第33話 臆病者



 クロスが用意した控室に、前回アリーナを訪れた時と同じメンバーが揃う。


「お前が出る必要はないと思うが」

「いや、今回は俺がやらないとダメな理由がある」


 カキの心配を徹進は一蹴する。

 椿、朝霧、メイ、徹進――と出場選手四人の中に楓ではなく徹進は自らを潜り込ませた。

 新たな力を実戦で試したい楓は、徹進の懇願を前に不満を飲み込んだ。


「何故、テツさんは出たいんですか?」


 代わりに理由を尋ねる。

 そうまでしてアリーナで戦いたい理由があるのか、と。

 極東の、更に最果てのリゾート施設の闘技場ではあるが、戦いはインターネットを通じて配信され全世界の人々が見ることが出来る。名を売りたい若者ならば勝ち抜き目立とうとする気概を持つだろう。ただ既に数多の仲間と社会的地位を確立している徹進が何を望んでいるのか、楓には分からなかった。


「いやまあ、誰かの影に隠れて戦うのは大得意な俺なんだが」


 ポリポリと頭を掻いて、気恥ずかしそうに呟く。


「たまには強い所も見せておかないと、示しが付かないだろ」



 ⚓



 戦うには広いが逃げるには狭い闘技場に立ち、触覚糸を編み上げる。

 得意武器のスリングショットを作り終えるまで数秒、その間に敵の立ち位置と会話、視線の動きまで、舐めるように知覚していく。

 そして戦い方を、――どのように戦えば勝てるのかを考える。


 帆高徹進は逃げることに何一つ負い目を感じない人種だ。

 死と仲違いした漂流世界であっても、強敵相手に玉砕覚悟で突撃をかけ、少しでも相手の手札を見てやろうとする戦法を好まない。仲間がそれを望んだとしても、切羽詰まって他に打つ手がなくなるまでは決して認めなかった。


 強い相手からは逃げる。


 インタースクールや統一戦に参加していた学生時代からの習慣だ。チーム対抗戦で実力が格段に上の相手と当たった場合、徹進は必ず仲間と共に逃げ回った。相手にとっての敵は自分たちしかいないのにも関わらず、一見意味のない逃走を何度も繰り広げてきた。


「俺は、負けるのが嫌いなんだ」


 徹進が将として率いる集団にとって背を向けて逃げることは、相手の目を見ながら距離を取ることと同じだ。

 警戒心の乏しい相手なら討とうと距離を詰め、突出した者から囲まれ、または罠に嵌められ送り返される。相手との距離は遠属性の徹進にとっての最大にして最強の武器の一つで、距離を活かす戦い方で徹進の右に出る者はいない。


 当然、距離を活かせない戦い方も熟知している。

 何年も漂流世界で戦い抜いた徹進は、苦境を乗り越えて導き出した戦法に絶対の自信を置いている。


「だから、担当を決めるぞ」


 観衆が見守る中、徹進は配置の指示を出していく。

 まず立夏に狙われているメイを右端に避け、同様に朝霧を左端に配置、中央には徹進が残り、椿が勝手に動き出さないように手綱を握る形になっている。

 アリーナのように囲まれた戦場ならば、敵の誘導は容易である。

 徹進の組んだ陣形は集団対集団の戦いを拒否して、一対一もしくは二対二を強制する。

 左、中央、右――離れた三地点の何処か一点を狙おうものなら、仕掛けた瞬間に不利な集団戦が開始する。

 左右のどちらかを潰そうと動けば即座に中央と残りが駆け付け、側面の壁と合わせて囲まれる。中央の二人を討とうと前進したなら左右の二人に回り込まれ挟撃される。即座に殺されないことが絶対条件であるが、一番脆い箇所に二枚重ねているので簡単に抜かれることはない。


「クロス、私が左いく」


 対処法は、相手と同数をぶつけて仲間がやられるより先に倒すこと。


「待てや、立夏」

「何よ」

「お前はハミィと一緒に右にいくんや」


 もしくは中央を抑えている間に、左右のどちらかを複数で瞬殺すること。

 一対二と三対二では、後者の方が圧倒的に長持ちする。単純な計算だが、個別に相手を倒していくよりは勝てる見込みはあるとクロスは考えた。


「あっちの槍使いを先に倒してくれや」


 立夏はクロスの指示を無視しようと背を向け、その身勝手さを咎めるようにハミィが立夏の背中を睨んだ。

 今にも飛び掛からんとするハミィの肩を押さえながらクロスは、容赦なく立夏の傷口を抉る。


「また負けて無様を晒すんか?」

「……あ?」

「お前はまた、あの帆高徹進に負けるんかっちゅーとんのや」

「なんだと!」


 クロスが抉った傷は、本人ですら塞がったと安心していた三年前の古傷であった。

 そして当時は取るに足らないと思っていた男――帆高徹進が、北部を根城にしていた自分たちの誰よりも優れていたと知り、そのコンプレックスを払拭しようとして敗戦を重ねていった立夏たちへの当てつけでもある。


「私が劣ってると言いたいのか、他人の背中に隠れるしか能のない臆病者よりも!」


 立夏は振り返り怒気を顕にする。

 徹進に負けた、とは言いえて妙で、立夏にのみ刺さる言葉ではない。

 三年前の、戦場が徹進に負けたのだ。

 島民が、本土警察が、管理局が――そこに立つ者のパワーバランスが、徹進が消えた瞬間に総崩れになった。敗北の原因は徹進の不在で、勝利の転機は徹進の撤退だ。

 皆が口々に囁き合い、それが耳に入るのに耐えられずに島を出た者も多くいる。


「負けたら、そう思われて当然や」


 それ以上何も言わず、立夏の背中越しに徹進を見つめる。

 配置つく徹進らは、まるで相手など眼中にないと言わんばかりの無関心さで、ただ開始の合図を待っていた。


 ゴングが鳴り、観客が沸く。


「……クロス、槍使いからでいいのね」


 大鎌を握り直して、仕掛ける素振りを見せずに待ち構える朝霧に狙いを定める。

 そして一足先に駆け出したハミィの背に吸い込まれるようにして、駆け出して行った。




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