をしたカップルたちで賑わっていた。


 そう、明日はクリスマスイブだ。


 ここ、ネノクニでもクリスマスは一大イベントで多くの人が祝って楽しむらしい。まさか現世でなく、死後の世界でクリスマスを祝うことになるだなんて……。去年の僕なら考えもつかないな……。しかも、今年は月ノ宮さんと一緒に祝えるなんて……

 今まで女の子と一緒にクリスマスを祝うなんてこと無かったから、少し照れるな……。


「で、あとは何をすればいい?」


 僕が考え込んでいると月ノ宮さんが首をかしげながら顔を近づけて聞いてきた。


「えっ⁉あ、そうだね!じゃあ……」


 そのとき、ドアのチャイムが鳴った。


「誰か来た。ちょっと行ってくる」


「あ、うん!お願い‼」


 彼女が廊下の方に消えたことを見計らってソファに座る。


 ……いや、……女性に対して耐性が無いからあんなに目の前まで来られたら気恥ずかしい……。


 つい両手で顔を抑え、もがいてしまう。


 いや!それよりもだ!


 僕は上着の内ポケットに隠しておいた『あるもの』をこっそり取り出す。


 そう、クリスマスプレゼントだ


 月ノ宮さんにあげるため用意したこのプレゼント……。一体いつ渡そう……?

 やっぱり明日のパーティーのときだろうか。でもそのタイミングはみんながいるから渡しづらいし……。それにアキレアさんなら絶対茶化すだろうしな……。


 どうしよう……?


 すると、廊下の方から足音が聞こえてきた。それを聞いて僕はプレゼントを内ポケットの中に隠し、顔を廊下の方に向ける。


 まず月ノ宮さんが姿を現した。


「武、お客さんだよ」


「お客さん?」


 僕が尋ねると彼女は頷いて、彼女の後ろからもう一つの人影が姿を現した。


「メリー‼クリスマス‼やぁやぁタケル君、元気にしてたかナ⁉」


「あっ!ミルフォードさん‼」


 そこには茶色いコートを着て白い髭を生やしたアラフィフのおじさんがいた。


 ********************


「いやね、本当はアキレアに頼もうと思ったんだけど、あの可愛らしいガールから『いない』と言われたものでね……。だから代わりにキミに頼もうと思ってネ!」


「はぁ……」


 僕とミルフォードさんは互いにソファに向かい合って座り、月ノ宮さんは僕の隣に座って話を始めた。


 彼はアーヴィング・ミルフォード。

 生前にはアキレアさんを育て、世界をまたにかけて様々な子供を保護、そして里親に送り届けていたことで有名な奴隷商人らしい。

 今はネノクニで孤児院を運営しているらしく、若くして亡くなった子供や赤ん坊などを育てているらしい。


「で……、『頼み』って何ですか?」


「そう、これは毎年やっていることなんだが、私の孤児院ではクリスマスにクリスマスパーティーをするんだ!」


「……楽しそう」


 月ノ宮さんが目をキラキラさせながら話に食いついてきた。


「それでだね、君たちに少しそのクリスマスパーティーの手伝いをしてほしいのサ!」


「お手伝いですか?」


「そう、お手伝い。なんせ孤児院は私含めて二人しか働いていないからね。こんな大きな行事をするときは大変なんだヨ!どう?引き受けてくれないかな?時間は明日の朝から昼までの間だからさ!どうか頼むよ~‼」


 ミルフォードさんは両手を合わせながら頭を下げて懇願してきた。


 こっちのパーティーは夜からだし……。明日は夜まで特に用事はないから大丈夫そうだよな……。


 僕は少し考えて答えた。


「別にいいですよ。どうせ夜まで暇ですし」


 その答えを聞いた途端、ミルフォードさんは顔を上げニコニコと笑いながら話し始める。


「本当かい‼いや~やっぱ持つべきものは『友』というものだね!じゃあ、明日の時間だが……」


「私も行く!」


 すると月ノ宮さんが声を上げながらいきなりソファから立ち上がった。


 僕とミルフォードさんは月ノ宮さんを見ると、その顔はいつものように硬い表情なのだがやはり目がキラキラと輝いていた。


 月ノ宮さんがここまで楽しそうにしているのを見るのは初めてだ

 彼女は期待の眼差しでミルフォードさんを見ている。


 ミルフォードさんはにっこりと笑いながら答える。


「もちろんいいとも‼人は大勢いたほうが楽しい!」


「ありがとうございます!」


 月ノ宮さんはそう言うとまだ目を輝かせながらソファに座った。


「じゃあ、明日は二人で孤児院に向かいますね」


「うむ!それじゃあ明日の朝八時半に孤児院まで来てくれ!よし、じゃあもう帰らないとな!」


 ミルフォードさんはそう言うと急いでコートを着なおして帰る支度を始めた。


「え?もう帰るんですか?」


「ああ!早く帰って明日の最終準備をしないといけないのでな!では!」


 そう言うとミルフォードさんはバタバタと足音を立てながらアジトから出ていった。



 部屋には僕と月ノ宮さんだけが取り残された。

 ふと振り向くと、とても楽しみな感じが彼女からにじみ出ていてまるで『ワクワク』という文字が空中に浮かんでいるように見える。


「月ノ宮さん、明日が楽しみ?」


 僕はソファから立ち上がって聞いてみた。


 月ノ宮さんはまた表情を一切変えることなく答えた。


「楽しみ」


 でもその言葉の端には笑顔がこぼれているような感じがした。


 ********************


「あ!お待ちしていました。お久しぶりです、武さん!」


 僕らを出迎えてくれたのは孤児院で働いている「日比野 躬恒」さんだった。

 日比野さんはここで子供たちの面倒を見たり、人数分のご飯を作ったりしながら、地下室の「日比野さん専用ラボ」でいろいろ開発している発明家だ。


「そしてあなたが千代さんですね。今日はよろしくお願いします!」


「よろしくお願いします……」


 月ノ宮さんは僕の後ろに隠れて、眠い目を擦りながら挨拶をする。

 そうか、僕は一度ここに来た時に会ったことがあるが、月ノ宮さんは初対面だった。


 僕がそんなことを考えていると日比野さんが僕の耳に耳打ちしてきた。


「噂通り可愛い子ですね……!」


「……何で僕に同意を得ようと?」


「さぁ、なんででしょうかね~?」


 その光景を見て月ノ宮さんは何を話しているのか分からないため首をかしげた。

 そして日比野さんはできもしない口笛を鳴らそうとする。


「そうだ!それよりも案内しないとでしたね。どうぞ中へ!」


 中ではすでに子供たちがツリーのデコレーションや部屋の飾りつけを始めていた。以前来た時に会ったときに居た子供たちも元気に挨拶してくる。


「あ!この前のにーちゃんだ!」

「メリークリスマース!」

「パーティー来てくれたんだ!」

「ねぇ、あそぼあそぼ!」


 子供たちが集まってきて前に進めなくなってしまった。ふと月ノ宮さんの方に目をやると月ノ宮さんもすこし緊張しており、テンパっている。


「はいはい、皆さん!早く準備しないとクリスマスパーティーが始められませんよ!」


 日比野さんのその声により子供たちは僕らの下を離れ、また準備に取り掛かる。


「……大丈夫?月ノ宮さん」


「少し……びっくりした」


 月ノ宮さんは少し息を荒げながら答えた。やっぱり大丈夫だろうか……?


「はい!じゃあここが控室になりますので、先にこの服に着替えておいてください」


 そう言って日比野さんは僕と月ノ宮さん、一人ずつに服が入った紙袋を手渡してきた。

 その服はとても見覚えがある真っ赤な服だった。


 ********************


「いや~……。まさか、この服を着ることになるなんて……」


「え~!でも似合っていますよ!」


 日比野さんに手渡された服は真っ赤なサンタ服だった。

 サンタ服なんて、クラスの陽キャな人たちが着るものだと思っていたから正直に会っているのか怖い気もする。


「まあ、雰囲気作りは大事ですしね」


「そう言うことですよ!千代さ~ん、着替え終わりました~?」


 日比野さんは扉の奥の月ノ宮さんに向かって声をかける。


「一応、着替え終わった……。でも……少しこれ短くない?」


「そんなことないですよ!じゃあ開けますね!」


 日比野さんはそう言って月ノ宮さんが着替えていた部屋の扉を開けた。

 扉から出てきたのは赤いポンチョを着たミニスカートのサンタだった。

「……どう?」


「え!……あ…えっとその!……にあってるよ‼」


「じゃあ……良かった……」


 月ノ宮さんは少し頬を赤く染めながら口元を手で隠した。


 可愛い。サンタ服ってこんなにも強力なものだったんだ……。見てるこっちも少し照れ臭くなる……。

 つい頭を掻いてしまう。


「はい!それじゃあ準備もできましたし、パーティーを始めましょうか!」


 日比野さんはそう言ってサンタ帽をかぶった。

 日比野さんのその声に合わせて子供たちは大きな声で返事をして各自ホールに移動し始めた、僕たちは日比野さんの指示に従って料理を大きなホールに運ぶ。


 今日の料理はとても大きなチキンと温かいスープ、そして山盛りのパンとウェディングケーキ並みに巨大なショートケーキなどなど……様々な料理がバイキング形式で置かれている。その料理の山を見た子供たちはみんな目を輝かせている。隣では月ノ宮さんも目を輝かせている。

 話によると昨日のうちにミルフォードさんが全部作ったらしい。あの人やっぱ天才だ……!


 料理のセッティングを終え、子供たちみんなのところにお皿が行き渡ったところで日比野さんが食事の挨拶をとり、食事が始まった。


「じゃあ、ただいまよりクリスマスパーティーの始まりです!」


 子供たちはみんなニコニコしながら料理をとりに行ったり、美味しそうに食べたりしている。

 僕と月ノ宮さんも料理が取れない小さい子供たちの分をとってあげながらおいしいチキンを頂く。

 ホールにあるステージの上では子供たちがこの日のために練習していたパフォーマンスをしている。あるグループはダンスを踊ったり、はたまたあるグループは歌を歌ったりと、とても楽しげだ。隣では月ノ宮さんが美味しいチキンを口の中に頬張って黙々と食べている。


 始まってから十分ほど経ったとき周りをざっと見渡していて違和感が現れた。

 ほ

「あれ……?そういえばミルフォードさんがいない……」


「ほうひえはほんほら。ほほいひっはんはほ?」


 そのときだった。

 いきなり孤児院の照明が全部消えた。


 僕はおもわず立ち上がる。子供たちは少し不安そうにざわつき始めた。


 何が起きた……⁉まずいな……今日は刀を持ってきていない……!もしも敵だったら場合対処できるか……?

 月ノ宮さんも少し震えながら僕のサンタ服を握ってくる。


 だが、その不安はすぐにかき消されることになった。


 いきなりステージがライトアップされ愉快な音楽が流れ始めた。


「メリー!クリスマース‼やあ良い子のみんな!サンタのおじさんの登場でース‼」


 そしてスモークとともに白いひげを生やしたアラフィフのサンタが現れた。


「なんだ院長じゃん」

「脅かさないでよー」

「その髭むしっていい?」

「チキン旨い」


「チョット⁉みんなもっとノッてくれてもいいじゃン⁉」


 ********************


「イヤ~……。まさかあそこまでスルーされるとはネ……」


「お疲れ様です。でも一瞬、ほんとに何が起きたかと思いましたよ」


 僕はホールの端で座りながらミルフォードさんと話していた。


「気を使ってくれてありがとう。それだけでも嬉しいよ。それより君たち楽しんでいるかイ?」


「はい、とても楽しいです。今までこんな事したこと無くて……」


 ふと、今までのクリスマスのことを思い出す。


 ……ほんっっとにろくな思い出が無かった……。

 叔母さんは外に遊びに行って僕は毎年家で一人だったしな……。


「どうしたんだい⁉いきなりそんな落ち込んだ顔をしテ⁉」


「いや……何でもないです……」


「どうしたの?」


 するとそこに山盛りのチキンを皿に乗せて月ノ宮さんが帰ってきた。


「何でもないよ……ただ今までのクリスマスを思い出していただけ……」


「今までの?」


「そうだ!ガールはどんなクリスマスを送っていたのかね?」


 月ノ宮さんは僕の隣に座ると少し考えてから答えた。


「私の家は神社だったからパーティーとかしていなかった。いつもと同じようにご飯を食べていた」


「そうか……」


 気まずい沈黙が生まれる。

 そんななか月ノ宮さんはチキンをずっとむしゃむしゃしていた。


「じゃ……じゃあ!あまり大声では聞けないけどサ!君たちはいつまでサンタクロースを信じてた⁉」


 ミルフォードさんが周りの子供たちに聞こえないように小声で聞いてきた。


「あ~……僕は五、六歳ぐらいですね……。叔母さんの家に引き取られてから一回も来なくなって、それで……って感じで……」


 そのとき、隣で大きな音が聞こえた。

 振り返ると月ノ宮さんが固まった表情で手からチキンとチキンの乗った皿を落としていた。


「ど……どうしたの?」


 僕はおそるおそる聞くと月ノ宮さんは口を震わせながら開いた。


「サンタって……ほんとはいないの……?」


 あ、まさか


「小さい頃、絵本で読んだサンタは実在しないの……?」


 これは…………、地雷を踏んでしまった……


 隣ではミルフォードさんが自責の念に駆られているのか頭を押さえている。

 それから彼女は一切口を開かなかった。


 ********************


 パーティーの手伝いを終え、僕と月ノ宮さんはアジトに戻るために駅に来ていた。


「いや……ガールには本当に悪いことをしたよ……」


「……」


 駅にはミルフォードさんが見送りに来てくれて、月ノ宮さんにずっと謝っていた。でも、彼女はずっと口を閉じたまま僕の背中にくっついていた。


「聞く耳を持たないって感じですね……」


 ミルフォードさんは少し頭を掻きながら考えた後、月ノ宮さんの耳元に囁いた。


「ガール、これは開き直っているように聞こえるかもしれないが聞いてくれ。たしかにサンタは実在しないかもしれない」


「ミルフォードさんっ‼」


 僕はおもわず止めようとしたが、彼は口に人差し指を立てて見せて話を続けた。


「でもな、どんな存在であろうと信じる者のところには必ず現れる。逆もまた叱り、信じないものの前には必ず現れない。それだけは覚えておいてくれたまえ……」


 ミルフォードさんがそう言い終えたとき、ちょうど電車が来た。

 月ノ宮さんが軽く頷くのを見てミルフォードさんは頭を撫でて、手を振りながら去っていった。




 電車の中はいつも以上に人が多くぎゅうぎゅう詰めの状態だった。周りではたくさんの人がサンタの話やクリスマスの話をしている。僕は何とか月ノ宮さんと離れないように必死だった。


 電車の中でも彼女は口を開かなかった。僕はただただそんな彼女の傍にいてあげた。


 なんとか電車を降り、駅に辿り着いた。


 降りたとき、彼女の足がおぼつかず、ふらついているように見えた。


「月ノ宮さん大丈夫?」


 僕はおもわず声をかける。


「うん……大じょ……」


 突然彼女の身体が崩れた。僕は急いで体を前に出し、彼女を受け止める。


「月ノ宮さん⁉月ノ宮さん‼」


 彼女は目を閉じて意識を失っていた。

 駅のホームの中だがそんなことは関係なしに僕は彼女の名をずっと呼び続けていた。


 *******************


「これは精神性のストレスですね」


「ストレス……」


 病院で八重さんは静かに答えた。


 僕は駅で月ノ宮さんが倒れた後、急いで八重さんのいる病院まで運びこんだ。今は八重さんの部屋にあるベッドの上で寝かせている。呼吸もはっきりしているしもう大丈夫なのだろう

 そして八重さんの目は……


 とてもニコニコしている……。いつものあの恐ろしい笑顔だ……。


「ええ。精神的に何か大きな負荷がかかって一時的に意識を失ったのでしょうが……、心当たりは?」


「あります……」


 そう言うと、八重さんは深くため息を吐き、呆れたような表情に変えた。


「……いったい何をしたんですか?」


「ちょっとサンタの話を……」


「サンタ?」


「はい……実は――」




「――ということがあって……」


「んんん……。それはどうも叱りにくいですね……」


 八重さんは腕を組みながら渋い表情をした。


「すいません……」


「いえ、謝る必要はありません。こういうのは時間を置くしかありませんね」


 八重さんはそう言うと立ち上がってハンガーにかけてあったコートを着込み始めた。


 そうか、もう外も暗いし、時間も時間だし帰るところだったのか。迷惑をかけてしまったかもな……


「私はもう帰りますが……、送っていきましょうか?」


「あ、いえ。大丈夫です。距離も近いですし、月ノ宮さんはおぶって帰ります」


「分かりました。じゃあくれぐれも!気を付けて帰ってくださいね!あと、このコートも貸します。風邪とか引かないよう気を付けてください」


 そう言うとロッカーの中から一着のコートを取り出して僕に手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます!」


 僕は頭を下げてお礼を言い、月ノ宮さんをおぶって部屋を出た。


 病院の中もすっかりクリスマスムードでたくさんの人が笑顔で歩いている。

 僕はそんな病院から外に出た。

 外はすでに真っ暗で、街は煌びやかなイルミネーションが赤、緑、と美しく点灯している。

 空を見上げるとあの大きな根にもイルミネーションが付いている。たしか話によると「電気会社エジソン」が許可をもらって付けたとかどうとか言っていた気がする。


 僕はアジトに向かって歩き出した。




 たしか前もこんなことがあったな。

 夜中、月ノ宮さんを背負って走っていた。でも、今はあの時とは違ってゆっくり歩いていられる。


 本当に申し訳ないことをした。夢を壊してしまうなんて、これじゃあヒーロー失格だよな。


 おもわずため息が出る。


 それに、こうなったら内ポケットの中に入っている、このプレゼントも渡す機会が無くなってしまったし、もうどうしようもないな。

 僕ってやっぱダメだ。


 そのとき、背中からかすれた小さな声が聞こえてきた。


「…ンタ…ん……。サンタさん……」


 ……月ノ宮さんの寝言だ。


 どうにかして彼女を喜ばせたい……

 でも、これからどうやって喜ばせよう。せっかくのクリスマスなんだ。悲しい気分で終わらせるのはよくない。どうにかして最後の最後には笑顔にしてあげないと!


 僕は帰り道いろんなアイデアを練った。

 だが結局答えは決まらず、気づいた時にはもうアジトの入り口の目の前だった。

 中から楽しそうな声が漏れている。


 どうしよう、何も決まらないまま着いてしまった……


 僕は重い扉を開け、長い廊下を渡る。

 廊下の先の部屋ではみんながすでにパーティーを始めていた。


「戻りましたー……」


「やあ、おかえり。ミルフォードさんの方はどうだっ……」


「おいテメェ!帰ってくんのがおせぇぞ‼それに、俺のあの部屋なんだよ!」


「それはアンタの私物でこの部屋が汚れていたからでしょ。自業自得」


「あ⁉んだとコノ白髪野郎‼」


 ……いつも以上に賑やかだ……。

 アキレアさんに至ってはすでに酒が回っているし、みんな楽しそうに話をしている。


「アラ?千代ちゃん、また倒れてしまったの?奥の部屋に寝かせてきてあげなさい」


「はい、そうさせてもらいます……」


 僕はそのまま月ノ宮さんを奥の部屋に連れていき、そこにあるベッドの上にゆっくりと寝かせた。


 暗い部屋の中は僕と月ノ宮さんの二人だけになった。

 少しベッドに腰を掛ける。


 どうすればいいんだ……。


 月ノ宮さんの寝顔を見て考える。よく見ると目の下に泣いたような跡がある……。彼女は本当に今までサンタの存在を信じていたのだろう。今まで来たことが無く、サンタからプレゼントなど貰えたことが無い。それでもなお、彼女は毎年「今年こそ会える」「必ず来てくれる」と信じ続けていたのだろう。でも僕はそんな夢をぶち壊してしまった……。


 こんなんじゃ、僕は彼女にとってのヒーローになれやしない……


 ……まてよ、「ヒーローになる」……?


「そうだ!」


 僕は勢いよくベッドから立ち上がった。


 ********************



「……ぇ、起き……ね……!……きて……‼」


 白い光の中から声が聞こえてくる。

 なんだよいったい……僕はまだ眠くて……


「ねぇ……!武……っば!起き……」


 名前も読んできた。いったい誰……


「ねぇ、起きて!ねぇってば!起きてっ‼」


 目を覚ますとそこにはサンタ服を着たままの月ノ宮さんの姿があった。


「うわッ‼」


「ようやく起きた!」


 月ノ宮さんはソファで寝ていた僕の身体の上に乗っかり、揺すったりはたいたりして何度も起こしていたらしい。

 たしか昨日はアキレアさんの身体に酒が回りすぎて、突然暴れだしたんだったっけ?それを抑えようとみんなで取り押さえたけど抑えきれず、僕はソファまで吹っ飛ばされて頭を打って……そこから記憶が……

 部屋をざっと見渡すとアキレアさんが床の上で仰向けで寝ており、それ以外の人はもう帰ったのか姿がない。


「ねぇねぇ!これ見て‼」


 普段だったら絶対あり得ないほど高いテンションの月ノ宮さんに戸惑いつつも返事をする。


「なに……それ……?」


「さっき起きたら枕元にあったの!綺麗に包装されているし!サンタさんは本当にいるんだよ!初めて来てくれたんだよ!」


 彼女はそう言うと僕の身体から降りて、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。


「……中には何が入っているの?」


「まだ見てない。開けてみる‼」


 そう言って彼女は包装紙をはがし、中から出てきた白い紙の箱を開いた。


「うわぁ……‼」


「何が入ってた?」


「これ!」


 月ノ宮さんは体を翻して僕の目の前にそのプレゼントを見せてきた。


 それは月のモチーフが付いた銀色のネックレスだった。


「月ノ宮さん、それつけてみなよ」


「うん!」


 すこし手間取りつつ、試行錯誤しながら彼女はネックレスを付ける。


「どう⁉」


 目を輝かせながら聞いてくる。


「とても似合っているよ」


 僕がそう答えると彼女は嬉しそうにくるくる回った。



 喜んでくれて良かった。もし好みが合わなかったらどうしようかと思っていたところだ。

 僕は内ポケットに空いた隙間を感じながら、そう思った。


「あ!ねぇねぇ武、見て!」


 僕は呼ばれて、窓の外を指差している彼女の下に行く。


「あ……!」


 そこには白く軽い綿が空から降っているのが見えた。


「「雪だ……!」」


 そう、白くてきめ細かい雪が外で振っていた。

 まさかこの世界でも雪が降るなんて……!


「これが、ホワイトクリスマスか……」


 月ノ宮さんが外を眺めながら言う。


「そうだね……。そうだ、まだ言ってなかった!」


「え?どうしたの?」


 月ノ宮さんは少し困惑した様子で僕の方を向いた。


 目線が合う。

 正直、少し恥ずかしい。

 でも言わなきゃな。


「メリークリスマス、月ノ宮さん」


 その言葉を聞き、月ノ宮さんはニコリと笑った。


「メリークリスマス、武」


 ヒーローにはなれなかったけど、サンタにはなれた。


 彼女の笑顔も見れたことだし、今日はとりあえずそれで良いや。




 ネノクニはだんだんと白く染まっていく。

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