其の拾陸・出発

 ――三日目


「そろそろ来るはずですけど……まだ来ないですねぇ……」


 八重さん懐中時計をチラチラ見ながら森の奥を見つめる。


 僕は八重さんに新調してもらった道着と師匠から渡されたわらじを履いて、月ノ宮さんをおんぶしながら八重さんと一緒に救護車が来るのを待っていた。


 師匠は朝早くに僕らより先に屋敷を出て行かれ、その際に『もしものため』と屋敷の合鍵を、それと『新たな旅路祝い』としてわらじを貰った。荷物をあまり持って出て行かれず、小さな袋と刀一本だけしかもっていかなかった。

 でも、まあ……おそらく師匠なら大丈夫だろう。


「時間は合っているんですよね?」


「はい……。場所も『屋敷の前で待っていてください』と言っていましたし……。おや?あれですかね?」


 八重さんが森の奥を指さしながら言った。

 指の差す方向を見ると、そこにはこちらに向かっている一台の馬車とその馬を操るフードを被った人の姿があった。


 馬車は草木を抜け屋敷の前に着くと止まり、馬車の操縦席と馬車の中から二人の人物が飛び降りて来た。


「八重様あぁぁぁあ!お会いしたかったですぅうぅぅう‼」

「遅くなって本当に申し訳ありませンンンン‼」


 そして飛び降りざま二人の人物はフードを脱ぎ、八重さんに泣きながら抱きつきに行った。


 あ、この人たちヤバい人たちだ

 直感が自分にそう教えてくれた。


 抱きつきに行った二人組は男女のペアであり自分よりも年上そうだった。男性はそこそこ身長が高く、顔が整った人物で、女性の方は金髪でポニーテールの髪形をしている。


「ちょっと!二人とも離れなさい!それより今はこの患者を連れていくことを優先してください‼」


「「了解しましたあぁあ‼」」


 二人は元気な返事をするとようやく僕の存在に気づいたらしく、少し照れそうに顔を描いたり、頭を掻いたりしながら挨拶をしてきた。


「すいません。お見苦しいところを見せました……。あなたが噂の前野 武さんですね?私は伊能いのう 隆宏たかひろと申します。これからよろしくお願いします」


「私はジェニー・リードでス!八重センセのお知り合いですよネ?よろしくお願いしまス!」


 二人はそう言うと深々と頭を下げてきた。


「あ、こちらこそ……。じゃあ月ノ宮さんをお願いします……」


「「了解しました‼」」


 ふたりは返事をするとテキパキと動き始めた。まずリードさんが屋敷の中に残された荷物を探しに行き、伊能さんは僕の背中にいる千代さんを軽々と持ち抱えて、ゆっくりと馬車の中の布団に寝かせに行く。


「あの……」


「ん?何ですか?」


 二人がセントラルに戻る準備をしている間に、僕は小声で八重さんに話しかけた。


「あの二人ってどなたですか?」


「ああ、二人は私の部下です。自分で言うのもなんですが、生前から私のことを尊敬していたらしく、ネノクニで私に会うや否や『部下にしてください!』って言ってきたんですよ。二人とも生前は医者だったそうなので私よりも病気のことには詳しいはずです。ああ見えてもあの二人の口の堅さは私のお墨付きなので安心していいですよ」


 そうか、やはり八重さんレベルの人になると外国の人でも彼女の存在を知っているのか。


「分かりました。ありがとうございます!」


 するとそこに荷物を背負ったリードさんが屋敷の中から、そして伊能さんが馬車の中から勢いよくやって来て八重さんの前に整列した。


「八重さン、大体準備が出来ました!そろそろ出発しますカ?」


「ええ、そうですね。二人は着いたばかりで疲れてると思いますが……大丈夫ですか?」


「「もちろんです‼」」

 二人は敬礼しながら大きな声で返事をする。


「分かりました。では行きましょう!」


「オー!」


 リードさんは荷物を持って馬車の中に入っていき、伊能さんは操縦席に座りに行く。


 いよいよ出発か

 少し緊張する。

 僕が今から行くセントラルはネノクニに来た人のほとんどが暮らしているらしい。そんな人が多い場所で僕はしっかり月ノ宮さんを守れるのだろうか?もしも僕らが生きているとバレた場合どうなってしまうのだろうか?今の僕の力で通用するのだろうか?


 そんな不安な気持ちがある。


「緊張してますか?」


「えっ」


 八重さんが隣で聞いてきた。

 おもわず八重さんの方を向く。


「……はい。少し」


 僕は俯き、地面の方に視線をずらす。


 すると、八重さんの方から優しい声が聞こえてきた。


「『どんなに波が強くても心の岩は決して動きません』」


 僕は声のする方に顔を向ける。


「……生前、私が残した言葉です。たしかに人生には困難なことがたくさんあって、不安になることもあると思います。実際わたしもそうでした」


「八重さん……」


「ですが!確固たる信念と強い志があれば、どんな困難も乗り越えて、どんな目標でも達成できるのです!」


 八重さんは握りこぶしを高々と突き上げて叫んだ。


「私もまだあきらめていません……。必ずに会えると信じています……」


 だが、八重さんのその表情はすこし物悲しそうな表情だった。


 目標、それは月ノ宮さんを守ること

 そう、ただそれだけなんだ。

 何も迷うことはない。ただ、それを達成するんだ。

 たった三日間の短い間だけど、僕は変わった。

 前の僕とは違う。


 出来るんだ!


「八重さん、ありがとうございます!」


 八重さんはその僕の顔を見てにっこり微笑んだ。


「いえ、落ち込んだ人を元気にするのも看護師の仕事です!」


「そろそろ行きますかラ、早く乗ってくださーイ‼」


 リードさんが馬車から身を乗り出して僕たちを呼んだ。


「今行きますよ。じゃあ武さん、行きましょうか」


「はい!」


 僕たちは急いで馬車に乗り込む。

 馬車にみんなが乗ったのを確認して伊能さんが馬車を動かし始めた。

 馬車は小さくなっていく屋敷を背に森の中へと進んでいった。


 ********************


「……で、拙者を呼び出して何の用でござる?せっかく弟子の旅立ちの日だと言うに……」


 侍は森の中にある真っ赤な彼岸花の花畑の中に刀に手を当て、いつでも抜刀できる状態でいた。

 そして、侍の目の前にはもう一人、ある人物が立っていた。


 その人物は口を開く。


「――」


 侍はその言葉を聞いて驚きを隠せなかった。


 何故⁉こいつはいったい何なのだ⁉

 こいつは知っているのか?

 そう、


 拙者の、


 拙者の、


……⁉」

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