生き別れてますか?

 一ヶ月ぶりにやってきたティーからの指示。 


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 【ティーレリアが教える世界の救い方!】


 STEP3:店にやってくる次の客に絡もう!


 〈備考〉

 失敗した場合はルアの所持している像を一つ破壊します。

 今回の破壊対象は、コレだっ!!


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 例によって俺の像とティーの写真が添付されている。

 毎回笑顔なのが余計に腹立たしい。


 大体、次の客に絡めだって?

 そんなことで本当に世界が救えると思ってるのかあの金髪ゴリラは。

 酒場で人にちょっかいをかけるぐらいで世界が救えるんなら、今頃酔っ払いはみんな救済者だろうに。


 アイツの考えはなんとなく読める。

 しばらく放置していれば俺が根をあげると思ってたが、いざ一ヶ月経って見てみれば居心地の良い空間を手に入れていたと。

 このままじゃ余計に働かないと焦って、俺が宿から追い出されるように仕向けてきた。

 そんなところだろう。


 だが甘い。

 確かに俺は像が人質に取られてるため、指示に逆らえない。

 そして単純に客へとちょっかいを出せば、本当に追い出される可能性もあるし、少なくとも撫で放題揉み放題の権利は没収されるだろう。


 一見詰んでるような状況。

 けれど打開策は簡単で、ラミスに客へ絡む許可を貰えばいいのだ。

 そうすれば俺が客に絡んでも追い出されないし、指示に沿っているので像が破壊されることもない。


 というわけで早速。


「ラミス、俺は次にやってくる客に絡む」


「え? 普通にやめて?」


「お前の懸念は最もだ。でも安心して欲しい。俺が客に絡むことがひいては俺のため、そして俺の像の為になる。わかってくれるな?」


「いや結局それ得するのルアだけじゃん」


「俺の笑顔が見られると思えば、客の一人や二人死んでもいいと思わないか?」


「ルアの笑顔で人が死ぬならもう一生笑わないでいいとは思うかな」


「くっ、この人でなし!」


「どっちが!」


 俺の真っ当な評価に対してすかさず言い返してくるラミス。

 悲しいことに、彼女には人の笑顔や喜びの為に動くっていう慈善的な心が無いようだ。

 となるともっと即物的なもので吊るしかないか。

 ただ金は無いし、俺が持ってるものといえば像しか無い。

 さて、どうするか。


 入店の軽やかな音が聞こえてくる。

 どうやら指示にあった次の客とやらがきたようだ。


「大人しくしててよ」


 ラミスが俺に今一度釘を刺してから、接客へと向かっていく。

 客の数は三人で見た感じではチャムと同じぐらいの少女達。

 どうやら宿ではなく食事をしにきたようで、テーブル席へとラミスが案内して行った。

 少し俺から遠目に場所をとったのは、少女達の意思かラミスの思惑か。


 しばらくどうするか三人の小娘を眺めていたら、注文を取り終えたチャムがこちらへと戻ってきた。


「ルア、本当に絡むのは止めといた方がいい」


 先程とは違う形で告げてくるラミス。

 『絡むな』、ではなく『絡むのは止めた方がいい』とはどういうことか。


「なんだ知り合いか?」


「知り合いって言うよりはこっちが一方的に知ってるだけだけど。バルマードの変幻魔法使いがこの国に精霊を貰いに来てるって聞いたことない?」


 酒を飲んでる時に誰かが話してたような、そうでもないような。

 バルマードは確かチャムが言っていた同盟国の名前だ。

 

「それがアイツらだと? まあ確かに変な見た目ではあるけどガキだぞ?」


 それぞれ青、赤、黄の髪色をした小娘達。

 何故か示し合わせたように全員アホ毛が生えており、青い奴の頭にはしずくのような形のアホ毛が。

 赤い奴の頭にはメラメラと燃えているアホ毛が。

 黄色の奴の頭には緑色の二又なアホ毛が生えていた。

 そういう種族なのか?


 他に特筆すべきことといえば、青いアホ毛の奴は自分の身の丈ほどの大剣を背中に背負って入店してきたことか。

 今は横の壁に立てかけているが。


「多分間違いない。人数も髪色も聞いてた通りだし、服装もこの国らしくないもの」


 彼女の言う通り少女達はあまり見かけない形の服をきている。

 ここらでよく見るのが西洋風だとするなら、東洋風だと表現するのが正しいような。

 三人共が着ているダボっとした着物のような上着は、それぞれの髪と同じ色に染められていた。


「と言うわけで絡んだりしないようにね。ルアが強いのは知ってるけど、流石に変幻魔法使い相手じゃ勝てっこないし」


 変幻魔法は魔素との親和性を上げて、体を変化させる魔法。

 火魔素との親和性を上げれば、体を炎とすることができ、風魔素との親和性を上げれば体を嵐とすることができる。

 その力は強大だが、それ故に大量の魔素を貯めうる体が必要で、体得できる者を選ぶ。


 他の世界でも変幻魔法は存在し、その使い手は強者とされていた。

 俺も魔法の中では厄介な方だと思うし、ラミスの言っていることもわからなくもない。

 だが俺に諦めるという選択肢はないんだ。

 俺の背中には幾万の命よりも重い像がかかっている。

 ティーの指示に従うのは癪だけれども、何としてでも小娘達に絡んでみせる。


 朝っぱらからチャムに説教を食らわされて、ムシャクシャしてるし。


 ガシャン!

 カウンターの奥で何かの割れる音が。


「む、店長何か割ったかな? ちょっと見てくるね」


「手を切らないように気を付けろよ」


「慣れてるから大丈夫だよ、ありがと」


 厨房の方へと消えていくラミス。

 よしよし、この隙を利用させてもらおう。

 許可が取れないなら、絡んだことがバレなければいい。


 俺は酒を持ったまま立ち上がり、小娘達の元へ。


「よぉ、この辺じゃ見ないツラだな。観光かなんかで来てんのか? 保護者はどうした?」


 談笑していた声が止まり、三人がこちらへと視線を向ける。

 かと思えば三人で身を寄せ合って小声で話し始めた。


「……誰このおじさん。ファイナ、ナーチュ、知り合い?」


「私は知らないっすよ! というかおじさんは酷いんじゃないすかミズちゃん。多分まだ二十代ぐらいすよ!」


「顔がおじさんっぽいし、酒臭いし。おじさんでいいでしょ。ナーチュは?」


「知らないナー。多分ただ酔っ払いが絡んできてるだけなんじゃないかナー?」


「やっぱりそう思う? じゃあ撃退プランNでいきましょう」


 座り直して再びこちらを見る小娘達。

 青髪がハーフアップに纏めた髪を少し掻き上げ、代表して口を開いた。


「昼間っから酔っ払っていい気分なのはわかるけど、絡む相手ぐらい選びなさい。じゃないと怪我するわよおじ、お兄さん?」


 言い切った後、青髪は小声で「せーのっ」と音頭をとる。

 それに合わせて三人の視線がやたらとこちらの目に向かって当てられた。


 ……もしかしてこれは睨んでるつもりなのか?


 確かに青髪だけは強気そうな目尻も相まって睨んでいると称することができる。

 けど赤髪は口元が笑ってる上に定期的に「ギンッ」とか効果音を口にしてるし。

 黄髪は目が細いせいで眠そうにしてるようにしか見えない。


 こいつらもしや……馬鹿なのでは?


「理解できたかしら? できたならとっとと去ってくれる?」


「とりあえずお前達が馬鹿だってことは理解できた」


「なっ!?」


 目を大きく見開いて、顕著に驚く青髪。

 すぐさま言い返してくるかと思いきや、何故かまた三人での小声会議が始まる。

 小声と言っても隣に立ってれば全部聞こえるぐらいの声量だが。


「ちょ、ちょっと、全然怖がってないじゃない! それどころか馬鹿だって思われたし、誰よこんなプラン考えたの!」


「言い出したのは確かミズだナー。ナー達はよく絡まれるから対策を考えようって言って自信満々に最初に提案してたナー」


「ということはミズちゃんが馬鹿ってことっすね!」


「ま、待ちなさいよ! 結局全員が承諾したんだから、そういう被害は全員で受け持つべきだと思うの! というか早く何か言い返さないと、なんかすごい目でこっち見てるわよ!」


 そりゃこんな馬鹿を見せられたら目つきも厳しくなるだろ。

 指示がなければ絶対に関わりたくないタイプの馬鹿達だ。


「しょうがないすねぇ! 私に任せてください!」


 ショートヘアの赤髪がガタンと音を立てて立ち上がる。


「お兄さん、私達を馬鹿と言ったっすね!!」


 ビシッと突き出した指先が俺の顔を捉える。

 無駄に勢いがあるので何を言い出すのかと少し身構えた。


「お、おう」


「つまりは私達の頭が悪いと思ってるってことっす!!」


「そうだな、今も思ってる」


「それをわざわざ私達に伝えてきたってことは私達の頭の具合を心配してるってことで……」


「ん?」


「私達の心配をした上で、保護者がいないか聞いてきたということは……ハッ!? まさかお兄さんは……!!」


「待て待て別に俺はお前らの心配なんて――」


 謎の気付きをみせる赤髪に対して俺は弁明を計る。

 何故こんな見ず知らずの奴を俺が心配しなくちゃいけないのか。

 そう思っての反論だったが、俺が言葉を吐き終わるよりも早く赤髪の言葉が被せられた。


「――生き別れになった私の兄っすね!!」


「違ぇよ!? 何をどう考えたらそんな結論に至るんだこのクソ馬鹿が!」


「なんだファイナのお兄さんだったのね」


「それならこっちの椅子に座れナー」


「お前達も即座に信じてるんじゃねえよ!? どう見ても似てないし兄妹なわけあるか!!」


 俺の叫びは届かず、和気藹々とした三馬鹿に取り囲まれて強制的に同じテーブルに座らされた。

 くそ、確かにラミスの言う通りこんなのに絡むんじゃなかった。

 まだSTEP3は達成にならないのか!?


「いやぁ、こんなところで会えるなんて感動っすねえ! どうすか久々に妹と話してみた感触は!」


「そうだな、もし実際にこんな妹がいたら恥ずかしさで自殺するわ。妹じゃないけど」


「ねえお兄さん、小さい頃のファイナってどんなだったか聞かせて!」


「馬鹿みたいに鼻水垂らして虫でも食ってるガキだったんじゃないか? お兄さんじゃないから知らないけど」


「ナーも兄が欲しかったナー。もう一人妹を増やしてみる気はないかナー?」


「絶対にいらねえ。あともう一人とかないから、妹は一人もいないから」


「ダメっすよナーちゃん! 妹はそんな突然なれるものじゃないっすから!」


「その言葉そのままお前に返したいんだけど、どうやったら聞こえる? 耳にその燃えてるアホ毛を突っ込んだらいい?」


 だ、ダメだこいつらと会話してると頭がおかしくなる。

 馬鹿だと思っていたチャムがまともに思えるほどに。

 もしかしてティーはこの馬鹿達と話をさせて俺の脳を破壊するつもりだったのか?

 それで世界を救うだけの傀儡にする的な。

 なんて恐ろしいことを考える奴だ死ねばいいのに。


 それから数十分、俺は三馬鹿に永遠と絡まれ続けた。

 戻ってきたラミスは助けてくれないし。

 席を離れようとしてもしがみついてくるし。

 ティーからの指示は一向に達成にならないし。


「あれ……ちょっと待ってくださいよ?」


 赤馬鹿がまた何かを思いついたようにハッした顔を見せる。


「どうしたのファイナ?」


「よく考えてみれば私……別に生き別れの兄とかいないっすよ!!」


「なっ!?」


「お前のその『なっ!?』って言うの腹立つからやめてもらっていい? てかそもそも兄いないのかよ、まじで頭どうなってんだ」


 見ず知らずの人間を存在もしない兄と勘違いするとか。

 人として生きていけるレベルの馬鹿じゃないぞ。

 そしてそんなカミングアウトを受けて、黄馬鹿が無駄に長い髪を震わせながらこちらを指差す。


「じゃ、じゃあこの人は誰なのかナー?」


「知らない人っす!!」


「「なっ!?」」


「お前ら絶対わざとやってるよな!?」


 無駄に真剣味を帯びた顔で言うからすごくイラっとする。

 後ろの方でラミスの「プフッ!」と吹き出す声が聞こえた。

 くそ、人ごとだと思いやがって。

 お客様が他の客に絡まれて困ってるっていうのに。

 

「私達を、騙したのね?」


 青髪が横の大剣に手を伸ばしつつ、ぬるりと立ち上がる。


「いやお前らが一方的に勘違いしてただけだろうが! 盛大な言いがかりつけてんじゃねえぞ!?」


「うるさいっす、うるさいっす! 感動を返してください!!」


「お前の感動なんて知るか! その辺の石でも見て勝手に感動してろ!」


「ファイナの身内を語って近づくなんて、許せないナー。兄だって言ったところが、さらに許せないナー」


「一言も言ってねえよ!?」


 先程までのゆるっとした表情から一転して、最初の時以上に敵意を向けてくる三馬鹿。

 実はこれがこいつらの手口だったんじゃないか。

 当たり屋的な奴の別バージョン的な。

 もしそうだとするならまだ幾分か救われる気がする。

 多分ただの馬鹿なだけだけど。


「運が悪かったわね悪党! バルマード三勇姫とは私達のこと!」


「燃え盛る炎姫! ファイナ・ティルベルっす!」


「疾く重き然姫! ナーチュ・ルーチェだナー!」


「そして私が波と飛ぶ剣姫! ミズ・シーディアよ! さぁ、表に出なさい。あなたの罪をその体に叩き込んであげるわ!!」


 ババーン、と効果音が聞こえてきそうなほどポーズを決める三馬鹿。

 出来の悪い戦隊モノにでも見せられている気分だ。

 それでも遠巻きに眺めるくらいなら指をさして笑ってられるんだが、敵役として配置されてるんだから全くもって笑えない。


 ピコン。


 無機質な音が聞こえる。


 やっときたか!

 この音がこれほど嬉しかったことはない。

 指示が達成となって俺の像が守られるなら、もうこんな馬鹿共に付き合う必要はないな。

 さっさと自分の部屋に戻って酒を飲もう。

 もちろん像を眺めながら。


 メッセージが表示される。


 ====================


 【ティーレリアが教える世界の救い方!】


 STEP3〈達成〉:店にやってくる次の客に絡もう!


 STEP4:バルマード三勇姫(笑)と決闘してボコボコにされよう!


 〈備考〉

 失敗した場合はルアの所持している像を一つ破壊します。

 今回の破壊対象は、コレだっ!!


 ====================

 

「…………」


「何よ、何か言いなさいよ!」


「怖気付いたんすか!」


「土下座して兄になるなら許してやるかもナー」


「い……」


「「「い?」」」


「いいぜかかって来いや三馬鹿共がぁ!! ぶっ飛ばしてぶっ潰してぶっ殺してやるよ!!」


 親指を立て、首を切るようなモーションを見せて挑発する。

 こうなったらもうヤケクソだ!!

 せいぜい馬鹿にしてボコボコにされてやるわ!!

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