第1話 ようこそ、新世紀へ(3)
一、夜明け(3)
AM5:20
――ゴ、ゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴ
巨大なダムが大量に放水している地響きを、間近で聞いているかのような振動だった。
天文学的なエネルギーを放出する小型核融合プラズマ推進エンジンが、背中の装甲越しにコックピットの狭い空間を重低音で埋めている。
全天周囲360°を映し出す高精細モニター。
宇宙の中心に、まるでコックピットが浮いているように見えた。
半透明のホログラムによって投射された四角い情報ウィンドウが、歓楽街の派手な看板の様にパイロットを取り囲んで浮いている。
赤とクリーム2色のフライトスーツを着た、小柄な若い女性がそのコックピットシートに腰かけている。
左右のアームレストには、それぞれ一本ずつのフライトスティック(操縦桿)と、足元には左右に出力を調整する、フットペダルが設置されていた。
彼女は左右の手でしっかりとフライトスティックを握り、複雑に配置されたスイッチを十本の指を器用に動かして、正確に素早く操作する。
さらに両足は、繊細にフットペダルを細かく必要な分だけ調整し、機体のエンジン出力をコントロールしていた。
――私の操作に機体が、寸分の狂いなく答えて来る。
操縦席に座りながら感じる。
HMDに映り込む情報はもちろん、シートやコックピットの振動、エンジンの音からもそうわかる。
まるでセレシオンと、私の体に境目を感じない。
直感的で、ナチュラルなコントロールが今なら可能だ。
私もこのセレシオンも、それほどの練度を訓練と長い経験から培ってきた。
彼女の自信と、彼女が駆るコスモブルー迷彩の丸みを帯びたズングリとした巨体(GT/F-27Cヴァンダーファルケ)に対する信頼が、迷いのない挙動として機体の動きに表れていた。
全天周囲モニター越しに捉えているのは、壊滅して破棄された、大規模な艦隊やコロニー群のデブリ達だ。
25年前、停戦協定のきっかけになった激戦「アルマダ海戦」の痕で、今は大規模な艦隊とコロニーの残骸オブジェ群が、漆黒の空間に太陽光を反射して、時折キラキラと美しく静かに主張する無数の星の様であった。
時折、小さな星が機体のセレジウム複合装甲に衝突した高音を、
ビシッ! ギシン!
と不規則にコックピットに響かせていた。
直径1センチほどのナットのような部品から、直径200メートルを超える船体形状をとどめた戦艦の残骸。果ては朽ち果てた数キロメートルはあろうかと思われるコロニーの一部。大小無数の金属の塊が、秒速20㎞以上の速度で、L3コロニー群と火星の間に広がっていた。
デブリと、ヴァンダーファルケとの平均相対速度は、秒速40㎞を悠に超えている。
この速度で硬質で、且つ高い質量を持つ、艦船の装甲材の様な素材との衝突は、すなわち即「死」を意味する。
硬い装甲を持つセレシオンと言えどそれは例外ではなく、――パイロットの極限までに高められた集中力と反射神経で、質量のある装甲材を目視で躱す――神業ともいえる操縦テクニックでもなければ、この宙域に近づくことはできない。
故に、今まで掃海らしい掃海も行われず、航行する船もこの宙域を避けるように、航路計画を練らなければならなかった。
この25年で、デブリ同士がぶつかり砕け、さらに状況は悪化の一途をたどっていた。
今は、大小無数にキラキラと光るデブリ越しに、No.5コロニーを手のひらほどの大きさに実感できるまでに距離を縮めている。
踏み込んだペダルをニュートラルに戻す。
背部から放出するプラズマ噴射を察知されないステルス機動により、コロニーにさらに接近してゆく。
――フ、ッシュュュュ……
急速にエンジン出力を失い、システムが自動的に慣性航行モードに切り替わる。
パンパンに膨らんだ風船が、空気を吐き出して急速に縮むような音が、コックピット内に流れ込むと先ほどとうって変わって、シンッと静まり返る。
――今の私にデブリの海など怖くない。
ディアナ=サーストン大尉は、正面に捉えたデブリ群の隙間を縫うイメージで、自らの視点をキョロキョロと移動させる。
ヴァンダーファルケの宙間姿勢制御システムが、機体の各所に装着された超小型熱核融合エンジンと、装甲板に覆われた四肢を動かし機体のバランスを制御する。
アイトラッカーセンサーで追尾したパイロットの視点と、機体の正面軸を「0.0000001」秒以下のタイミングで同期、そのまま機体の進行方向を制御して、残骸のギリギリをかすめるように無駄なく飛行した。
コックピットには、〝ビ……ビ…ビビ″と不規則な衝突警報ブザーと
ギャン! ビチンッ!
といった小さな部品が、外部装甲板に衝突して響く、高音とが重なって鳴り響く。
目まぐるしく変わる機体の進行方向と逆の方向に発生するG(重力)が、ナノカーボンファイバー製のケーブルで操縦席に繋がれた戦闘計画書や、彼女のフライトスーツに繋がる酸素供給ホース、ヘルメットの中で宙を泳ぐ彼女の前髪を上下左右へ力強く引っ張った。
彼女の体を、ピチッと覆うようなシルエットのフライトスーツは、激しく変動するGに応じて、まるで生物の様に動く。
腕部、大腿部の人工筋肉を膨らませたり、胸部の人口骨格を縮ませたりして、呼吸と脳への血流を確保できるよう、全身でコントロールしていた。
ギ…ギギ、激しいGによって機体が軋む。
コロニーに予め備え付けてある、自律型防衛システムに連動した早期警戒システムも、バッジシステムと呼ばれる防空レーダー網も、幾百のセンサーも何一つデブリ群の中を超高速でかいくぐって向かってくる12機のセレシオンを捉える事が出来なかった。
正確には捉えてはいたが、無数のデブリの海の中をエンジンをカットして走るそれを、セレシオンと認識できなかった。
“シュトゥリングルスよりビーム砲が来るっ!”
巨体を駆る彼女のイメージにそぐわない、透明感のある澄んだ、しかし芯のある強い声――
瞬間、全天周囲モニターの背後より一線が瞬く。デブリ群を一直線に蒸発させ自機を追い越したプロトンビームが、まるで「数珠」のようなリング状にコロニーの外周囲に幾つも展張されていた、「アルティミス自律型レーザー迎撃砲」を、三日月形に赤熱化させて吹き飛ばした。
まるで、半分だけ食べかけのドーナツのようになったアルティミスは、遠心力が生み出す自重でリングの形状を維持できなくなり、バラバラに自転の外側に瓦解していく。
“こちらゴーストリーダー。アルファワン。
スコードロン散開。第一目標は、停泊している敵第2艦隊主力。
敵セレシオンが発艦する前につぶすぞ”
ディアナが指示を出す。
両目がつながった漆黒の細いバイザーに宇宙の星々を反射させ12機のヴァンダーファルケが、各々に背部に装着していた増槽をパージし三機ずつのスクアッド(分隊)ごとに散開。
デルタ隊形を組んだ三位一体のスクアッドは、それ自体がまるで正三角形の新種の昆虫のように、隊形を維持しながらデブリ群をかいくぐる。
推力を全開にしてコロニーへと急速に接近していく。
腰部スカートアーマーにマウントした155㎜バズーカを、小型マニュピレータークレーンによって前方に押し出すと、バズーカ底部に備え付けられた小型推進装置で、さらに前方に射出する。
右腕のマニュピレーターで、機体前方に射出されたバズーカのバレル上部にL字に突き出たキャリーハンドルをキャッチし、そのまま強引に右肩に構える。
全天周囲モニターの正面には、コロニー先端部のエントランスブロックから蜘蛛の巣の様に複雑に、立体的に伸びる細い桟橋をはっきりと補足できた。
かなりの数の艦船が、まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように停泊している。
ヴァンダーファルケのFCS(Fire Control System=火器管制装置)が目標を選別し、優先的に155㎜バズーカの照準で捉えたのは、統合宇宙軍空母艦コヴェントリーだった。
伸びた桟橋で急いで係留を解かれた灰色の艦艇は、いち早く異常事態を察知し、まるでやっとこさ逃げようとするモンシロチョウの様に、艦底部のサイドスラスターから青いプラズマを最大に吹き出し、ゆっくりと離岸しようとしていた。
“……”
ディアナは、コヴェントリーとその他の艦艇群を視界の中心にとらえ、出力ペダルをさらに大きく踏み込んだ。
射撃アシストシステムが、155㎜核弾頭の弾速、目標との相対速度と距離から照準誤差を割り出し、確実に命中する距離と致命的なダメージを与えられる射角をHMDに表示させる。
≪目標。アラバマ級空母艦「コヴェントリー」。
適正射撃ポイントまで。3……2……1……≫
≪――0≫
AIが放つ無機質な合成音声が、――背中越しの核融合エンジン、衝突警告ブザー、デブリが装甲を叩く不協和音に満ちた――激しく振動する狭い球状の全天周囲コックピットに、アクセントの様に反響する。
“TITAN Ⅰ shooting”
――ズズゥゥゥ! シィイイイィィッ!!
ショルダーアーマーに担いだバズーカから装甲を通して、発射される弾頭とバズーカのバレルとが激しく擦れてかなびく金属の音と、弾頭の推進装置が奏でる轟音が合わさって、コックピットに響き渡る全ての不協和音をかき消した。
――まるで、交響曲の終わりを告げるシンバルの様に。
――グッ………――
一瞬のフラッシュが、全天周囲モニターを真っ白に焼き付かす。
次にすさまじい衝撃波がコックピットを襲う。
気づけば、超高温の巨大な火球を、モニターの目前に静かに生み出していた。
後部甲板上方に核弾頭が直撃した空母艦コヴェントリーの甲板構造物の装甲は、真っ赤に溶解しブクブクと細かい気泡を発生させる。
すさまじい衝撃波が艦尾の熱核融合エンジンを貫き、全長1000メートルはあろうかという巨大な船体が「くの字」に裂けて折れ曲がる。
赤色に溶解した内部構造物は、同心円状に広がる衝撃波にのって、まるで血の色の後光がさしたように膨らんではじけた。
枝分かれした爪楊枝のように、細く伸びる桟橋は火球に飲み込まれた部分は瞬時に蒸発する。
飛び散った船体の装甲や部品が、彗星のような勢いで火球の影響を免れた蜘蛛の巣の桟橋を、まるで細い飴細工をスプーンでバラバラに砕く様に、次々と切断した。
桟橋は、船に乗り込む為の内部が密閉されたタラップになっていたが、そこで隊列を組み乗艦するために待機していた乗組員もろとも、鉄くずと化した壁面と一緒に宙に放り出され、ある者はデブリの直撃で身体が消滅し、またある者はゆっくりと広がる火球に飲み込まれて消えていった。
“こちらブラヴォーワン。
宙域の右翼側が手薄だ。繰り返す右翼側が手薄だ。
これより右翼側よりコロニーに接近、内部に侵攻する。
スコードロンブラヴォー続け。スコードロンブラヴォーは私に続け”
“グランドクロスよりゴースト小隊。グランドクロスよりゴースト小隊。
座標80.260.-40戦闘宙域外に哨戒中の敵勢力をとらえた。
繰り返す。座標80.260.-40戦闘宙域外に哨戒中の敵駆逐艦二、巡洋艦一を捉えた。
迎撃態勢を整えろ。コロニーに近づけるな。
なお、これよりコロニーの防衛勢力とのセレシオンによる白兵戦が予想される。
警戒されたし”
“こちらエコースリー! 攻撃開始! 空対地誘導弾、FOX Ⅳ Shooting! Shooting! Shooting! Shooting!”
友軍の無線が錯綜する。
スコードロンエコーに装備された「Mk88汎用空対地核誘導弾」が、宙にスルスルと何本も白線を描きながら、桟橋に突き刺さる。
複数の火球が燃え上がる。
“しばらくこの桟橋は使えない。
停泊している艦船もついに動かなかった”
火球が重なり合い、艦船を飲み込んで消えていくのをじっと見ていた。
コロニー防衛隊のセレシオン「F-15Rジャクリーヌ」の群れが――まるで巣を突かれた「働き蜂」の様に――コロニー先端のエントランスブロックに設けられたスペースポートより、炸裂する火球を迂回して次々と迎撃に上がる。
――ディアナは心を躍らせていた。
まるで初恋を経験した少女のころ。あの日の夜の様に。
〝少佐。お迎えに上がりました――″
ディアナは独り言ち、フットペダルを全力で踏み込んだ――。
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