第30話 血と汗に塗れた青春
真夜中、市街地から離れた幹線道路の脇で徹進らは三岳姉弟の修練に付き合っていた。
じわりと湿度を孕んだ熱気が体中に纏わりつく。
比較的環境変化に乏しい漂流世界では、現実世界のような厭らしい夏の気候も緩和されている。だが、完全になくなりはしない。
動くほどに汗が流れ、気付けば徹進を除く皆が汗だくになっていた。
「怒るな。もっと精神を落ち着けて、周囲を感じろ」
朝霧の槍を躱し続ける椿に、椅子に座った徹進が声をかけていく。
「足だ、足を使え! 止まるのは相手を仕留める時だけでいい。動け動け痩せろ痩せろ」
「太ってないんですけど!」
「避けろ避けろ! 避けながら戦え!」
椿を襲っているのは朝霧の槍だけではない。
周囲には十を超える木刀が浮遊して、二人の逃げ道を塞ぐように襲い掛かる。
「こっちにも来てるんですが!」
「当然だ、朝霧。木刀は斬らずに操ってる触覚糸を狙え」
「痛い! 痛いって!!」
「椿、本番は打撲じゃ済まないぞ。また頭から真っ二つにされたいのか」
「うぐっ、頑張る!」
徹進は技能的な指導は一切行わない。
経験に裏付けされた根性論と目が回るような反復が何より重要で、漂流世界での成長を早めるのだと知っていた。
斬属性なら何かを斬り続ける。
打属性なら身体を鍛えることに心血を注ぐ。
「神経を研ぎ澄ませ! 脳を経由せずに反応しろ!」
最速を誇る突属性なら、気配を敏感に感じ取り反応する術を磨くべきである。
広い間合いで戦える突属性が優れた反応速度を身に着ければ、中近距離での戦闘で不利になることはない。
何より、見えない何かを操る敵には効果的だ。
徹進が振りまく触覚糸を前にしては、隠し事は全て暴かれ全てを曝け出す。
設置系の異能力を操る相手は、特に立夏のような不可視の何かを操るタイプは、まず勝てない。
「それが出来るなら」
互いに戦いながら、何本もの木刀が同時に二人を襲う。
懸命に躱して、斬ろうとするが上手くはいかない。
「死ぬ前に殺せるようになるさ」
三本の木刀を新たに投げ込み、徹進は四苦八苦する二人を叩きのめしていった。
⚓
一方でカキとケイに鍛えられていた楓は、徹進のスパルタと違い丁寧で優しい指導を受け、完遂した。
表面上は何の変化もない。
身体的にも、武器の形状も、一見すると何も変わっていない。
「妙な変化が」
しかし楓本人は能力の覚醒を知る。
メイスから溢れ出る今まで感じたことのない気配。
巨木が大地の下に根を広げて雨水を吸い上げるように、周囲の情報が流れ込んでくる。
「徹進タイプじゃないな、これは」
カキの見立てから能力の検証が始まる。
徹進と共に戦ってきた打属性のカキとケイは、敵味方多くの異能力を目にしてきた。
大きく四種類に分けられる属性に比べ、異能力は科学者が音を上げるほど細分化されている。共通項を探すのは簡単だが、それを当て嵌めるのは不可能に近い。
そもそも調べるにしても、自らの生命線である能力の詳細を包み隠さず話す者はいない。
机に噛り付くタイプの科学者よりも、戦場に張り付き自ら情報を集める戦闘狂の方がノウハウを持っている。
それこそ、徹進のような。
「カキ、これはアレよ」
「オットータイプか。楓、あれをこうして、そうそう、やってみろ」
楓は経験豊富な二人の指導により、驚く速さで能力を確立させた。
新たな力に戸惑いを隠せない楓に、カキとケイは無情に言い放つ。
「楓、お前のそれ」
「暫くの間、封印よ」
不満を隠そうともしない楓に、カキが懇切丁寧に説明する。
最初は黙って聞いていた楓だが論理的かつ要所を抑えたカキとケイに心を開いていく。
「僕の能力は貴重で、価値があると」
「ついでに扱いが難しい上に熟達までかなりの時間を要する」
姉の椿と違いは、聞き分けの良さにある。
無鉄砲な姉を見て育った所為なのは言うまでもないが、短い期間を共にしただけの徹進らを、楓は心の底から信頼していた。
「分かりました」
楓はカキの勧め通り、筋トレを始める。
小手先の技術は二の次で、強靭な肉体を作ることが成長に繋がる。
能力を使って最前線で敵の突撃を受け止める打属性にはなれないのなら、壁として足りない部分は自らの努力で補うしかない。
「僕はやればできる。やればできる」
呟きながら腕立てを続ける楓。
「痛い! 数が多すぎるって!!」
嬲られながらも前を向き続ける椿。
「青春だな」
その二人の姿を見て、何度も頷く徹進。
何処が青春? と耳を疑う朝霧であったが、インタースクールに統一戦、昨今の学生は日が日がな戦う宿命にあるのを思い出す。
「……青春でした」
血と汗に塗れた日々を、木刀に打たれながら思い出す。
朝霧自身も、そんな学生時代を送った一人だった。
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