二.
「『しんきゅうしはいしゃオーディション』?」
「は、はい。そうなんです。これ……」
鍼灸師? 歯医者? と、私が首をかしげると、女の子――と呼ぶのはどうやら正しくなさそうなのだけれど、まあ、外見の一部はすくなくとも女の子なので、とりあえずそう呼びつづけることにさせてほしい――は、私の前に一枚の紙を差しだしてきた。
ちゃぶ台に、とりあえず冷蔵庫にあった麦茶を出して、私たちは向かいあって座ったばかりのところだった。
折り畳んで、ずっと持ち歩いていたのだろう、たくさんの折り目がついて、ところどころ擦り切れかけているその紙はB5版で、いちばん上に、ワープロソフトで書いたと思われる、よく見るポップ体で「新旧支配者オーディション!!」と記されている。
あ、それか、と、いっしゅん納得しかけたものの、よく考えると、いろいろ意味のわからないことが、まだいくつも残っている。たとえば……。
「あ、あの、ですね、そのオーディションというのは……」
首をひねりつづける私を見て不安になったのか、女の子と呼ばれるのに相応しくない女の子は、おずおずと言葉を継いだ。
「……というのは、星の智慧派日本分団とか、ダゴン秘密教団とか……あの、そういう団体があるんですけど、そういうひとたちが集まって作ったクトゥルー教団日本協会、通称・クトゥルーカルトなう、という組合があって……」
その名前は、たしかに目の前のチラシの下のほうに、明朝体でちいさく印刷されている。
「……そこが主催になって、何年かに一回ひらかれているんだそうです。それで、あのう、クトゥルーカルトというのは、この地球上に、いま知られている生き物とか神さまがあらわれる前にいたひとたちを『大いなる古きもの』とか『旧支配者』とか言うんですけど、それを信奉しているニンゲンとかの集まりなんです。でも、古くからいる旧支配者は、いまはほとんど封印されたり追い出されたり眠っていたりして、すぐそこにはいないから、会いにいける信仰の対象を見つけるために、このオーディションをやるんだそうです」
「あー、つまり、『新人アイドルオーディション』みたいな感じで『新・旧支配者・オーディション』なんだ」
「はい! そういうことです!」
女の子ならざる女の子は、説明が通じたことがうれしかったのか、ぐっと身を乗り出して、アーモンドのような形の瞳をきらきら輝かせて私に視線を向けてきた。
「で、そのオーディションに出る、んだよね?」
「はい。その準備をするために、修行をしに来たんです」
「うーん、それだったら……」
私は、八畳ひと間のアパートの壁二面を占拠している書棚の一角に目を向けた。
そこには、黒っぽい背の『事典』や『百科』や『入門』や『全集』や『サプリメント』が並んでいる。
もっとも、そのうちの半分くらいは、本来の持ち主である私よりも葉初のほうがよく読んでいるような気もするし、彼女にお願いされて買った本も多いのだけれど。
「……それだったら、ここで相談にのることもできる、かもね」
「本当ですか!?」
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