お待ちどうサマァ!

 俺がこの世界に放り込まれてから一ヶ月が経過した。

 未だ俺は元の場所へと帰れておらず、魔法世界にその身は置かれたまま。

 それどころかSTEP3以降の指示も全くなくて完全に放置状態。

 俺のことを諦めたのなら早く呼び戻して欲しいんだが。


 特に何を強いられるでもなく、自分から何かをするでもなく。

 ただ自堕落に過ごしたこの一ヶ月を振り返るのは簡単だ。


 まず昼過ぎに起きて酒場にいく。

 飯を食いつつ酒を飲む。

 ポニテ美女にセクハラを働く。

 像を見ながら酒を飲む。

 絡んできたチンピラをぶっ飛ばす。

 酒を飲む。

 酒場が閉まったら部屋に戻って寝る。


 この繰り返し。

 あとは追加で像を買いに行ったり、部屋に飾ってる像を磨いたりするぐらい。

 よく考えれば元の世界の自室にいた時とやってることは変わってないな。

 違うのはゲームの有無と像の数ぐらいだ。


 ちなみに絡んできたチンピラはちゃんと店の外に連れ出してぶっ飛ばしてるので、店内で揉め事は起こしていない。


「麦酒となんか塩気のあるパンをくれ」


 いつの間にか定位置になったカウンターの隅。

 そこに腰を下ろして朝飯を注文する。


「まーたこんな時間に起きて来てお酒?」


 横に立ってやれやれとこちらを見るのはラミス。

 例のポニテ美女だ。

 一ヶ月経ってもそのむっちり具合は相変わらず。

 ただ随分と小言が多くなって来た。


「うるせえよ、こっちは客だぞ。いいからさっさと持ってこい」


「ほんっとルアってそう言うセリフが似合うよね」


「馬鹿にしてんのか?」


「パン、ベーコンとチーズ挟んだバケットでいい?」


「卵も入れてくれ」


「あいよー」


 注文を書き記した紙と共にカウンター奥へと消えていくラミス。

 彼女とまったり会話などしてる余裕があるのは、店に今客が俺しかいないから。

 お昼時も過ぎた午後に入りたての時間。

 人気酒場とは言え、この時間はいつも人が少ない。


「はい麦酒」


 ドンっとテーブルの上に木でできたジョッキが置かれる。

 俺は何の躊躇いもなく持ち手を掴み、その中身を呷った。

 しっかりと冷やされた麦酒が喉を通り、胃にまで到達していくのがわかる。


「っぷはぁ! やっぱり寝起きは冷えた麦酒だな!」


 寝てる時に出た汗によって少しじっとりとした体。

 その気持ち悪さを吹き飛ばすと同時に、ガンガンと痛む頭にも冷気と潤いを与えてくれる。

 冷えた麦酒こそ朝の至高。

 どの世界においても変わらぬ真理だな。


「昨日は『寝起きはあったかい蜂蜜酒だな!』とか言ってなかった?」


 ラミスはカウンターから再び出て来て、俺の横のテーブルを拭き始める。


「言ってない言ってない」


 まさかそんなわけあるものか。

 俺は明日だって明後日だってずっと朝は冷えた麦酒を飲むさ。

 不変の真理だもの。

 そんな思いを込めてラミスのお尻を撫でる。

 誤魔化しにかかってるとかそういうのじゃなくて。


「またそうやってお尻触って誤魔化そうとする」


「…………」


 付き合いが長くなるというのも面倒なものだ。


「大体、一ヶ月も触ってて飽きてこないの?」


「全然。像をずっと磨いたり眺めたりするのだって飽きないだろ? それと同じだ」


「ちょっと例が特殊過ぎて全く理解できないかな」


 真顔のまま答えてみせるラミス。

 依然としてお尻を撫でられているのに、特に表情に変化はない。

 こいつはちょっと飽きたというか慣れ過ぎじゃないだろうか。


「何? じっと私の顔見て何かついてる?」


「いや、ケツ撫でられてんのに真顔ってのもどうなんだ」


「だって他に客もいないし、触ってるのはルアだし。恥じらったりする必要がなくない?」


「触ってるのが他の客だったら?」


「人によるかな。新しく常連になってくれそうだったりしたら、ちょっと可愛く照れてみたりするかも」


 俺が最初に触れた時はどうだったか。

 少なくとも可愛く照れたなんてことはなかった気がする。


「健全な酒場とか言ってたのはどこ行った」


「そりゃあ横に座って酌しろとか、過度に触れて来たら怒るけど、お尻撫でられたぐらいで毎回怒声上げてたら酒場なんてできないし。他の子のためにも注意はするけどね」


 つまりはお尻を一回二回撫でられるぐらいは仕事の内だと。

 とんだ健全酒場だな。


「おい店主! 従業員のケツ触らせて繁盛して嬉しいか! このクズ野郎が!!」


 カウンターの向こう側、さらにその奥へ向かって叫ぶ。

 すかさず拳大の物体が顔面に向かって飛んできた。


「うおっ!?」


 なんとか右に逸れて回避。

 飛来物は後ろの壁にぶつかってパァンと弾けた。

 粉々になった欠片からかろうじて何か食材だったことがわかる。


「誰がケツなんて触らせてるカァ!! 俺は一切許可なんて出してねぇゾォ!!」


 ヌッとカウンターに姿を表したのは青い肌のオーク。

 名前はガリゴルフ。

 最初俺が来た時には不在だったが、この店のオーナーだ。

 基本的には調理担当で店の表側には出てこない。

 その証拠というわけでもないが、店のカウンターは巨漢のこいつには小さすぎる。

 今も体を縮めてぎっちりという状態。


「危ねえだろうが!」


 俺は真っ当な批判を目の前のオークへとぶつける。


「黙レェ!! てめえがふざけたこと抜かしやがるからだろうガァ!!」


「だからって飲食店のオーナーが食べ物投げるか普通。勿体ないとか食材に悪いとか思わねえのか!」


「ハッ! さっき投げたのはお前が注文したバゲットだよお待ちどうサマァ!」


「ふざけんじゃねえぞ!? 今すぐ作り直せこの豚!!」


「お、おま……」


 青くでかい顔を赤くしてこちらを凝視するガリゴルフ。

 豚によく似た造形だが牙や耳が発達しており、通常想像する豚に比べて大きい。

 そんな彼の凄みは中々に迫力があって、以前みた金髪デブなど比べ物にならないくらいだ。

 ただし今は激昂から顔を赤くしているのではなく――


「きゅ、急に褒めんじゃねえヨォ! しょうがねえな今作ってくるから待ってロォ!」


 ――ただ単に照れているから。


 オークにとって『豚』というワードは侮辱ではなく、褒め言葉だった。

 なんでもオーク達の故郷では豚を神の使いとしてるだとか。

 なので『君は豚のようだね』と言えば『君は神の使いのようだね』と彼らの頭の中では変換される。


「ああくそイライラする!」


 俺はもちろん褒めたくて豚と言ったわけじゃあない。

 誰があんな野郎の照れ顔なんて見たいものか。


「豚って言わなきゃいいのに」


 カラカラと笑うラミス。


「あの顔見てたら自然と出てくるんだよ」


「ふーん? まあいいじゃん新しく作ってもらえるし、店長も傷つかないしみんなハッピーで」


「あんなグロ顔見せられてハッピーなもんか」


 苛立ちと共に木のジョッキを傾ける。

 しかし中から溢れてくるものはなく、空っぽだ。


「ラミス、麦酒!」


 彼女の方へと空になった入れ物を突き出す。


「はいはい、ちょっと待ってて」


 それを受け取ってあのクソ店長が消えていった方へとラミスも歩いていく。

 冷えたものはカウンターには置いておらず、奥で一括に保存してるらしい。

 俺は頬杖を着きながら次の酒を待った。


 そんな中、カランコロンと扉の開く音が。


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