第1話 ようこそ、新世紀へ(8)

二、ハルとカスミ。オリヴェルと青い彗星。(4) 



 X-19Aのコックピット内。

 コックピットシートに寛ぐリアムは不意に誰かの視線を感じて、艦長室の強化ガラスを振り返る。


 執務椅子に座っているノルデン艦長の右腕が、力なくフワフワと無重力に遊んでいるのが見えた。


 ――その横には、姿勢を正し敬礼して動かない一人の女の姿。


 ゾクリと胸を締め上げるほどの覚悟を、その眼差しから感じとる事ができる。


「『名無しのエージェント』ってヤツか」


≪――出撃コード確認。起動シークエンス再開≫


 コックピット内に、AIの無機質な音声が響く。

 X-19Aの独眼が不気味に青白く光る。


「いいさ、答えてやるよ。その覚悟に――」


 平面的な装甲で覆われた両胸に大きく開いた廃熱ダクトから、


 ――ジュジュッ


 と二回、高熱の蒸気をうつ伏せに吊り下げられたまま真下に噴き出すと、グングンと力強くその体躯を動かして、機体を宙づりにしている金属フレームを引きちぎった。


「――少佐。ご武運をお祈りしております」


 動き出したX-19Aを窓から見下ろした女は、そう呟く。

 

 女はユラリと体を返すと動かなくなったノルデンの体を見つめ、キュッと唇を固く結ぶ。宙を漂う右腕を大切に、愛おしそうに、抱きしめて肩を震わせた。


 着火したテルミットが火花を散らし、艦長室の扉をなぞるように一周する。

 切り離された扉を盾のように押し出し衛兵部隊が室内に流れ込んだ。


“抵抗するなっ! 両手を挙げろ!”


 女はフッと唇の端を吊り上げ、目を閉じる。

 左手に握ったハンドガンを、ヘルメットの隙間から自らの顎もとに滑り込ませた。


 握られたハンドガンに咄嗟に反応を示した、数人の衛兵部隊が構えるサブマシンガンの銃口から、無慈悲にも大量の弾丸がオスカルスーツを着た女に浴びせられその体を引き裂く。

 顎に突き付けた女の銃口は遂に、弾丸を発射することはなかった。


 見上げた強化ガラスに跳ね返る大量の血しぶきを見たリアムは、コックピット前面に向きなおる。


“こちら管制室! ノルデン艦長へ!

 テストベッドが起動しています! 艦長、許可を出されましたか?”


 航空管制室から艦長室に確認の連絡が入る。


“ホワードだ! 管制室へ。

 反乱だ! テストベッドを外に出すな! ハッチをロックしろ!

 カタパルトデッキで閉じ込めるんだ”


 艦長に代わって、ホワードが答えた。


“え!? りょ、了解!!”


 狼狽した管制官の声。


“いったい、何が起こっているんだ?”

 

 アンダーウッド機付き長は、カタパルトデッキで他のセレシオンの出撃準備を進めていたが、突然動き出したテストベッドを見て異常事態を察知した。


“リアム! リアム=シークェル中尉!

 テストベッドから降りろ!! 機体を停止して、テストベッドから降りろ!!”


 コックピットシートに座るリアムを映し出した執務机のモニターに、ホワードが怒鳴りつける。


 リアムはまるでそれが聞こえないような素振りで、淡々とフライトスティックを操作した。


 X-19Aの右腕に装備されたCPライフル(携行型中性粒子ビームライフル)の、ヒンジで折りたたまれた薄い羽のような形の長い銃身が、前方にゆっくりと展開され右腕に装着されたチャンバーと合体すると、ライフルというよりむしろ槍といった形に近いものとなる。


 羽のような薄く長い銃身が勢いよく上下二枚に割れる。


 X-19Aはうつ伏せに、その鋭く成型された爪先をデッキ内の構造物に器用に引っかけ体を固定して動きを止める。


“俺の名前は、オリヴェル=ラウリーン。

 マシュー、アンダーウッド、イクリプスのクルーの皆さん。君たちのことは一生忘れない。長い間、世話になった”


 モニター越しにそう言い残すと、オリヴェルと名乗った男は躊躇なく右手の人差し指でフライトスティックのトリガーを引き絞った。


“っ!! デッキ総員、退避しろぉーーーー!”


 ホワードが叫ぶ。


 アンダーウッドは、とっさに近場にあったハッチに体を勢いよく滑り込ませると、壁に埋め込まれた緊急閉鎖レバーを力任せに引っ張った。


 二枚に割れたライフルの銃身が、稲妻のような激しいプラズマを発生させてチャンバーで光速の30%にまで加速された中性粒子の巨大なエネルギーを、凄まじい閃光と共に発射した。


 器用に引っかけた爪先が、発射の反動でデッキの隔壁に深くめり込む。


 一瞬で真っ白に焼き付いたカタパルトデッキ。


 それを見下ろしていた艦長室もとたんに影を失い、ホワードやそこにいた衛兵隊を飲み込んだ。


 カタパルトデッキの内部構造物を超高熱で融解させながら、台形のデッキハッチを吹き飛ばし、ベイエリアからプロトンビームの光の柱が一直線に宇宙の果てまで伸びていく。


 時を置かずに、X-19Aの青いプラズマ噴射が彗星の如きスピードでそれを追いかけた。


“一番カタパルトデッキ大破! 隔壁緊急閉鎖!! 自動消火装置作動!”


“こちらカタパルトデッキ!! デッキ内の熱が高すぎます。航空要員を避難させます! 指示を請う”


“航空要員やパイロットが数名デッキに取り残された模様!!

 KIA、WIA、MIA複数いる模様。確認中!! メディックをよこしてくれ!”


 各部署に配置されたクルーの、切迫した通信が艦内を錯綜する。


 灼熱のカタパルトデッキは熱で全体的に赤みを帯び、ところどころ歪んだ金属製の内部構造物が、プラズマの炎を立ち昇らせている。


“アダム上級曹長! 姿勢を維持しろ! ベイエリアの内壁に接触するぞ!”


 艦橋にいたエヴァンズが、アダム操舵長に必死の指示を出す。


 凄まじい衝撃でバランスを失ったイクリプスの船体が、カタパルトデッキに空いた台形の穴から豪炎を吹き出しながら、大きく右斜め前に傾斜していく。


 船体を固定していたベイエリアの係留アームが引きちぎれて、その部品が豪炎を反射してキラキラと美しく宙を舞った。


 イクリプス艦内が混乱に陥る。


“クソっ! 目が見えん。イクロー!”


 光線の直撃を受けて視力を失ったホワードは、うずくまって左腕のソケットに装着された、イクローを呼び出した。


≪ガッテン?≫


 切迫した状況に似合わない、悠長な返事が返ってくる。


“ダイソン副局長につなげろ!! 秘匿緊急回線206番っ”


≪ガッテン! ――秘匿緊急回線でダイソン副局長にお繋ぎいたします――≫


“――ホワード大尉。緊急事態だな”


 いつもなら十コールほど費やしてやっと繋がる回線だったが、今回は一回目のコールが終わる前に繋がった。


“はい。申し訳ありません。イクリプスは無事ですが、X-19Aを奪われました。

 それと、ノルデン艦長が戦死されました”


“なるほど、テストベッドの緊急停止コードはノルデンか

 相手はかなりのやり手だな”


“はい。ですから、イクリプスの全権を私に下さい。このままではこの艦もろとも、敵の手に落ちます”


“分かった。統幕に君を、臨時艦長代行に就任させるように進言しよう。

 ただし臨時とはいえ、艦長職の引継ぎとなると、正式な事務手続きをとばせん。

 できるだけ尻は叩くが、時間がかかる”


“どれくらい掛かりますか?”


“本来なら一週間といったところだが10分で通す。

 君にばかり、苦労はさせられないからな”


“助かります。

 あと苦労ついでにもう一つ、オリヴェル=ラウリーンという男を調べてください”


“分かった。火星の諜報員に当たらせる。そちらは任せてほしい。

 それから第4艦隊が、L5コロニー群からL3の応援に向かった。

 事情は説明してある。

 君らはL3を脱出後、所定の座標で第4艦隊と合流したまえ。

 今から出れば、遅くても三、四十日後には合流できるはずだ。そこで補給を受けて、L5を経由して月まで帰還しろ”


 ちなみに、コロニー群に冠したL(ラグランジュ)とはラグランジュポイント=Lagrangian pointの意味で惑星、衛星の公転軌道上に存在する5つの重力均衡点の事である。

 L-3は太陽と地球のラグランジュ点の中で公転軌道上の少し外側に太陽を挟んで地球と常に反対側にあるコロニー群のことを言う。

 地球の公転軌道上には他に2つのコロニー群を配したラグランジュポイントがある。地球から見て六十度ずつ手前側の公転軌道にあるのがL-4とL-5で、さらに地球の衛星軌道上(月の公転軌道上)にL-1とL-2がある。

 その他に、月の衛星軌道上を回転するサイド1と2の小規模なコロニー群があり、火星の公転軌道上の「トロヤ」と火星の衛星軌道上にも地球のそれとよく似た配置でコロニー群が建設されている。


 地球圏国家連合のその勢力が実際に及ぶのは実質L-1~5までのコロニー群とサイド1及び2の小規模なコロニー群と月で、これを「地球圏」と呼んだ。


 反対にコロニー国家連合が勢力圏としているのは、それよりも外側の惑星と、複数のコロニー群になる。


 L-5コロニー群からL-3まで秒速30キロで移動しても約二か月ほどかかるが、L-3からL-5に向かって(コロニー群の公転運動と順当に動くことになるので常識的に航路としてはあり得ない「逆航路」。「順航路」はL-3からはL-4へ公転運動を逆走する航路以外に一般的にはない。単純に距離が短くなり時間が二分の一近くまで短縮できる)第4艦隊をイクリプスから迎えに行けば合流はその二分の一、約一か月後ということになる。その後L-5を経由して、月までとなると公転するコロニー群と天体を追いかける形になるので相当時間を要するが、現状のL-3を経由する事もできないのでそれも致し方ない。


“――その後は?”


 ホワードがたずねる。


“まだわからん。コロニー連合統治下の火星トロヤコロニー群からは、すでに複数の艦隊がL3に向かって出撃したとの情報を得ている。

 恐らく、君の予想通りこのままL3を前線基地として固めてしまう気だろう。

 こちらとしても動ける艦隊は全て補給が済み次第、L5を経由してL3の奪還作戦に組み込まれる。君たちの処遇については、まだ何も決まっていない”


“四十日間――”


“そうだ。その間耐えきれれば脱出できる。

 まずは壊滅した第2艦隊の残存兵力と合流しろ。こちらからは以上だ。

 幸運を祈る――”


“了解……”


 ――<ピピン>


≪――通話を終了しました――

 チェレンコフ光線の直撃で視力の欠如を検知しました。

 ストレスも相当溜まっているようですね。

 マシュー、そろそろ休暇をいただいては?≫ 


 イクローは、ホワードの生活リズムの管理まで担う優秀なAIだ。


“そうだなぁ……。月に戻ったら休暇にしようか”


≪ガッテン! (ホクホク)≫


 何とも無情な命令だが、今はそれが最善策だ。今はとにかくこのL-3からどのように脱出するかだけを考える。その後のことはその後考えればいい。


“ブリッジ! 聞こえるか!! ホワードだ”


“こちらブリッジ、エヴァンズ。副長ご無事でしたか”


 艦橋で指揮を執っていたエヴァンズが応じる。


“視力を失ってブリッジに戻れない。状況はどうだ?”


“あー……。第一カタパルトが甚大な被害を受けた模様。

 出撃待機していたセレシオンが一機大破、パイロット一名死亡。

 他に航空要員で何名か死亡または重傷者がいるみたいです。現在復旧を急いでいます。

 艦自体は主機、補機共に問題なし。消火が終わればいつでも出航できます。

 中性粒子の内側からの直撃でしたが、この程度の被害で済んで幸いです”


“第二カタパルトは?”


“使えます”


“よし。第一カタパルトは破棄しろ。第二カタパルトにセレシオン2機をいつでも発進できるように待機しておけ。

 それからホン通信長。外にいる守備隊に連絡はとれるか?”


“可能ですが。現在、秘匿回線が混雑して使えません。

 通常回線ですと、位置を悟られますよ?”


 ホンが答える。


“構わん。ビームを追いかけて行った機体がいるはずだ。一見、IFF(敵味方識別装置)に応答する味方だが、そいつは反乱分子だと教えてやれ。少しでも混乱が抑えられる”


“ホン、了解しました”


“エヴァンズ。CDCのマキタに、オフラインの機能をすべて開放しろと伝えろ。

 テストベッドの信号を追いかけるように言うんだ。状況は逐一、全て俺に回せ。

 お前らを無事にここから脱出させてやる”


“サー! イエッサー!”


 威勢のいい返事を返すエヴァンズ。


 ――10分か。あれは、間に合わんな。


 X-19Aの機動力とパイロットの腕前から考えて、すでに奪還は不可能だとホワードは思った。


「クソっ。ほんとに、全く持ってクソだな」


 ホワードはそう静かにつぶやくと、全身の力をフゥッと抜いて無重力に体を漂わせた。


 今できることは何もない。しばらくは時間が過ぎるのを待つだけだ。



***



 青い彗星が、戦場のど真ん中を切り裂く。

 No.5コロニーの外はL3を囲うデブリ群の近くまで戦域が拡大して、地球統合軍とコロニー連合軍のセレシオンが小競り合いを繰り広げていた。


「ん? 双方、手を出してこんか。

 なるほど、様子見するつもりか。

 マシューも指をくわえて見逃してはくれまい。

 時間もないし、しゃーない。こちらから仕掛けるか――」


 X-19Aのコックピット内。

 オリヴェルはそう言うと、ヘルメットのバイザーを閉じ、


 “ウェポンセレクト・シーバッズ(CBADS=自律型ドローンによる攻撃支援システム)”

 

 音声認識装置に命令を伝達する。


≪――実弾での『演習』を開始します≫


 AIがその命令に即座に反応し、バイザーのHMDに一機のF-15Rのレーダー反応を光点として表示させた。


 ロックオンしたことを示す連続した甲高いアラームがヘッドセットを震わせる。


 ピーーーー

   ピピピーーー


≪CBADSを自律戦闘モードで展開します。目標F-15R。

 SATELLITE Ⅰ・Ⅱ発射≫


 直進する彗星から、小振りな星が二つ分かれ直角な軌道でそれぞれがバラバラに散らばった。


 時を置かずに、補足したF-15Rのパイロットから無線交信が入る。 


“X-19A! こちらNo.5第4防衛小隊、ゴルフスリー。

 貴公の機体からロックオンを受けている。どういうことか!? 応答を!!”


“X-19A! おい! どういう……あ…ぐ……ジージジ……”


 捉えたF-15Rの光点がHMDから消失し、通信が途絶する。


“コントロールより全機へ。X-19Aは敵だ! 繰り返す! あれは反乱分子だ! 戦闘宙域から出すな! 撃墜――”


 プツリと突然、統合軍の回線から締め出される。


“今頃、無線封鎖か。だが、もう遅い”


 ビビーーッ!


 唐突に鳴り響くロックオンアラート。


≪誘導弾の接近を検知しました。

 自律防御を開始します。指向性ECM・EMP作動。チャフ・フレア発射≫


 簡単に言うとECMとは敵が発するレーダー電波を妨害する装置の事で、EMPとは電磁パルスを利用した電子機器へ意図的にエラーを発生させる装置の総称である。

 この二つを飛翔する誘導弾に照射。そのレーダーを封じて、電子機器を内部から狂わせ、ダメ押しでチャフ(デコイ)を複数発射する。


 二発の誘導弾が、その軌道を大きく逸脱して一つはデブリにもう一つはチャフを目標と誤認して爆発する。


 全天周囲モニターの後方が真っ白に光を放つ。


 その光の向こうから四機のセレシオンが、ライフルを発射しながら直線的な軌道で追撃してきた。

 

 迫りくる攻撃を、デブリを利用してスルスルと器用に躱す。


“そんな距離から! ほんとにあてる気があるのか”


 オリヴェルはガックリと肩を落とした。


 セレシオンによるライフルの射撃は特に宇宙空間では「turn&shoot」が基本だ。

 マニュピレーターに握られたライフルは理論上どの方向にも射撃する事ができるが、機体の正面軸から大きくそれた射撃の方法は、その反動を背部のメインエンジンの出力でカバーする事ができないので、必然的に機体の各所に取り付けられた小型エンジンでそれを補うことになる。

 それは、機体が運動する方向に対してスムーズな軌道直線を描けない無駄の多い動きになるばかりか、射線の大きなブレを生む。

 何万回、何十万回と航空学校で繰り返した、振り向いて(機体の中心軸で)射撃「turn&shoot」であったはずだが、実戦ともなると簡単に押せてしまうフライトスティックのトリガーが、パイロットの判断を狂わせそんな事を忘れさせてしまう。


 ――射撃のうまい奴ほど、正面しか見ない。そして自分の「立ち位置」、「状況」。どこから狙われ、どこに危険が内在しているのかをしっかり予想できる「状況判断能力」。最後は相手が何を考えているかを推測する「心理戦」。

 この三つの要素を織り交ぜ頭をフル回転させ、より早く正解にたどり着けたヤツが勝つ。

 さらに付け加えるならば、機体を操縦する「テクニック」。

 

 ――一体何を教わってきたんだ? 教官に何千発とぶん殴られながら、体に覚えたはずだろう?


 ほんの一瞬、巨大な空母のデブリの陰に完全に身を隠したX-19A、ライフルの射線を切る。

 追いかけるF-15Rの一機。

 射線を無理やりに確保しようとデブリを迂回し、巨大な空母の残骸の裏側を覗いた。

 しかし「いるはずだ」と予想した地点にX-19Aの影はない。

 戸惑うパイロット。


 ――そのデブリの先に、危険がないと何故思えたんだ? そして、何故一機で向かってきた? 


 すかさずX-19Aが全く別の場所に漂っている、デブリの下面から逆さまに、左腕のシールドの先端に装備されたライフルの銃口をのぞかせて五連射。

 

 正確な射撃が、孤立した一機のF-15Rの分厚い胸部装甲板を貫いて爆散する。


“まず一機”


 思わずニヤついてしまうオリヴェル。


“ウソだろ!? いつの間にそんなところに移動した!”


 その光景を見ていた統合軍パイロットが、今度は一筋の青い彗星を絶対に見失うまいと、必死に目で追いかける。


 一瞬星の光が途切れて――


“そこか!”


 ライフルの銃口を、再びキラリと光る星に向けた。


 ――敵に集中しすぎだ。スラスターの光は必ずしも敵を表すモノではない。そして背中がガラ空きだ。


 しかし、そこにあるのは宙を漂い、キラキラと光を放つただのガラス片だった。


 ゾッとパイロットの背筋が凍った。

 コックピットフレームとともに、自らの体が拉げる音が広がった。

 内側から大量の血液とともに破裂するフライトスーツのヘルメット。

 鳴り響く警告音。

 それが、そのパイロットが最後に聞いた音だった。

 

 全く別の角度から、小型戦闘ドローン「CBADS」がF-15Rの背部メインエンジンに30mmセレジウム高速徹甲弾の束をめり込ます。


“残り二機”


 ダメージを受けて機体の内部に熱核融合エンジンの推力が広がる。圧力で、一瞬にしてパンパンに膨らんだ機体が、四肢をまき散らして破裂する。


 残りの二機は半狂乱状態で、ありったけの弾丸をジグザグに独特の軌道を見せる彗星に向かって打ち込む。


 ビービー!

  ビービービビー!!

     ビービー!


 重なる耳障りなアラート。Gで軋むコックピット。


 オリヴェルの額にかいた汗が、Gに踊る前髪を伝ってヘルメット内に飛び散る。


 コックピットの後方から黄色い曳光弾の弾道を感じながら、ランダムな急制動と、急加速を繰り返してそれらをスルスルと躱す。


 巨体を隠すことのできる大きさのデブリをやっと見繕い身を隠した。


“勝てるっ!”


 二機のF-15Rは、ここぞとばかりに追い詰めようとスラスターの出力を上げる。


 ――「勝った」と思っただろう? ――しかしそれは錯覚だ。


 次の瞬間、デブリに身を隠したはずのX-19Aの特徴的なブレイドアンテナが、視界外から目前にズイッと出現する。


 青白く光る巨大な独眼とパイロットの目が合う。


“はぁぁぁ?!!!”


 「――納得がいかない!」といった風な甲高い悲鳴を上げた統合軍のパイロットは、咄嗟にライフルのトリガーを引くが、残弾がもう残っていない。


 ――焦って基本的なことを何も覚えていない。もう一度航空学校からやり直せ。


 間髪入れずにシールドでF-15Rの腹部に一撃を加える。

 突き飛ばされた一機が、もう一機のF-15Rに衝突してバランスを崩す。


 そこをシールド先端に突き出た銃口から一斉射。


 もつれ合った二機は、弾丸の雨を避けることもできず、線香花火に似た火花を散らしながら、その装甲で覆われたパーツをバラバラに飛散させた。


「……こんなもんか。つまらんな」


 バイザーを上げると、たまった汗をコックピット内に散らしながらオリヴェルは呟いた。


 役目を終えた二機のCBADSが、スルスルとシールドのくぼみに収まる。

 オリヴェルは、追撃の第二波がないことを確認してX-19Aの踵を返す。


 僅か2分の出来事――。

 五機のF-15Rは一体に漂うデブリの仲間入りを果たした。



 ――青い彗星は再び加速すると、宇宙のかなたに消えていく。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る