其の拾伍・帰路

 その後、僕は師匠に連れられて屋敷まで帰ることになった。


 最初は三日間と言われていたのに、もう帰るということになって最初は戸惑った。だが師匠から今の屋敷の状況……。そうつまり、八重さんが激おこ状態だということを聞かされあの恐ろしい笑顔を思い出した僕は屋敷に帰ることにした。


 あの恐竜も川の水のおかげですっかり傷が塞がっているから大丈夫だろう。

 僕はぐっすりと眠ったレックス(*勝手に命名した)に小さく別れと謝罪の言葉をささやいて岐路につく。


「短い間だったがどうだった?」

 森の中を進みながらランタンを持った師匠が聞いてくる。

「そうですね……。たしかに何回か実践をしたことで、少しは変われたと思います」


「そうか、なら良かった!」


 僕は帰り道、洗濯籠を背負って歩きながら森で起きたことを話した。

 課題の答えは合っていたらしい。


」と「


 このふたつの理解と会得こそが今回の課題の答えだった。




「そういえば師匠……」


「ん?どうした?」


「僕……修行の際に刀を一本折ってしまいました……。すいません……」


「なんだ、そんなことか……」


 師匠は何事もないように話す。


「形あるものはいずれ壊れる運命にある……気にするな!そんなことよりお主が生きていたことがなによりだ」


「あ……ありがとうございます」


 僕は軽く頭を下げる。


「まさか、いまだにあの大蜥蜴が生きていたとはな……。拙者も驚いた……」


 話によると、確かにネノクニにも恐竜はいるらしい。だが、彼らは何億年も前に亡くなっていることから、ネノクニに残っている数も少なく、今はほとんどいないと言われているらしい。特に、今回出会ったレックスのように大きな個体はここ数百年姿が目撃されておらず、すでに絶滅していると思われていたようだ。


「そういえば、彼女……『月ノ宮 千代』だったな。その子を病院へ連れていく日にちが決まったらしい。三日後には救護車が来るそうだ」


「三日後……。なんか遅くないですか?」


 普通の救急車なら連絡したらすぐ来るものだし、三日は掛かりすぎじゃないか……?


「あぁ、確かに一般の交通機関を使えば一日で着くだろう。だが、お主達は『生きながらこの世界に居る』という特異な存在だ。悪い奴らに出会ったら何をされるか分からん。だから八重殿が、『他の人にばれず』なお、『安全に向かえる方法』を病院の方へわざわざ手配してくれたらしい」


「そうだったんですね……」


 そういえばそうだよな。僕らはまだ『生きている』んだ。もし、それがバレてしまったらいったい何が起こるか分からない。今まで出会った人がみんな良い人だったのは本当に運が良かっただけだ。あの温泉で会った爺さんはもしかしたら悪い人だったのかもしれないし、やはり用心するに越したことはないな。


「ああ。セントラルに行っても『生きている』ということは隠しておけ」


「分かりました」


「それと、拙者はセントラルに付いて行けなくなった」


 師匠はサラッと言った。


「えっ‼そうなんですか⁉」


 突然の重大発言に僕は衝撃を隠せず、口に出して驚いてしまった。

 てっきりセントラルまで師匠もついて来るのだと思っていた。


「少し用ができてしまってな。八重殿もお主達と一緒にセントラルに戻るようだから、あの屋敷を少し空けることになるな。拙者がいないぶん、しっかりと彼女たちを守れよ‼」


「は、はいっ‼」


 いったい何の用なのだろうか?

 さっき『用ができた』といった瞬間、師匠の顔が少しだけ曇ったように見えた。ランタンの明かりの関係でそう見えただけだろうか?


 うん……気のせいだろう!それよりも師匠が言うようにしっかりと守れるように頑張らないと!


「救護車がたどり着くまで、あと三日か……。それまでの間、屋敷でしっかりと特訓してやるからな!」


「あ、ありがとうございます!」


 師匠はとてもニコニコしながら言った。

 うん。やはり気のせいだったのだろう。


「そういえば、師匠。もう一つ聞きたいことが……」


「なんだ?」


 僕は、もう一つだけ気になることを聞き始めた。


「僕が使った刀のことですが……」

「刀?折れてしまったことなら大丈夫と言っただろう?」


「いえ、その事じゃなくて……」


 僕は唾を飲み込んだ。


「あの、刀を持った時、声が聞こえてきました……」


「声……?」


「はい……。血に飢えて……、斬ることを、殺すことを快楽にしている……。そんな声が聞こえてきました……」


 僕はその場に立ち止まった。師匠もそれに気づき足を止めて、僕の方に振りかえった。


「あの声は何だったんでしょうか……?師匠は何か知っていませんか?」


 僕は師匠の目を見つめる。


「……いや、拙者は分からん。作った時も、それを使って斬った時もそんなことはなかった」


 師匠の目は全く濁らなかった。

 本当だ。


「分かりました……。じゃあ……」




「二人とも、ようやく帰ってきましたね」




 そのときだった僕たちが向かっている方から声が聞こえてきた。


「あれ?あれって八重さんじゃ……」


 僕たちがいたところは既に屋敷の目の前だったらしい。

 師匠の後ろから八重さんの姿が見えた。


 だが、その姿を見て絶句した。


 八重さんはあの笑顔を見せながら、長い銃を持って屋敷の前に立っていた。


 殺られる


 瞬間そう思った。

 師匠の顔を見ると真っ青に青ざめている。


「小僧、一つ言うことを忘れていた……」


 師匠は震えながら口を開いた。


「怒った八重殿は『超怖い』ぞ……」


「もう……、知っています……」


 その後、僕と師匠は八重さんにとっ捕まり、めちゃくちゃに叱られて、二時間にも渡る説教を聞かされた。


 ********************


 それからの三日間はしっかりと時間を決めて稽古をすることになった。


 朝起きて朝ご飯を食べたらまず洗濯、掃除などの家事をしっかりする。そしてその後、昼から夜まで稽古。


 実際にやってみて分かったのだが、家事をすることも修行の一つになる。重い洗濯物を運んだり、長い廊下に雑巾をかけたり、手足、腕、腰など、体全体を鍛えることが出来る。


 稽古もかなり充実したものだった。


 時にはあの川で泳ぎ、

 時には森の中で獣(晩飯)と戦い、

 時には師匠と戦い――



「てやぁぁっ‼」


「どうしたどうしたぁっ‼まだまだ足りんぞおぉっ‼」


「ぐああぁあ‼」



 ――ボッコボコにされたり



 救護車が到着する前日には、一回、八重さんと戦った。


 八重さんもずっと見ているだけでつまらなくなったのか「自分も手合わせしたい!」と言い出したのである。

 

 八重さんは薙刀を使いたくなかったらしいので(本当は銃を使いたかったらしいが)竹刀を使い、それを巧みに動かして戦った。

 八重さんはかなり強く、苦戦させられた。

 というか負けた。

 その戦い方はとても勢いがあり、最初から場を支配しているかのようで、逸話通り男顔負けの強さを見せた。その試合を通して僕は、確かに八重さんは幕末を生きた方なんだと改めて感じた。


 そして――

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