お尻ひと撫で100万
俺はご機嫌な足取りで副都ネルアルアの道を歩く。
手には追加で貰ってきた酒と、新しい像。
チャムに言われた通り、遠慮せずたんまりと貰ってきた。
像に関しては売り物としては置いてなかったので、飾っていた一つを拝借。
恐らく精霊樹をモチーフとした太々しい大樹の木彫り像で、表面には特殊な塗料でコーティングがなされている。
俺はこの世界の精霊樹を目にしたことはないが、恐らくこれにそっくりなのだろうと思わせるほどの力強さがこの像にはあった。
思わずその茂みに顔を埋めて大きく息を吸い込みたくなるほどだ。
早くこの像を肴に酒が飲みたい。
夕暮れ時で人の多い雑踏を早足で進んでいく。
目指すのはチャムを背負ってる時に目星を付けていた酒場宿。
むっちりとした美女が給仕しているのを確認済みだ。
そうして進むこと数分。
酒場宿に到着してその入り口を潜る。
カランコロン、と軽快な音が扉から聞こえてきた。
「お、いらっしゃーい! 宿かな? 食事かな?」
客へ料理を運ぶ途中だったウエイトレスがこちらに顔だけ向けて訪ねてくる。
チャムよりも暗い茶毛のポニーテールで、鼻のあたりには少しのそばかす。
大きな胸とお尻は一歩間違えば太ってると勘違いされるギリギリのバランスを保っていた。
遠目から確認したあの美女だ。
「どっちもで。部屋は一番広いところを頼む」
「今空いてるところで、ってなるけどそれで良い?」
「ダメって言ったら追い出してでも空けてくれるのか?」
「あははっ、そんなわけないじゃん。一応そう言っておかないと、後で文句を言われても困るからね」
あっちの部屋が広いじゃねえか!と。
俺がそんなクレームを言うやつに見えるんだろうか。
実際目にした時、言わないと自分でも保証できないのが恐ろしい。
それにしてもこのポニテ美女、随分と馴れ馴れしいな。
それでいて嫌な感じもしない。
まさしく接客のプロ。
「今空いてるところで一番広い部屋を頼む。これで良いか?」
「おっけー。じゃああっちで鍵を受け取って。食事の方はどうする?」
「荷物を置いたらすぐ降りてくるから、席を取っといてくれ」
「りょーかい!」
ポニテ美女が奥の方へと叫んで情報を伝える。
どこどこの部屋の鍵を渡して座る席はどうのこうの、と言った具合だ。
必要事項を全て伝え終わると俺に一つウインクを落として、給仕に戻っていった。
去り際の揺れるお尻が大変エロい。
やっぱり女はむっちりだな。
どっかの自称美少女なんて目じゃないぜ。
俺は自分で言った通り鍵を受け取り荷物を置くと、すぐに食事処へと。
ちなみに部屋はそこそこ広い、程度だった。
まあ何百階もある高級ホテルな訳でもないし、街宿ならあんなもんだろう。
置いてきたのは酒と金の大半。
少し無用心だとは思うが、一応金庫があったのでひとまずその中へ。
もし奪うような奴がいたら生まれてきたことを後悔させてやろう。
「あ、戻ってきたね。じゃあそこのカウンターに座って」
食事スペースへ入ったところで再びポニテ美女と出くわす。
言われるがままカウンターの隅っこへ。
「はいこれメニュー」
木の板で挟まれたメニューを受け取った。
開いてみると料理の名前とそれを表す絵が。
名前も絵も全て手書きで、結構な手間がかかってそうだ。
「このなんか肉々しい奴とあとこっちのスープ。えーっと、つまみはどの辺だ?」
「それならこの辺りのがそうかな」
メニューがポニテ美女の手でめくられ、その中の右下辺りが指差される。
「じゃあこの辺のつまみを全部。それとおすすめの酒を適当にくれ」
「あいよー。じゃあしばらくお待ちを!」
手元に注文を書き終え、ポニテ美女が背を向ける。
同時に現れたお尻をワンタッチ。
「あ、こら! お金とるよ!」
素早く振り向いてこちらにしかめっ面を見せる。
その時確かに胸が揺れた気がした。
「金払ったら触らせてくれんのか?」
目の前で手をワキワキさせてみる。
「そりゃもちろんっ。ただしひと撫で100万ケイラからね」
「ぼったくりもいいとこだな」
「それだけの価値があるってことよ。ほらほら、どうする?」
ポニテ美女はわざとこちらにお尻を向けて左右に振ってみせた。
この店の制服らしい緑のエプロン越しでも、その形の良さが伝わってくる。
「馬鹿にするのもいい加減にしとけよ。俺が金を払わんと女のケツも触れない冴えない男に見えるか?」
「……とか言いつつお金が差し出されてるんだけど?」
おっと。
気づけば右手に100万ケイラが握られていた。
金がいっぱいあるってのは怖いもんだ。
「いいからさっさと注文伝えてこい!」
突き出された尻を叩く。
割といい音が店内に響いた。
今が混雑時じゃなければ、多くの視線を集めることになっただろう。
「痛ったぁあい!! 後で本当に100万貰うから!!」
捨て台詞と共にポニテ美女が去っていく。
その時手は痛みを和らげるようにお尻をさすっていた。
そんな注文を経て十分ほど。
俺の前には料理と酒が運ばれてきていた。
本格的に店が混んできたようで、残念ながら持ってきたのはポニテ美女ではなく別の店員。
彼女はやっぱり人気なのか色んなところで話しかけられて、笑顔を振りまいていた。
店の料理は美味く、蒸留酒に酸味のある香料を加えた酒も悪くない。
よく考えればちゃんとした食事を摂ったのは、この世界に来る前。
しかも昼に起きてそのまま別世界に叩き込まれたので、一日近く何も食べてないことに。
それに気づいてからはより一層食事が進んだ。
もちろん酒も。
「だぁかぁらぁ、ここの枝と枝の隙間があるだろぉ? ここから覗いてみればわかるようにだなぁ、しっかりと中も作られていてなのに上に継ぎ目もないんだよぉ。これがどういうことかわかるかぁ?」
俺は隣の知らない男に今日買った像の素晴らしさについて説いていた。
理由なんてない。
ただ説かなきゃいけないと思ったんだ。
酔ってるとかではなく。
「色んな隙間から小さな細工具を入れて彫ったんだろ!! もうその話は十回ぐらい聞いたから!」
「よくわかったじゃねぇかぁ。じゃあここに枝と枝の隙間があるだろぉ?」
「か、勘弁してくれ! 永遠興味ない話を聞かされる身にもなってみろ!」
「あぁ!? 俺の像に興味がねえだと!? じゃあ何しにここへ来たんだよ!!」
「酒と飯を食いに来たんだよ!!」
俺が立ち上がるのに合わせて男も立ち上がる。
こっちはこの像を肴に五時間以上飲んでんだぞ。
その像に向かって毛ほども興味が湧かないとか言いやがって。
ぶっ飛ばしてやろうか。
俺たち二人が向かい合い、互いの胸ぐらを掴もうとした辺りで背後からガシャン!と大きな音が。
続けて怒鳴り声が聞こえる。
「困りますじゃねえんだよ!!」
何やら揉め事が起きている様子。
全く、静かに酒も飲めねえのか。
俺は注意すべく声をあげた。
「うるせぇぞ!! 大人しく出来ねえなら家でママと石膏像でも作ってろクソガキが!!」
それに釣られるようにして、目の前の男も注意を叫ぶ。
「そうだうるせぇんだよ! 大体こんな時間にガキが出歩いてん……じゃ……」
しかし何故か尻すぼみになり、最終的にはゆっくりと椅子に座ってしまった。
そして俺の袖を引いて座れと小声で促してくる。
「なんだどうしたぁ?」
「いいから座れって! 全然ガキじゃねえじゃんかよ! 俺達まで絡まれるぞ!」
確かに見た目はやたらと恰幅のある金髪デブのおっさん。
同席している奴らも童顔かと言われれば否定せざるを得ない。
でもこっちは百歳超えてんだぞ?
ガキみてえなもんだろ。
ただあまりにも目の前の男が必死だったので、とりあえず俺も座る。
絡まれたくない、ということならもう遅そうだが。
金髪デブがのしのしと歩いてきて、俺達の後ろで止まる。
「おいおいおい、誰がガキだって? あぁ!?」
「ガキじゃねえよ。クソガキって言ったんだ。ここまで歩いてくる間に記憶が飛んだのか? あぁん!?」
俺は再び立ち上がって金髪デブを睨んだ。
その時チラッと視界に、地面にへたり込んでいた女性従業員を助け起こすポニテ美女の姿が。
あの従業員が元々絡まれていたのかもしれない。
ポニテ美女はその従業員に下がるよう促すと、こちらの様子を見てため息と共に頭を抱えていた。
「ふっ……ざけやがって!! ぶっ殺されてぇのか!?」
無駄に太い腕を振りかぶる金髪デブ。
触れた瞬間消し炭にしてやる。
そう思ったのだが、横から制止の声がかかった。
「ちょっと待って!」
「あぁ!? 次から次へとなんだ!?」
声を上げたのはポニテ美女だ。
俺と金髪デブの間に体を滑り込ませてくる。
「これ以上店で暴れられると困るの。他のお客さんだっているんだから、お代はいいからもう出てって」
「出て行けだと!? 元はと言えばこの店のサービスが悪いせいだろうがっ!!」
「ここは健全な大衆酒場宿、女の子の体を触らせるようなサービスはやってないの。そう言うのが望みなら色街にでも行ってくればいいでしょ?」
どうやら従業員にセクハラを拒絶されて騒いでたらしい。
なんて醜いヤツだろうか。
「ハッ! そんなナリで金も払わず女のケツを撫でようなんて考えが甘ぇんだよ!」
「ちょっと貴方も黙ってて貰っていい?」
「はい、すみません」
強烈な圧力を感じて思わず素直に謝る。
彼女の顔には『お前が言うな』とはっきり書かれていた。
「わかったわかった。じゃあ今日は勘弁して帰ってやる。ただ――」
金髪デブがポニテ美女の体を上から下へ舐め回すようにして見る。
そして近くまでやって来た手下っぽい奴らに下卑た笑みを向けると、そいつらもニヤニヤと笑い始めた。
「……何?」
「代わりにお前の体をちょっと貸してくれよ。それでもう今後一切この店で揉め事を起こさないと約束してやる。悪くない話だろ?」
「ッ……この下衆!」
「おうおう、可愛らしい罵声だこと。で、どうする?」
手下も含めてどいつもこいつもヘラヘラと。
俺の事はもう忘れたのか完全に眼中にない。
ちなみに最初俺と一緒に声を上げた隣のやつは、必死に顔を背けて知らない振りをしている最中。
どうせポニテ美女は下衆な申し出を断るだろうし、まだこのいざこざは続きそうだ。
俺もなんかシラけて来たから別の酒場にでも行って飲み直すか。
しかしそんな俺の予想は見事に外れた。
「……わかったわ。胸でもお尻でも好きに触れば良いじゃない。その代わり約束は守ってよ?」
「ああ、もちろんだ。じゃあちょっと一緒に裏へ行こうぜ」
まさかの承諾。
ポニテ美女の肩に金髪デブが手を回して店の入り口へと歩き始めた。
その周りを下っ端たちが囲って進む。
ふざけんなよ、そんなの許せるか。
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