其の玖・遠慮
「よし、着いた着いた。さあ、中に入れ!」
侍さんの後をついて行った先は、頂上が見えないほど高くゴツゴツとした岩肌の壁、その上から勢いよく音を立てて流れ落ちている滝。そんな広大な景色が広がる場所だった。周りには滝の水しぶきが飛んでいるせいか涼しく、少し湿っぽい。
僕はその滝から少し離れた森の中に建てられている古びた小屋に案内された。
ドアは軋んでおり動かすたびに鈍い音が鳴る。中は少し埃っぽく、あまり手入れされていないようだ。そして何より気になるのは、一番最初に目に入ってきた大きな『窯』のようなものだ。
「あの、ここはいったい……?」
「ここか?ここは拙者が昔使っていた
侍さんは中に入ると少し懐かしそうにあたりを見回した後、刀を置き、部屋の中に一つだけあった椅子に腰を掛けた。
「『鍛冶場』って……。侍さん、刀とか作ってたんですか?」
僕はとりあえず中に入り、乾いた服が入った籠を開け放しにされている隣の部屋に降ろした。
「ああ。たしか百年ほど前だったかな?少し興味が湧いたのでやっていてな。あと、『師匠』だ」
「あ、はい……」
正直、突然過ぎて訳が分からない。
いきなり自分のことを「師匠と呼べ!」って言いだしたり、行き場所も教えてくれずただ「ついてこい!」と言って歩き出すし、いったいこれからどうするつもりなんだ?
「あの、それで師匠、これからどうするんですか?」
「おお、そうだったな。ちょっと待っておれ」
師匠は椅子から降り、部屋の奥にある大きな扉の前に立った。
扉に手を伸ばして、開けようとするが建付けが悪いのか一向に開こうとしない。
「あれ……?おかしいな?たしかここを思いっきり引けば……。おやぁ?叩けばよかったのか……?」
いろいろ試行錯誤しているが扉はピクリとも動かない。
「おい小僧!少し手伝ってくれ!」
師匠が扉を精一杯引っ張りながら頼んできた。
「あ、はい!」
師匠が右の扉を引いて、僕は左の扉をおもいっきり引く。
すると少しだが扉が動いた気がした。
「おお!その調子だ!引けえぇぇ‼」
その掛け声に合わせて引っ張った瞬間、扉は止め具がいきなり外れたかのように勢いよく開いた。
「うわっ‼」
その扉の中からは大量の物の山が雪崩のように扉の中から吐き出される。
部屋中に埃が舞い広がる。
「うぇっほ!うぇっほ!おい!大丈夫かー⁉」
「な、なん…とか無事でーす……」
埃で見えないがどこからか、さむ……師匠の声がする。
手で周りを仰ぎ、目をこすって開く。
「よかったよかった。一歩間違えれば死ぬところだったな」
「いやいや、たとえ僕でもこれくらいで死ぬほど弱くは無いですよ……」
目を開くと侍さんが目をこすりながら立っている姿が見えた。
物がなだれ落ちてきただけで大げさだなと思う反面、そこまで貧弱に思われていたのかという感情が混ざってなんか複雑な気持ちだな……
「いやいや、死ぬぞ」
「え?」
「よく見てみろ」
さむら……、師匠があまりにもあっさりと言うので僕はしっかりとその物の山を見てみた。
周りの埃が落ちていき、視界が晴れてくる。
山をよく見て僕は納得した。
あ、これは死ぬ
そこにはおびただしい数の黒くて細い
鞘に納められた刀が落ちていた。
「というわけで、まずお主に好きな刀を一つやろう。選べ!」
侍さんが腕を組みながら笑顔で言う。
「え……?」
「だから、『一つやる』と言っておるのだ。さあ選べ」
床には様々な大きさの刀が落ちている。
僕の身長ほどもあるとても長い刀
ナイフのように短い刀
また、少し変わった形の刀もある。
だけど、どの刀も選べない。いや、もう貰えない。
「あ……すいません。僕は貰えません……」
「ふむ………………どうしてだ?」
侍さんは鋭い眼差しで僕を見てきた。おもわず俯いてしまう。
「あの僕はもうさむら……師匠に助けてもらったり、教えてもらったり、たくさんのことをしてもらいました……。これ以上なにか貰ったらさすがに申し訳ないです……」
「……」
「それに『刀』って凶器……『人の命を奪う道具』じゃないですか……。そんなものを持てる自身もありません……」
入った時から少し暗く息苦しく感じた部屋がよりいっそう重苦しく感じる。
さ……師匠は厳しい表情になって口を開いた。
「……なるほど分かった。じゃあ拙者から二つ言わせてもらおう」
「二つ……?」
「まず率直に言うが、遠慮なんてしなくていい。拙者はなにかを返してもらう為にいろいろしてあげている訳じゃない。拙者がしたいからやっているだけだ。それにその行為は相手にとって失礼だ」
「うっ……」
たしかにその通りだ……
『失礼』という言葉がぼくの心にグサリと刺さる。
でも……
僕が下を向きながら口ごもっていると侍さんは表情を緩めてまた話し続けた。
「まあ、だからと言って簡単に性格は変えれるものではない。だが今回はおとなしく選んでおけ。貰えるものは病気以外なんでも貰っておくのが良い」
「……はい」
「あともう一つ、確かに刀は『凶器』だ。使い方を間違えれば人の命も奪ってしまう……」
「……」
「だが、そのために拙者はお主に修行してやろうと思っておる」
修行
聞きなれない言葉が聞こえた。
「え……修行ですか……?」
「あぁ、そうだ。お主は彼女を守りたいのだろう。違うか?」
「いえ……そうです!」
「だろう?ならば、今のままではダメだ!もっと強くなる必要がある!」
「……!」
師匠が拳を握りしめ僕の胸に当てる。
この人は本当に何故ここまでやってくれるのだろうか
「拙者はお主に技術を教える!お主がその技術を『守るため』に使うのであれば、お主の道具もそれに応えてくれる!」
「はい」
いつも僕を、僕たちを応援してくれる。こんな人初めてだ。
「だから、選べ‼拙者がお主を強くしてやる‼」
「はい‼」
ありがたい。ありがたくて感謝の気持ちと涙しか出ない。
つい、涙目になってしまう。
部屋が少し静まり返る。
さっきまでの重苦しい空気はいつの間にかどこかへ消えていた。
「少し説教臭くなってしまったな……まあいい。さあ好きなのを選べ!」
「はい!」
僕は目元をまたこすって元気よく返事をした。
師匠は少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「よし!じゃあどれにしよう……?」
山の中には本当にいろんな種類の刀があるため、どれがいいのか分からず悩んでしまう。
これか?いや、こっちも持ちやすい……でもあれもリーチが長いし……
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「決めました!これにします!」
そんなこんなで数十分が経過してようやく一つの刀に決めた。
その刀は普通の刀と変わらない大きさだが、鞘に少し装飾が施されており、他のと比べ威風を放っていた
「なるほど、その刀を選んだか……。懐かしいな。その刀はたしか初めて作るのに成功した刀だな」
「そうなんですか⁉」
「ああ!よし、じゃあ刀をもって外に出ろ!早速、修行の始まりだ!」
「はい‼」
僕はその一段と綺麗な刀を持って、滝の音が響く外へ飛び出した。
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