其の捌・決意
「これで最後っと……よし、ようやく全部終わった~……」
「ごくろうごくろう」
「『ごくろうごくろう』じゃないですよもう……」
「はっはっは‼」
洗濯物を全て洗い終わった僕は河原の上で横になった。目線の先にはやはりの大きな木の根っこが浮いている。
凄い、本当に凄い。凄すぎてそれ以外の言葉が見つからない。本当にあれはいったい何だろうか?
そんなことをずっと考えてしまう。
「よし、拙者の方もそろそろいいか。小僧、飯にしよう。焚火の準備を手伝ってくれ」
「え?でも、洗濯物が……」
「洗濯物はこの竹竿をどこかに引っ掛けてそこに干しておけ。そんなことよりも腹が減った!」
「えぇ……」
侍さんはそう言うと竹竿を僕に投げ渡して、程よい大きさの石と燃料になりそうな大小さまざまな大きさの薪を探し始めた。とてもテキパキと動いており次々と準備が進んでいく。
僕は森側に生えていた二本の木の枝の間に竹竿をかけ、洗った洗濯物を干して侍さんの手伝いに向かった。
それからは本当に早かった。(森の近くの木陰で座っている)侍さんが言うとおりに薪を集めてきて、(木陰で横になっている)侍さんの言うとおりにそれを折ってちょうどいいサイズにし、そして(木陰でごろごろしている)侍さんの言うとおりにその薪を並べていく……
あれ?なんかいいように使われてるような……
いや、でも僕は侍さんに助けてもらったんだ。
受けた恩は返す
それは当たり前のことだ
大体の準備が出来たころ、僕はあることに気づいた。
火をつける道具が無い。
「すいません。火ってどうやってつけるんですか?」
「ふっふっふ……。心配いらん。じゃあ拙者が火をつけるから、その間に魚の口から串を刺していけ」
そう言うと侍さんはようやく体を起こし、木陰から出てきた。
そして積み重なった薪に近づきながら懐から何やら灰色っぽい石を出して薪のところにある木屑の傍に置き、その石を河原に落ちている小石で軽く削った。
侍さんに言われるとおりに僕は魚の口から串を入れつつ、その様子を眺めていた。
侍さんは削り終わると、その場に悠然と立ち、目を瞑って少し息を吐いた。
いったい何をしているんだ?
――そう思った瞬間だった。
侍さんは目を開くや否や、ものすごいスピードで腰の刀を抜いた。
カチッ‼
そんな小さな音が聞こえた。
気づいた時には侍さんは刀をすでに鞘の中に納めていた。
一瞬、本当に一瞬だった。
いったい何が起きたんだ⁉
そう思い、目線を侍さんから焚火に移した。
するとそこには今までそこには無かったはずの、
小さな火が点いてあった。
「よし!点いた点いた‼」
侍さんは少し嬉しそうに頷くと、その場にしゃがんで小さな火に細い薪をくべていった。
いったい侍さんはどうやって火をつけたんだ……?
そんな疑問を残したまま僕は黙々と串を刺していった。
********************
「どうだ!旨いだろう‼」
「はい。とても美味しいです」
僕と侍さんは焚火を囲んで先ほど釣った魚を焼いて食べていた。
なんの種類の魚か分からないが本当に美味しい。やはりこの川の中で暮らしていたからだろうか。とても瑞々しく、そして肉厚でとても食べ応えがある。
「いや~、小僧が洗濯を手伝ってくれたおかげで美味しい魚が食べれた!」
「いや、無理やり連れてきたじゃないですか⁉それに洗濯をしたの僕ですからね⁉侍さんずっと釣りしていたじゃないですか!」
「まぁまぁ、そんな固いこと言うな!」
「はぁ……」
そんな無駄な、だが楽しい会話をしながら僕らは魚を食べ続けた。
三匹目に手を伸ばそうとしたとき、ふと思い出した。
「そういえば侍さん、この焚火に火をつけたじゃないですか?あれってどうやったんですか?」
「ああ、あれか?あれはたしか『まぐねしうむ』という石らしく、その石の粉に火花を起こすと火がつくらしいのだ。いわゆる『火打石』と一緒だな。お主の時代には既にある技術だと思うが……?」
「あ~……。たしかにそう言われてみると見たことあるような……」
たしかキャンプで火をつけるのに役立つ道具とかでそんなのがあったような……。ファイヤー……スターターだったかな?
「ていうか何でそんな技術知っているんですか?侍さんの時代にはまだ無いはずじゃ……」
「ふむ……そうだな……」
僕がそう聞くと侍さんは手についた魚の油を舐め、少し考えたようにして言った。
「そういえば、屋敷の中で『坊主が知りたいことは拙者たちが分かる範囲のことならすべて答えてやる』と言って何も答えて無かったな。ちょうどいい、腹も膨れたことだしこれからお主の質問に答える時間にしようか」
そう言って侍さんは魚の串を焚火の中に投げ捨てた。
「お願いします」
「うむ、まずあの火のつけ方だが、あれは前回セントラルに行ったときに教えてもらった技術なのだ」
「『セントラル』……ですか?」
「ああ。おっと、まず説明しておくとセントラルというのはこの『ネノクニ』のちょうど中心にある唯一の街であり、死んだ奴が初めにたどり着く場所だ。空にあのでかい根があるだろう? そこのちょうど真下にある」
侍さんはあの大きな根っこの方を指さしながら言った。
「へぇ~……って、ほかに街とかはないんですか?」
「まあ、中には拙者のようにセントラルから離れて暮らす輩もいることにはいるが、街と言えるような街は無いな」
「はぁ……」
「そこでこの前セントラルに言ったとき、つい最近死んだ奴に出会ってな。話をしているうちに少し教えてもらったのだ」
「そうだったんですね」
「さあ、まだまだ気になっていることがあるだろう。どんどん聞け!」
「じゃあ、あの木のことなんですが――」
そこから僕はたくさんのことを聞いた。
まず、あの根のこと。
あの根はいったいどこから生えてきているのか。そして、何のためにあるのか。それはまだ誰も分かっていないらしい。
だが、この世界が出来たときから存在しているらしい。噂によれば、あの根のことを全て知ってしまうとネノクニから消えるとか消えないとか……
また、八重さんが当時、あの時代にはおそらく無いはずのバインダーを持っていたことや、「病院に連絡する」と言ったとき、手に携帯電話のようなものを持っていたこと。これらについても聞いてみた。
その理由はこうだった。
ここ、ネノクニは現世と同じ時間を経過している。
つまり、僕が昨日ここにきて一日経過しているが、現世でもネノクニと同じように一日経過している。ということらしい。
だから、とある技術を持ったまま亡くなった人が、その技術を忘れる前に、何とかしてネノクニにも普及させている。
なので、ネノクニにはバインダーもあれば、携帯電話もあるし、さらには自動車や鉄道も存在しているらしい。
どうやら最近、凄い人が亡くなってやってきたらしく、そのおかげで今、スマホも普及してきていると侍さんは話した。
……おそらくあの会社の創設者だろうか……誰とは言わないがやはり凄い人なのだろう。
あともう一つ興味深いことも教えてもらった。
この世界に居るのはすべて「死んだ生き物」らしい。
なので、先ほどまで食べていた魚も、森の中にいる鳥も、全て「死んだ生き物」だったのだ。
一度死んだ生き物をもう一度殺した。
そう考えると少し申し訳ないような気持ちになった。
しかし、侍さんが言うには「人間以外の生き物は、ネノクニで死んだら現世に転生する。だから、そこまで悔やむ必要は無い」とのことだった。
人間以外
じゃあ人間はどうすれば転生できるのか?
それはこの世界を統治している人物。
すなわちネノクニの国王に認めてもらう必要があるらしい。
「ネノクニには『ゼン』という通貨がある」そう言って侍さんは懐から巾着を出して、その中から丸い銀貨のようなものを取り出して見せてくれた。
ネノクニではこの通貨を使って物を買ったり、交通機関を利用できたりするらしい。
それによって巨額のゼンを支払えばネノクニの国王から「転生する権利」というものも買えるらしい。
では、そのゼンはどうやって集めるのか。
それは物を売ったりして稼ぐだけでなく、
「他人に善き行いをする」という方法もあるらしい。
国王はセントラルの中であればどこでも、全てを見ることが出来るらしく、「善い行いをした」と思った人物にはゼンが支給されるらしい。
だから中には、ネノクニに来てずっとごみ拾いだけをして転生する権利を買った人もいるとかいないとか。
そのシステムによってネノクニは秩序が保たれている。
だが――
********************
一時間ほど経っただろうか、大体の質問を終えて僕と侍さんはひと段落していた。
「この世界、ネノクニって……なんって言えばいいか……」
「まぁ、いろんな意味で『凄い』と言えるな。良くもあれば悪くもある。『世界』とはそんなものよ……」
侍さんは少し物悲し気な表情をして言った。
そんな侍さんの表情を見て何かできるわけも無く、ただ黙って聞いていることしかできなかった。
「そういえば小僧、拙者もお主に一つ聞きたいことがあった」
侍さんは少し重い感情のまま聞いてきた。
「え……?何ですか……?」
「お主は『生きたい』のか、『生きたくない』のか。どっちだ」
「え……⁉」
なんで悩んでいることを……
「『何故わかった?』という表情をしておるな」
侍さんは鼻で笑いながら僕の目を見て言った。
なんでこの人は僕が悩んでいることが分かったんだ?
「拙者も、人より少し目が良くてな。若干の表情の変化でなんとなくなら相手の思っていることは分かる。屋敷にいるとき、お主が拙者たちの話していることを本当か嘘か見極めていたようにな」
「えっ‼」
バレてた……⁉今まで誰にも気づかれなかったのに……!?
自分の息が少し荒くなるのが分かった。
「拙者はお主がどちらを選ぼうが、責めたりするつもりは一切ない。だが、お主はどうしたい?ただ、それが気になるだけだ」
冷淡な声でそう言われた。
僕はどうしたいか……
いつもの日常が思い浮かぶ
あの日々を
あの辛い日常を
もう送りたくない
だけど、
ここに存在すること
それも違うと感じる。
僕は口を震わしながら開く。
「僕は……」
「僕は分かりません……。僕が、自分自身がどうしたいのか……」
侍が顎を触りながら見つめてくる。
僕はどうしたらいいのか分からない……生きたいのか、生きたくないのか……
でも――
彼女の、月ノ宮さんの顔が脳裏に浮かぶ。
「でも……」
「でも、僕は‼『月ノ宮さんは守る!』そう決めたんです‼」
僕は侍さんの目を見返しながら言った。
侍さんは拍子抜けしたような顔をした後、声を出して大笑いし始めた。
「ふっはっはっはっはっは‼拙者は『生きたい』のか『生きたくない』のか聞いたのだが、全く答えになっておらぬではないか‼」
その言葉に僕は自分が言ったことを思い出した。顔が熱い。今にも溶けそうなほど顔が熱を帯びている。
「ひー、いやーなるほどなるほど『月ノ宮さんは守る!』か、そうかそうか!」
「ちょっと‼わざわざ繰り返さないでください‼冷静になって考えたら恥ずかしいんですよ‼」
ヤバい、顔から火が出る。やっぱり死にたい。
「いやいや、全く答えにはなっておらぬが――」
「――そんな答えがあってもよいのかもしれんな」
侍さんはそう言うと膝を手で軽く鳴らして立ち上がった。
「よし!小僧、気に入った!これから拙者のことは『師匠』と呼べ!」
「え⁉」
「さあ荷物を持て!ついてこい‼」
「ええええぇぇ‼」
侍はまた大きく笑い、川の上流の方へ向かって歩き出した。
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