第1話 ようこそ、新世紀へ(5)
二、ハルとカスミ。オリヴェルと青い彗星。(1)
――面白い奴はみんな死んでしまった。
登壇を待つステージの上手で老人はそう思う。
ここまでの私の人生を総括するとすれば「何ともつまらない人生だった」その一言に尽きる。
無難に、当たり前にできることを卆なくこなし、その単純作業を積み重ね、重ねた年の長さだけが認められて今こうしてここにいる。
昔、宇宙で生き残れるヤツの特徴なんて言った者がいたが、
「生まれてから死ぬまでジョークを言い続け、たとえ死んでもジョークを言い続ける。
死んだそいつを思い出そうとしても、ジョークを言ってたことくらいしか思い出せない。
顔も性格も、名前もどんな声だったかすらも思い出せない。
絶望も後悔もない。アドレナリンのネジがぶっ飛んだそんなサイコ野郎だけが、この宇宙で生き残る」
そう言った彼は、後に戦争に出た。
巨大な戦艦で単身、地球に突っ込み流れ星になった。
私が知るかぎりスペースリングでありながら、初めて地球に帰還する快挙を達成したのは、おそらく彼だろう。
名前も顔も声も覚えちゃいないが……さぞかし面白い奴だったのだろう。
――きっとそういう人間こそが、生きて何かを成すべきだったのでは?
老人はこの作戦が立案され実行に移される、今の今までそう考える事がよくあった。
それは一種の劣等感に近いものがあったのかもしれない。
「グリーンヒル院長。そろそろお時間です」
少しスーツの襟を直すと、老人は颯爽とステージに踊り出る。
目指すはステージの中央。人工太陽の朝の光を受け、白く消し飛びそうなほどに眩しく光を反射する演説台だ。
――シャッ シャッ シャッ
――シャッ シャッ シャッ
カメラのシャッターを切る音が、幾重にも重なる。
「……んんっ」
咳払い。短くスピーカーがハウリングする。
「声明文。あー……。
宇宙世紀0121年8月31日。グリニッジ標準時午前5時30分。我がコロニー国家連合は、地球圏国家連合に対し休戦協定を破棄することをここに宣言する。
繰り返します――。
宇宙世紀0121年8月31日。グリニッジ標準時午前5時30分。我が、コロニー国家連合は地球圏国家連合に対し、休戦協定を破棄することをここに宣言します。
――以上です」
――シャッ シャッ シャッ
――シャッ シャッ シャッ
早朝の王立議会記者会見場は、ざわついた百名の記者クラブ員で埋まっていた。
カメラのフラッシュが次々とたかれ、原稿を読むコロニー国家連合の外交戦略院、アレン=グリーンヒル院長の老眼鏡をかけた横顔に何度も反射した。
「ご質問は?」
白髪で深い皺。人工皮膚で継ぎ接ぎの痕が残る額。落ち窪んだ瞳。それとは逆にしっかりと両足で立ち、仕立ての良いスーツを着込んだ老齢の官僚は、どこか得意気に演説台に左ひじをつき無数に上がる腕の一つを選んで、指し示した。
右手で起立するようにと、ジェスチャーでうながす。
手を挙げていた記者の一人が起立する。
「CBCのイーガン=マルティネスです。
グリーンヒル院長、休戦協定を破棄との事ですが、地球圏国家連合と武力による衝突が、あると言うことでしょうか?」
グリーンヒルがマイクに口元を近づける。
「あー。そうだな。今のところ、何とも言えんな。
地球圏国家連合統合軍が無駄な抵抗さえしなければ、衝突はあり得ないだろう。
陛下もそれをお望みではない。意味の無い消耗戦は、するべきでないと私も個人的に思う。
遅かれ早かれ、我々は地球に帰還する。ここでの争いが、我々を止めるための防波堤にはならない。
この戦いは我々にとって意味があっても、彼らにとっては全くの徒労だ。
彼らの死は『無駄死に』に他ならない。なぜなら我々の行く手を絶対に阻止できないからだ」
一寸の間があって
「――私なら、見て見ぬふりをして道を開けるか、その場で投降、もしくは地球までエスコートすることを強くお勧めする。
これに地球産のワインと、葉巻を付けてくれれば言うことなしだが……。
――抵抗することは、極めて無駄なあがきと言える。
骨折り損、もしくは――そう。シシューポスの岩だ。
君もそう思うだろ?」
老人は、ペラペラと甲高い声でよく喋る。一質問すると十返ってくる。
質問した記者を指さして、グリーンヒルが答えた。
「ありがとうございました。グリーンヒル院長」
「――はい。次」
次に指し示したのは、一人の若い女性だった。
右腕を挙げ緊張を隠せない様子で、彼女はおもむろに立ち上がった。
「地球圏国家連合公共放送局のエイミー=ロバートソンです。
質問の機会をいただき光栄です。
グリーンヒル院長。今地球圏では、一連のコロニー連合艦隊による度重なる作戦行動に対し、『挑発行為』だとして各国から非難声明が発せられています。
そこにきて、今回の休戦協定の破棄は、地球圏国家連合として『とても受け入れがたい、重大な発表』と捉えられると思うのですが、それについてはどのように思われますか?」
会見場がシンッと静まり返る。
グリーンヒルは演説台に置いた、水の入ったグラスを口に運び一口飲んだ。
「君はいくつ? 年は? 地球産まれか?」
グリーンヒルが沈黙を破る。
「今年で、23になります。地球産まれの地球育ちです」
ザワッと会見場が、泡立つ空気を肌で感じた。
彼女は額に汗がにじみ出るのがわかったが、拭う事が出来なかった。
「若いのに、しっかりとした良い覚悟だ。
女性というものは宇宙、地球にかかわらず相変わらず、美しく尊い存在だが――肌はやはり、正直、地球育ちの方が美しく見えるな」
グリーンヒルは手に持ったグラスを演説台に置く。
「ようこそ火星の一等地へ。
君の勇気に敬意を表して、私なりに質問に答えさせてもらう。
そうだな――。
端的に言うと『意に介さない』それが個人的な私の答えだ」
彼女は緊張の色を隠せない。
ジッと老眼鏡をかけた老人を見ている。
「私は、今年で88になる。君と同じ23の頃はそう、ちょうど『死の半世紀』の終わり頃だった。
あの頃はまさか、あの死の連鎖が終わるだなんて全く思えなかった。
それからしばらくして、長い戦争があった。それも終わる頃には私は60歳を超えていた。
知ってるか? 『死の半世紀』とあの大戦争。両方を体験して生き延びる事のできる確率は、僅か8%らしい。
どおりで、この会場に知った顔がいないわけだ……。
君、ロバートソンといったか? 火星コロニーのハッチをくぐり、外に出たことは?」
「いいえ」とだけ言って首を振った。
「なら、是非ともコロニーの外に出てみるべきだ。
オスカルスーツで火星の観光スポットを回る、おススメのツアーがある。
地球と何が同じで、何が違うのか。是非とも体験していただきたいね」
グリーンヒルは続ける。
「テラフォーミングだなんて、バカバカしい計画の試算がある。
オスカルスーツ無しで、このコロニーを出ることが出来るのは今の開発ペースで三百年も後だそうだ」
グリーンヒルは、「やってられん」という表情をつくり、
「私は一向にかまわん。所詮、死にかけの世代だ。
しかし、この先の世代に苦労を強い、さらに何世紀も待たすなんてそんな試算こそ受け入れがたい――。
君たち地球の人達は、よく言うだろ? 『自由と秩序と尊厳』だったかな? 私からすればそんなものは、我々を支配するための都合のいいおためごかしだ。
真に『自由と、秩序と、尊厳』を重んじるならば、この一世紀にわたる宇宙進出の人類の歴史を、『失敗』だったと認めるべきだ。
今も多くの人々が、『地球圏』という穴に籠って出てこないのはなぜか?
答えは簡単だ。――宇宙が怖いからだ。
我々にだけそれを強いて、自らは地球からそれを支配する。
さらに地球に帰ることも許されないとなれば、地球に住む人々の非難声明や意向など、『質の悪いジョーク』としか聞こえないのも、当然ではないかな?」
88歳の老人とは思えない闊達さと、力強さを兼ね備えたしゃべり口調だ。
エイミーは、その迫力に圧倒されて何も言えなかった。
「ヒトはね、地上から離れて生きることが出来ない。
宇宙に出てみて、初めてそれを理解した。
可能性? そのようなものは無い。
だからこそ、赤茶けた大地や、金属の大地ではなくて、緑の大地に我々は再び還らなければならない。
それが、死んでしまった者達の願い。
残された私達が、引き継いだ願いだ」
――違うな。
おためごかしているのは「私自身」だ。
私は復讐がしたいだけ――。
――シャッ
――シャッ
――シャッ
カメラのシャッターを切る音が、再び会見場を埋め尽くした。
「はるばる火星までよく来てくれた。
ミス、エイミー=ロバートソン。君の記事を読めるのを心待ちにしている」
――面白おかしく死んでいった、彼らへの復讐。
そう、この宣言は私にかかった呪いを解くための、死んでいった彼らへの宣戦布告だ。
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