第29話 努力の領域
「どうやって倒されたか分からない」
世界一有名な炭酸飲料を飲みながら、楓が姉の椿に解説する。
「カキさんが言うには、自らの手の内を隠して戦うのは最低条件。姉さんや僕はそれが出来る水準に達していないんです」
「メイちゃんみたいに出来ないのは分かるって」
「力が強いとか、技術がすごいとか、そんな次元ではないんです。ネットで見た話ですが、恐らくもっと別の付加能力がある筈です」
全国中継される統一戦やインタースクールの決勝トーナメントでは、楓の言う付加能力を持つ者たちが隠しもせずに使用している。
炎を纏う刀や標的を追跡する弓矢、接触した相手を吸着する丸盾など。
実際に目にしている筈なのに、どうしたらそれが出来るようになるのかを考える者は多くはない。
「段階的に言うなら、付加能力は三段階目だ」
ネットの噂話を元にした姉弟の会話に徹進が自身の経験による情報を加えていく。
「第一段階として、漂流世界への浮上と順応」
漂流世界への浮上は、現代人が生まれながらにして持つ権利である。
順応とは、漂流世界の恩恵を受けて強靭な肉体と耐性を手に入れることを意味する。
現実世界の裏にあるもう一つの世界に自由に移動する能力と、戦うための下地を手に入れる。
老若男女、貴賤の差もない。万人が同じスタート地点から最初の一歩を踏み出せる。
「第二段階として、属性の獲得及び武器の創造」
斬、突、打、遠、と武器種によって分類される四つの属性と、それに順じた身体能力の発現。
一般的に斬は腕力、突は瞬発力、打は耐久力、遠は五感が成長すると言われている。
環境や個性といった性質を基に発現する属性は選べないが、伸び代は本人の努力と経験に左右される。
「第三段階として、独立した異能力」
おおよそ現実世界では発現しない現象を能力として扱う者や現実世界の武器などを下地にして能力とする者。
予想不能なほど多岐に渡る異能力が世界に溢れ、どれだけ同じ能力を得ようと研鑽を重ねても決して得られない絶対個性である。
「第四段階として、自らの異能力を仲間に付与」
同じ能力を付与することは出来ない。水で薄めに薄め、更にその表面を掬った程度の強化である。
だがこの段階に達しているのは数多の経験を積んだ歴戦の戦闘狂しかおらず、振るう力は強大である。どれだけ薄めようとその影響力は絶大で、少しの向上でも数を揃えれば揃えるほど全体の底上げに繋がる。
「ならテツさんは、既に第四段階に?」
「当然。お前たちの年齢の頃にはもう熟練者だ」
羨む楓に対して徹進は得意げに胸を張る。
ただ暫くして冷静になり、緩んだ表情を引き締める。
「先に言っておくが第四段階は才能の世界だ。どれだけ望もうが、どれだけ研鑽を積もうが、届かない奴は一生届かない」
カキやメイがそうだ、と徹進が補足し続ける。
「いいか、砂を積み上げるイメージだ」
「砂?」
「様々な経験を積むたびに、自分の中に砂粒が降り注ぐ。砂は徐々に溜まり、山になる。その高さが一定に達した時に第一段階から第二段階、第二段階から第三段階へと昇華する。ただ、第四段階からは違う。高く、より高く積み上げることを意識しなければならない。しかし調整しながら経験を、自らの望んだ形で重ねることは不可能だ。ならば自然に積み上がることを願うしかない。自分を信じる才能を持つ者だけが届く領域だ」
温くなったビールを飲み干し、徹進は自分に言い聞かせるように呟く。
「だがまあ、経験を積むことにも意義がある」
「一番良い所にいけないのに?」
「砂を積み上げる、と言っただろう、椿。注いだ砂粒は必ず溜まる。上に積み上がらなくても、必ずな。それは第一段階、第二段階、果ては第三段階の、個人の戦闘能力に直結する部分の補強となる。具体的には身体能力の箍が外れて馬鹿になる。そして第三段階の異能力が複数得られる以上、現実的な戦闘力は三も四もそう変わらん」
「複数いけんの? マジ?!」
「超マジ。俺が見てきた限り、応用だの何だので説明がつかない奴も多いからな」
椿と楓は眼前に広がる世界の広さに驚く。薄っすらと見えた先人の背中にも。
「戦って鍛えて、追いつくにはそれしかないね」
「そうですね、姉さん」
立夏に手玉に取られた悔しさを胸に秘め、椿は漂流世界の高みを目指す決意を固める。
「修練の相手が欲しいなら、俺たちがしてやる」
簡単な組手から実戦に近い演習まで、徹進らは新人教育の心得を持っている。
一定の研鑽を積んだ第二段階ならば数日のスパルタ訓練で第三段階へと引き上げることも可能だ。
「私たち、どのくらい強くなれるの?」
椿や楓はまだその領域にはいないが、徹進は敢て口に出さない。
その代わりに、とても分かり易い指標を示す。
「あいつに勝てる可能性が、二割五分ほど生まれる」
徹進が指さす先には立夏が、クロスとハミィを引き連れて不敵に笑う。
「誰が誰に勝てるって?」
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