一ヶ月経っても
軽やかな入店音が何者かの到来を告げる。
視線を向ければこれまた一ヶ月で随分と見知った姿が立っていた。
「ルぅぅぅアぁぁぁさああああん!!」
酒場にやって来たのは一ヶ月前、俺がティーに無理やり助けさせられた少女。
ケイルバーン商会会長の娘、チャミーフィオ・ケイルバーン。
俺は世界救済に関わって来そうなこの少女にできるだけ関わりたくないのだが、居場所がバレてからは何故か時々こうやって突撃してくるようになった。
今日は肩まであった明るい茶髪をサイドで結っての登場だ。
「こんな朝っぱらからうるせえぞチャム」
「どこが朝っぱらですかどこが! もう昼過ぎもいいところですから!」
「こんな昼過ぎからうるせえぞチャム」
「ええ、ええ、うるさいでしょうよ! 誰かさんのせいでこの美少女がらしくもなく騒ぎ立ててるんですから!!」
チャムはわかりやすく肩を怒らせながら大股で歩みを進め、俺の前で腕を組んで止まる。
それと同時にカウンター奥からラミスが帰って来た。
「いらっしゃーいって、チャムちゃんか」
「お邪魔してますラミスさん!」
俺に見せていた怒り顔から一転、笑顔でラミスに答える。
「またこの男が何かやらかしたわけね。あ、何か飲む?」
「オレンジジュースをお願いします」
「おっけー」
俺の麦酒を置いて再び裏へジュースを取りに戻るポニテ。
そんな彼女の後ろ姿を眺めつつ、目の前のジョッキを手に取ろうとした。
しかし俺の手は空を掴む。
「これはこの美少女の話が終わるまで没収です」
「…………」
「そ、そんなえっちな目で見てもダメです」
「誰がお前なんかに色目を使うか! 殺意に満ちた目だろうが、いいから酒を返せ!」
取り返そうと手を伸ばした俺に対して、チャムはジョッキを後ろへと隠す。
ならばと立ち上がって背後に回ろうとするが、クルクルと回転するので埒があかない。
くそっ、ふざけやがって。
「こんのっ……! 酒を、返せ!!」
「お酒は話が終わってからです!! というか気安く美少女の体に触らないでください!!」
「おーおー取っ組み合いしちゃって、仲がいいねえ。オレンジジュース置いとくよ。あとルアのバゲットも貰って来たから」
「ありがとうございます!」
俺の前にバゲット、隣の席にオレンジジュースが置かれる。
人から酒を奪っておいて、自分だけ飲み物を飲もうとは随分といい御身分だなこいつ。
「ふんっ!」
サイコキネシスで無理やりにジョッキを奪い取る。
そしてそのまま口をつけてぐびぐびと飲み下ろした。
「あっ!?」
「っぷはぁ! ちょっと本気になればこんなもんだバーカ」
「くっ、大人げのない人ですね! 美少女的にも人的にもこんなことで本気になるのはどうかと思いますよ!」
「俺は何事にも本気で取り組む立派な人間だからな」
横でギャーギャーと叫ぶチャムを無視して、ラミスの持って来たバゲットに齧り付く。
カリッとしたベーコンとチーズの塩気。
そしてふわっとした卵の旨味が口の中で広がり、次に飲む酒を格別に美味くしてくれる。
あの店主は顔と口は悪いが、料理の腕だけは確かだ。
一つ懸念をあげるとすれば、豚肉は扱って無いだろうからこのベーコンが何の肉かわからないこと。
「それで、今日チャムちゃんは何の用事でやって来たの?」
「ああっ、そうでした! ルアさん!!」
隣にいるにもかかわらず、大声をあげるチャム。
お陰で右耳がキーンと。
「何かこの美少女に謝らなきゃいけないこと、ないですか?」
「ないな」
即答する。
こんな馬鹿に謝ることなんてあるものか。
そう思って三たびジョッキを呷ろうとしたのだが、酒を持つ腕の内側にチャムがぬるりと体を滑りこませてきて、至近距離からこちらを凝視。
その目にハイライトは無い。
「もっとちゃんと考えてください」
「お、おう」
どす黒い闇のような目を見せられ、思わず顔を後ろに引いて返事をする。
これは考える素振りぐらい見せておいた方が良さそうだ。
それにしてもコイツに謝らないといけないことか。
多すぎて逆に検討も付かないな。
下手なことを言い出して違ったら目も当てられないし。
そういう誘導尋問の可能性もある。
何か無難そうなのを挙げてみるべきか、と思っていたら痺れを切らしたチャムが口を開いた。
「ルアさん」
「はい」
「前にこの美少女が紹介状をあげましたよね?」
「貰ったな」
名前と幾分かの文字が刻まれた金属のプレート。
それを助けたお礼のついでにと確かに渡された。
何かの役に立つかもしれないと。
「あれ、どうしました?」
チャムは俺の膝に手を置いて、さらにずずいっと顔を近づけてくる
見ようによっては仲の良い男女がいちゃついてるようにも見えるかもしれないが、目に輝きがないせいで完全にホラー。
そんな少女に対して、俺は事実を告げる。
「売っぱらった」
像を買ったり高い酒を飲んだりと、貰った5000万はすぐに溶けて失くなった。
何か手元にあるもので金を工面できないかと探した時、ポッケに金属のプレートを発見。
いざ売ってみれば貰った金額と同じ5000万程になったのだから驚きだ。
「…………」
無言で顔を伏せるチャム。
カウンターの向こうからは「うわぁ」と小さく口にするラミスの声が聞こえた。
そして伏せられたままの頭が突き出されて俺の鼻にヒットする。
「あがっ!?」
「それですよ!! そ、れ!! なんでそれがすぐに出てこないんですか!?」
「いってぇーな! そんな騒ぐことでもないだろうが! ラミス、俺の鼻折れたりしてないか?」
垂れて来た鼻血を舌で舐めとりつつ尋ねる。
「大丈夫、いつも通り陥没してるよ!」
「全然大丈夫じゃねえな!? というかいつもは鼻高々だろうが!」
「ルアさんの鼻なんてどうでもいいんですよ!! そんな騒ぐことでもない? ふざけないで下さい!! この美少女の、ケイルバーンの名が入った紹介状ですよ!! それを売るって頭沸いてるんですか!?」
「いやだって、『困ったことがあったら使って下さい』って言ってただろ」
「使い方が違います!! 圧倒的に!!」
バンバンと机を叩いて怒りを露わにするチャム。
音を出して威嚇する小動物みたいだな。
どうやら叫んで喉が渇いたようで、オレンジジュースをゴクゴクと飲み干していく。
空になったジョッキを机の上に置いた時、チャムの頰は少し赤みが掛かってるような気がした。
ジュース、だよな?
「そこに座って下さい!!」
床を指差す少女。
俺はそれからしばらくの間、説教を聞かされ続けた。
あの紹介状を取り戻すためにどれだけの苦労をしたか、とか。
何故お金が欲しいなら素直に商会にいる美少女のところまで来ないのか、とか。
服が相変わらずダサいのは何故なのか、とか。
紹介状に関係あることからないことまで。
チャムの気迫もあって、俺はそれらの説教を甘んじて受ける。
そうして最後に。
「痛っ」
何かが顔に投げつけられる。
地に落ちたそれを拾い上げてみれば、いつぞやに見た小さな袋。
中を開けてみればやはり金属のプレートが入っていた。
「次にそれを手放したらこの美少女と言えども本気で許しませんから!! ラミスさん、オレンジジュース美味しかったです!」
そんな捨て台詞を残して、チャムは店を出ていく。
残されたのは店の清掃をしているラミスと俺、そしてチャムの紹介状。
俺は彼女から貰った紹介状を確かに売った。
とは言え俺だって馬鹿じゃない。
それを売ればあの少女がどう思うか、俺がどう思われるか考えた。
少女は怒るかもしれない、俺は嫌われるかもしれない。
ただそれを考えた上で気づいたんだ。
『まあ別にいっか!』と。
そんな風に軽い気持ちで紹介状を売っぱらった結果、考えた通りになった。
だが予想外だったのはもう一度紹介状を渡して来たということ。
俺が思ってる以上に、彼女は俺に気を使ってくれているのかもしれない。
なのに俺はティーの指示に絡んでいたから、と言う理由で彼女を毛嫌いしている。
もうちょっと優しくしてもいいのかもな。
俺は手に持った金属のプレートをギュッと握り締めて立ち上がる。
そして扉の方へ向かって一歩二歩と。
「あ、次にその紹介状を売ったりなんかしたら、うちの宿からも追い出すから。そのつもりでね?」
「そ、そんなことするわけないだろ全く」
くるりと180度回ってUターン。
元の席に戻って着席する。
「なら良いんだけど。どこか行くつもりだったんじゃないの?」
「いつも通り街のゴミ拾いや困ってる人がいないか、パトロールに向かおうと思っただけだ気にするな」
「そんないつも通り一回も見たことないんだけど」
ラミスの言葉に対して、麦酒を飲んで聞こえないフリ。
今この宿の俺の部屋には買い揃えた沢山の像が綺麗に並べられており、元の自室を思わせるような快適スペースと化している。
多少我慢をしたとしても、追い出されるわけにはいかない。
紹介状はしばらく手元に置いておこう。
そう思ってバゲットを囓った時、聞きたくなかった電子音が。
ピコン。
次いでメッセージが表示される。
====================
【ティーレリアが教える世界の救い方!】
STEP3:店にやってくる次の客に絡もう!
〈備考〉
失敗した場合はルアの所持している像を一つ破壊します。
今回の破壊対象は、コレだっ!!
====================
くそっ、まだ俺を諦めてなかったのかよ。
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