当たり前に揉む

 店を出ていこうとする金髪デブ達とポニテ美女。

 俺はその背中に声を掛ける。


「おい、ちょっと待て」


「……あぁ? まだ何か文句あるのか? ったく自分が女に庇ってもらったのもわかんねえのか腰抜け」


 金髪デブが不機嫌そうな顔をして振り向く。

 何を言ってるんだこいつは。

 自意識過剰も程々にしてほしい。


「誰がお前なんか呼び止めるかデブ。俺は横のポニテに話しかけてんだよ」


 金髪がデブという言葉に反応して何やら言い出しそうだったので、力を使って無理やりに口を塞いでおく。


「わ、私?」


 驚いたように自分を指差すポニテ美女。

 血色のよかった顔は少し青く染まっていた。


「ああ、お前だよお前。ふざけやがって」


「べ、別にふざけてなんてッ! こいつら最近度々問題起こしてるし、店長も今いないから私が店を守らなくちゃって……!」


 何やら店の事情を語り始めたが、俺には全く関係ない。

 俺がしたいのはもっと真剣な話だ。


「そんな事はどうでも良い。お前、俺に言ったよな?」


「……?」


 思い当たる節がないのか、ポニテ美女は首を傾げる。

 だが俺はしっかりと覚えているぞ。

 今日の夕方頃のことを。


 店に入り宿と食事を頼むため交わしたポニテ美女との幾ばくかの言葉。

 その時確かに彼女は言っていた。


「お尻ひと撫で100万ケイラだって」


「…………は?」


「なのにそこの金髪デブは揉め事を起こさないだけで、撫で放題揉み放題だと? ふざけんな!! 俺も撫で放題にしろよ!!」


「そんな話!? い、今この状況で言うことなのそれ!?」


 身振り手振りを使って大袈裟に反応してみせるポニテ美女。

 今言わなきゃいつ言うっていうんだ。

 そう思っての発言だったが、俺以外のやつは他の一般客も合わせて驚き、そして呆れた表情を見せていた。


「で、どうなんだ? 俺だけひと撫で100万のままなのか? それとも俺も大人しくしてれば撫で放題なのか? どっちなんだよ!!」


「あぁもう、うるさい!! そんな状況じゃ無いって言ってるでしょ!? そんなに言うならこの下衆達をどうにかしてみてよ!! そしたら幾らだって触らせてあげるから!!」


「――言ったな?」


 言質はとったぞ。

 俺は数歩踏み出して金髪デブの前へ。

 口を塞いでた力を解除して自由に喋れるようにしてやる。


「ッ!? はぁはぁ……な、なんで急に口が動かなくなったんだ……? お前の仕業か!?」


「『もう今後一切この店で揉め事は起こしません』。ほら言ってみろ」


「ふざけんな俺の質問に答えろ!!」


「はいちがーう、やり直し。『もう今後一切この店で揉め事は起こしませんし、なんなら店にも来ません』、だ」


「このッ!!」


 最初向かい合った時と同じように腕を振りかぶる金髪デブ。

 違うのは反対側の腕にポニテ美女が携えられていることか。

 俺はサイコキネシスで金髪デブの動きを止める。


「なんっ、だ!? こ、今度は体が動かねえ!? くっ、このっ……!」

 

 必死に体を動かそうともがいているようだが、全くもって動いていない。

 声だけは出ているので、出来の悪いパントマイムを見せられている気分だ。

 この力に捕まって無理矢理抜け出せるとしたらそれはもう救済者レベル。

 まさかこんなチンピラがどうにかできるものか。


「ほれ、こっち来い」


 金髪デブの腕を動かして、ポニテ美女を開放してやる。

 何が起きているのか全く理解できてない様子の彼女だったが、俺の手招く様子を見てトタタッとこちらに駆け寄って来た。

 もちろん下っ端の動きも止めているので、誰かに邪魔されるなんてこともない。


 ポニテ美女が側まで来たのを確認し、再び金髪デブに話しかける。


「よしじゃあ言ってみようか。馬鹿なお前のためにもう一回おさらいだ。『もう今後一切この店で揉め事は起こしませんし、なんなら店にも来ません』。復唱!」


「だれが言うかっ!! 魔力が切れたら覚悟しろよテメェ!!」


「はい色々ちがーう」


「ぐぅッ!?」


 金髪デブ達に圧力をかけて床へと押しつぶす。

 その時何人かは体が重なったので骨やらが折れたかもしれないが、特に気にすることでもない。

 俺はゆったりとした足取りで地面に伏した金髪デブに近づき、その頭を踏みつける。


「俺にお前達みたいなエネルギー切れは存在しないんだよ。いいからさっさと言え」


 力をかけてミシミシと。

 頭蓋骨の軋む音が足に伝わってくる。


「あぐがぐぐッ!? わ、わかった!! 言う、言うから足を退けてくれ頭が割れる!!」


 俺は無言で足をあげた。


「も、もう今後一切この店で揉め事は起こしませんし、なんなら店にも来ません。こ、これで良いだろ!?」


 ちゃんと言っただろうと恐怖と敵意の混ざった目でこちらを見る金髪。

 そんな男に対して俺は笑みを向ける。

 そして金髪が助かった、と安堵したところでもう一度足を振り下ろした。

 今度は足に軽く火を纏わせて。


「あぢぃいいい!? な、何で!? 言われた通りにしただろうが!?」


「全っ然違うな。俺は『もう今後一切この店で揉め事は起こしませんし、なんなら店にも来ません。もちろんもってるお金も全部差し出させて下さい』って言ったはずだ」


「なっ!? さ、さっきと違――」


「早く」


 足に纏わせる火力を上げる。


「ぐっ!! も、もう今後一切この店で揉め事は起こしませんし、なんなら店にも来ません。もちろんもってるお金もぜ、全部差し出させて下さい」


 男の目から反抗的な意思は消えていた。

 あるのは『このままだと殺される』という恐怖のみ。

 まあこんなもんで良いだろう。


「そこまで言うならしょうがないな全く! 貰ってやらんこともないぞ、とっとと有り金を全部出せ」


 金髪から足をどけて手近な椅子にどっかりと座る。

 横にいたポニテ美女の方から「なんかどっちが悪党だったのかわからなくなってきたな……」と聞こえて来たが、酷い言い草だな。

 俺は頼まれたことをやっただけなのに。


 目の前でポケットやら鞄から金目のものを出していく金髪達。

 途中で馬鹿みたいに殴りかかって来たやつがいたので、店の外まで吹っ飛ばしておいた。

 もちろん財布は回収して。


「じゃあもう出てって良いぞ。二度と来るなよ」


「は、はい。すみませんでした。し、失礼しますっ」


 金髪を筆頭に店の外へすごすごと出ていく。

 何人かは負傷して足を引きずっていたり、肩を貸してもらったりしているが、まあ命に別状はないだろう。

 治癒精霊とやらがいるこの世界なら顔の火傷も問題なく治るはず。

 俺の優しさに感謝してほしい。


 最後の男が出ていき、カランコロンと扉が閉まる。

 俺は近づいてくるポニテ美女に気づいて立ち上がった。


「よし!」


 そして胸を揉む。


「……本当に揉むんだ」


「当たり前だろ」


「まあ、良いけどさ。ともかくありがとう、ね! 助けようと思って結果的に助けられちゃったな」


「気にすんな。こっちも下心があってのことだし」 


 俺は胸を揉みながら爽やかに答える。


「……確かに下心が満載なのは私が一番わかるや。それにしても強いんだ。見た目は変な格好の冴えないお兄さん?おじさん?な感じなのに」


「放っとけ。俺のいたところではこの格好が一番クールなんだよ。あとわざわざ言い直さなくてもお兄さんで良いだろ」


 俺は胸を揉みながら不満そうに答える。

 格好に関して全力で否定するティーやその他諸々の姿が一瞬頭に浮かんだが、すぐに掻き消した。


「ヒゲとかちょろちょろ生やしてるから、そう見られたいのかなって思って」


「これはただ剃ってないだけ」


 俺は胸を片手で揉みながら、反対の手で自分の顎を触ってみる。

 するとジョリッとした感覚が。

 そろそろ剃らないとな。


「……胸揉むの、止めてもらって良い?」


「……何で?」


 揉み放題撫で放題と言う約束だったはず。


「何でって、ほら、その……店ももう閉まるし!」


「なるほどな?」


 俺は掴んでいた胸を放して、その余韻とともに宙でワキワキさせる。

 揉み放題撫で放題は営業時間中のみか。

 サービスの一環と考えればおかしな話ではない。

 絞り出すように言った気がするが考えないでおこう。


 外を見れば確かに少し明るみが。

 一日目から随分と長くこの場所で飲んでたようだ。

 今は色々あってさっぱり酔いが覚めてしまってるが。


「そう言えば俺、誰かと飲んでたような……」


 確か随分と酔いが回って来た頃に像の自慢がしたくて……。

 そうだ、隣の冴えない感じの男に話しかけたんだ。

 それでそいつが俺の像にケチをつけて来たからぶっ飛ばしてやろうと立ち上がったところで、あの金髪デブ達が騒ぎ出した、と。

 しっかり思い出したぞ。


「お、お先に失礼しまぁすぅ……」


 男が一人、ペコペコしながら扉に向かおうとする。

 その肩に俺は手を置いた。


「おいおま――」


「生意気言ってすみませんでしたぁ!! 百年間像について聞かせてください!!」


 流れるような所作で地面に頭を擦り付ける男。

 そのあまりに綺麗な土下座を見て、不覚にもちょっと感動してしまった。

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