其の拾参・修行4
焚火の音が夜の森の中で静かになっている。
あの壊れた焚火を見つけた後、急いで作り直した新しい焚火だ。
僕はその焚火の前でただ火を見つめて座っていた。
あの壊れた焚火の跡が気になって眠れない。
あの壊れ方は何なんだ?
イノシシとかクマなんてものじゃない、もっと巨大な生物が一撃で壊した感じだった。
じゃあ、象か?
ここにいる生き物はみんな『死んだ生き物』と言っていた。言っていたのはそれだけで、『どこから来た』などは一切言ってない。つまり、日本にいない生き物がこの森にいたとしてもおかしいことは何ら無い。
だが、おそらくそれも違う。
本で読んだことがあるが、象はほとんど群れで生息している。もしあの焚火を壊したのが象なら、周りにもっと足跡があるはずだ。
それに、あの焚火は何かに押しつぶされたようだった。『押しつぶす』といったら、やはり足しかないだろう。だが、象の足の裏はかなり繊細で、石ころがたくさん敷き詰められた道でも一切石を踏むことなく歩ききれる。とまで言われている。
そんな象が火を踏みつけるなんて考えられない。
じゃあいったい何が……?
そんな考え事をずっとしていた。
もしかしてこの森には、人間がまだ存在を知らない謎の生き物がいるんじゃないのか?
そのときだった後ろの茂みでガサガサと音が聞こえた。
僕は刀を鞘に納めたまま手に握り、後ろを振り向いて構える。
さっきの音は風で草木が揺れた音じゃない。
すぐそこで生き物が動いた音だ。
僕はじりじりと音が聞こえた方へ近づく。
もしかしてあの焚火を壊した犯人か……?
ゆっくり近づいていき茂みの目の前に着いた瞬間、構えていた刀で茂みをおもいきり払った。
その瞬間、茂みから勢いよく何かが飛び出してきた。
「うわぁっ‼」
僕はそれに驚き、無我夢中で刀を振り回す。
だが、何も手ごたえを感じない。
ゆっくりと目を開く
するとそこには小さなネズミが一匹いるだけだった。
「はぁ……驚いた……」
僕は安堵の息を吐いてその場に座り込む。
目の前ではネズミが焚火の前にいてびくびくとこちらを見ている。
「おいでおいで。怖くないよ」
僕は少し手を伸ばし、親指と人差し指をこすり合わせてそのネズミの興味を引く。
だが、ネズミはそのまま奥の方に走り去っていった。
「行っちゃった……」
また森の中に静寂が戻ってきた。
しょうがないもう寝よう。
僕は立ち上がり、体をよく伸ばした。
そのときだった。
何か振動を感じた。
最初は気のせいかと思っていたが違う。
なにやら様子がおかしい
――ズシン……
その振動はだんだんとこちらに近づいてきている。これは地震とかそういう振動でもない。
――ズシン……ズシン……!
なんか……!やばい気がする……!
僕は鞘から刀を抜いた。
――ズシン!メキメキメキッ‼
何やら木が折られるような音も聞こえてきた。
もしかして、こいつがあの焚火の……⁉
そう思ったとき、いきなり上空から咆哮が聞こえてきた。
「ガギュアアアァアア‼」
その喧々たる声に僕はつい耳を塞いでしまう。
そしてその声の主の方を見たとき絶句した。
さっき考えていたことを思い出す。
――ここにいる生き物はみんな『死んだ生き物』と言っていた。言っていたのはそれだけで、『どこから来た』などは一切言ってない。つまり、日本にいない生き物がこの森にいたとしてもおかしいことは何ら無い。
そうだ、ここにいるのはみんな『死んだ生き物』だ。
ここで一つ仮説を立てる。
じゃあ、もしもこの世界は『今まで地球上で死んだ生き物がすべて存在する』としたら?
月明かりに照らされて『アレ』の姿が見えてきた。
そう、そのように考えたら『アレ』がここにいるのも納得できる。
姿がはっきりと見えた。
おそらく、イノシシが怯えて逃げていったのはこいつのせいなのだろう。
僕は姿が見えたことを確認し、小屋の方に向かって走り出した。
あぁ、そうだやっぱり幻なんかじゃなかった。この世界にはいるんだ。『アレ』が。
『ティラノサウルス』が
森中を震え上がらすような雄たけびが暗い世界に響いた。
********************
森の木を倒しながら、踏みつぶしながら、あのティラノサウルスは追いかけてくる。僕はとにかく捕まらないことだけを考えて逃げていた。
あれは何千万年も昔の世界の頂点に立っていた生き物だ。
そんな生き物に今日初めて刀を持った人間が勝てるはずがない!
僕は走りながら鞘に納められた刀を強く握りしめた。
ティラノサウルスは走るのが上手くないらしくそこまで速くない。
だが、嗅覚が凄い。一旦木の裏に隠れてやり過ごそうとするが、僕を見失うとまるで犬のように地面の方に顔を近づけて臭いをかぎ、僕の居る場所をめがけて走ってくる。これが子犬とかなら可愛いのだろうがそんなことは無い。目が殺気立っている。確実に僕を喰らうつもりの目だ。
僕は息を切らしながらなんとか小屋の中に滑り込み、戸を堅く閉ざした。
小屋の中で策を考える。
こんな時どうすればいいんだ?
こんな事になるのなら恐竜の修正やら弱点やら知っておくべきだった。
漫画やゲームとかのフィクションにはカッコいいドラゴンとか龍とかがよく出てくる。
でもそんなものとは全く違う。
カッコいいとは思わない。ただただ恐ろしい。
これは本当に目の前に居るただの捕食者だ。
また、鳴き声が聞こえた。それとともに足音と揺れも近づいてくる。
気づかれないように口を両手で押さえて息を殺し、身動き一つせず固まる。
大きな足音が小屋の前まで来た。
どうか……!どうか気づかないでそのまま行ってくれ……‼
小屋に噛みついているのか、ガリガリという音が上から聞こえてくる。
小屋中が異様な音を発する。
メキメキ
ミシミシ
ビシッ
ビキビキ
それだけじゃなく小屋の壁もおもいきり叩かれる。おそらくこれは尻尾で叩きつけているんだ。
怖い。
戦わないと
でも
足がすくむ
僕はその場に立って動けなくなってしまった。
気づくとその音はだんだんと小さくなっていき、元の静寂が戻ってきた。
「ぷはぁ……!はぁ……!はぁ……!」
僕は手を口元から離してその場にしゃがみこんだ。
「……なんでだ。……なんで、逃げてしまったんだよ……?」
イノシシが相手のときは、まだ立ち向かいに行けた。
でも、あの恐竜を目の前にしたら「立ち向かう」という選択肢が一瞬で頭の中から消えた。
「まだ、僕は弱い……」
勝てる可能性があるものにしか立ち向かわない。それはつまり勝てる試合しかしないようなものだ。
そんな奴が強くなれるわけが無い。
また瞳の中に涙を浮かべてしまう。
僕は腕で目を拭う。
泣いちゃだめだ。無く暇があるなら策を考えろ!
その瞬間、小屋がものすごい揺れと轟音に包まれた。
「グルグガァァアアァ‼」
屋根が壊されて穴が開き、その穴から鋭く冷たい目を持った恐竜の頭が小屋の中に入り込む。
「うわあああああぁぁ‼」
僕は驚いた拍子で刀を引き抜き、その顔めがけて斬りつけた。
切っ先が恐竜の鼻の先を掻っ切る。
だが恐竜はそんなことにひるみもせず、大きくて生臭い口を開いて喰らいに来た。
『死ぬ』という恐怖が体中を包む。
このままじゃ死ぬ。ダメだ。
戦わなくちゃ
僕は自分の腕ごと恐竜の大きく開いた口の中に入れ、刀を突き刺した。
そして奥に深く差し込んだ瞬間に急いで腕を引く。
「グギャアァァアアァァ‼」
恐竜はその攻撃を受け、初めてダメージを負ったように見えた。
ものすごい叫び声を上げながら小屋から首を抜いていく。
虎穴に入らずんば虎子を得ず
何かを得ようとするにはそれ相応の覚悟が必要だ
もう、逃げちゃダメなんだ。
策を考えるよりも、逃げるよりも、
今すべきことはとにかく「戦うこと」だ
無謀でバカな考えかもしれない。
でも策が無いならば無いなりに、今やれることをしない!
僕は小屋の中に落ちていた刀を手に取り表へ飛び出る。
恐竜はまだ口を開けたまま息苦しそうに低い声で唸っている。
何度も手を顔のほうに伸ばして刀を口から引き抜こうとしているが、手が短くて一切届かず、しまいには小屋に頭を打ち付け始めた。
「おい!ティラノサウルス!」
僕は恐竜を呼ぶ。
その声に気づいたのか恐竜は暴れるのをやめ、僕の方を振り向いた。
声は震え、足も震えている。いや、全身が震えているのかもしれない。
怖い。恐い。こわい。
でも、ここに立つんだ。
僕は歯を食いしばり、恐竜を視る。
何ヲシタ?コノ俺ニイッタイ何ヲシタ⁉
まるでそう言っているかのように静かに唸りながらこちらを睨んでくる。口が閉じれないせいか常に涎が垂れている。
今ならいける。
ぼくはおもいきり地面を蹴り、恐竜に向かって全力で走り出した。
しっかり相手を見て、どこから攻撃してくるか予測する。
――集中……集中……
相手を見る。観る。視る。
そして、ただ一点
ある一点に意識を集中させる
――首を右に上げた
ならば、一旦しゃがむ!
僕は滑り込みながらその場でしゃがむ。
その瞬間、自分の頭の上を恐竜の牙が通り過ぎた。
真上を向くと恐竜の舌顎が見えた。
「はぁ‼」
すぐさま、その場で跳躍し刀に手をかける。
どんな生き物でも喉を切られたら呼吸が出来ずに死ぬ。
相手の懐に潜り込めた時点で勝負は決まった。
「たあぁぁあっ‼」
跳躍したまま刀を引き抜き、恐竜の首元狙って振り払った。
――かのように見えた。
だが、違った。
恐竜の頭は首を通って綺麗に胴体と繋がったままだった。
金属音、そして目の前にキラリと輝くものが見える。
そして、それと同時に手元が軽くなった。
何が起こった⁉斬れていない⁉
一旦意識が恐竜から離れた瞬間、その瞬間を恐竜は見逃さなかった。
「っ‼」
おもわず息を飲みこむ。
恐竜は大木のように堅く太い尻尾で僕を叩く。
尻尾はちょうど下腹部に当たり、身体ごと宙に浮いて飛ばされる。
僕は森の中まで飛ばされ、一本の木にぶつかって地面に落ちる。
飛ばされたときに木々の枝にぶつかったせいでところどころに切り傷が出来ている。
「くっ……!」
僕は木にもたれかかりながら体を起こす。
そして右手に持った刀を見た。
さっきはいったい何が起きたんだ⁉
それを見た瞬間言葉が出なくなった。
――その握られた手には刃が折れた一本の刀があった。
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