第27話 立ち話は疲れる
「くーやーしーいー、悔しい!」
復活してからしばらくの間、呆然としていた椿は、朝霧に連れられて戻ってきた。そして沸々と込み上げる感情を、一太刀も浴びせることなく完封された悔しさを弟の楓にぶつけていた。
同じ突属性だったが、圧倒的な実力差がある。
戦った椿本人はそれを嫌と言うほど思い知らされた。けれど多くの観客たちは立夏の加減に気付けず、他よりは善戦した少女に惜しみない拍手喝采を送った。
それが更に椿の矜持を傷つけた。
「流石に相手が悪いな」
フォローしようという意図ではなく、徹進が口にしたのは純粋で客観的な感想だ。
「実戦経験の差、と言ってしまえば簡単だが、この差はどちらかと言えば身体能力の格差に近い」
「力が強い弱いってこと?」
「違う。もっと単純で分かり易い」
「どういうことです?」
目元を拭う椿の頭を抑え込み、興味津々な様子で楓が身を乗り出す。
「身体能力――足の速さや力の強さってのは良く比較対象になるだろう。だが大人は大人と、子供は子供と比べるのが普通だ。大人と子供は比べない。身長が、体重が、筋肉の付き方が、大人と子供では違いすぎる。それと同じだ」
「成長前だから無理ってこと?」
「簡潔に言えばそうなる」
徹進は決勝の相手を圧倒する立夏を横目に続ける。
「漂流世界での強さの源は、戦いに身を置いた時間の長さだ。自らが定めた武器に対する慣れだ。そして復活地点に送り返した相手の頭数、何より大切なのが掴んだ勝利の数」
「勝利の数、ですか?」
「当然だ。敗北から学ぶこともある、と偉そうに言う奴もいるが、敗者が学べる事柄なぞ勝ちながらでも得られることだらけだ。勝者は相手を打倒する中で、何故自分たちが勝てたのかを理解する。相手の失策も、勝敗を決定づける分水嶺も。だが逆はない。敗者の多くが考えるのは、何故自分たちが負けたか、だけだ。何故相手が勝ったのかを考える奴は稀だ。負けた奴らの多くは、自分たちに非があるからだと思い込みたがるからだ」
眉根を寄せる椿と裏腹に、楓は徹進の言葉を噛み砕きゆっくりと飲み込んでいく。
「成長速度が段違いに、いえ、それだけではありませんね。統一戦もインタースクールも、次が与えられるのは勝者のみ。勝てば勝つだけ機会が与えられ、更なる強さを手にしていく」
「ここでも同じだ。合法違法問わず政府が推奨している、強者を作れと」
「何故そんなことを、って姉さんやめて!」
「そんなことより!」
頭に浮かんだ疑問ごと楓の頭部を下にと押し込み、目を輝かせた椿が徹進の目の前に現れる。
「私は、あいつに勝てるの?」
⚓
上の階層に用意されたテーブルを陣取った一同は、各々が頼んだドリンクと軽食を摘まみながら立夏の快進撃を眺める。
柔らかな直毛の黒髪を肩口で切り揃え、華奢な体つきに似合わない、身長の五割増しの長さを持つ大鎌を苦も無く振るう。ウェブサイトのデータでは172cmと女性では高めの身長であるが、大鎌と並べば多少は小さく見える。
「良いカラダしてる」
筋肉質だが柔軟性を失わない肢体、宙を舞う機動性、手足の延長かと思うほど巧みに大鎌を操る技術。
「そそらないか、なあ?」
何より、退屈そうに戦う表情が最高に徹進の興味を惹きつけた。
「また悪い癖か?」
「馬鹿言うなよ、カキ。我慢するくらいの分別はある」
揶揄うカキを押し返し、徹進は三人目を倒した立夏を見つめる。
舐め回すような視線に気付いた立夏は顔を上に向け視線の元を探すが、終ぞ見つけることは出来なかった。
「悪癖、ですか?」
「そうだよ、朝霧。登用癖。テツは魅力的な奴がいたら敵だろうが一般人だろうがお構いなしで勧誘する。断られても蹴られても何度も何度も」
「僕たち姉妹がその犠牲者第一号ね」
「最初の仲間ってことですか?」
「ついでにテツの最初の相手、確か初体験は私とケイと三人で――」
「やめて、人の過去を赤裸々に語るの!」
徹進は顔を抑えて何度も首を振る。
その様子がおかしくて全員が笑いだすが、一人だけ、ふと我に返る少女がいた。
「いや待ってよ! 私があいつに勝てない理由は!?」
「理由?」
「上から見たら良く分かるって言ってたじゃんか」
「ああ。立ち話は疲れるから、どこかゆっくり出来る場所に移動する為の方便だ」
「ひっどい!」
「こっちはアラサー、立ちっぱなしは辛いんだ。お前たちも十年後に俺の気持ちがよくわかるようになるぞ絶対」
「そうだそうだ」
徹進の理屈にカキとメイが同意する。
三人の前には空のジョッキが並べられ、今もおかわりが来るのを待っている状態だ。
「まあ相手の負け方を目にしたら、少しは成長に繋がるかもしれんな」
「負け方を見る?」
「ということで、メイ、朝霧、じゃんけーん、ほい!」
咄嗟に腕を突き出した二人と徹進、グーグーパーで決着がつく。
「メイさんの一人勝ちですね」
「決まりだな」
「あ、僕が行っていいの?」
五歩の指を伸ばしきったメイはそのままジョッキを掴んで中身を全て飲み干す。
「懸賞金は山分け?」
「総取りでいい」
「やった! テツ愛してる」
酒臭い唇を徹進に押し付け、メイは階下の闘技場へと降りていった。
「なあ、椿よ」
トイレに行くと席を立った徹進が見えなくなるのを確認して、カキが忠告する。
「そんな噛り付いて見てても、メイの戦い方は何の参考にもならねえぞ」
「え」
「多分瞬殺だ。お前を頭から真っ二つにしたあの女ですら、何故死んだか分からずに終わる」
電光掲示板に次の対戦相手としてメイの顔写真が写し出される。
プロフィールデータは名前以外空欄で、謎の挑戦者は観光客の類だろうと誰もが高を括っていた。
「なるほど」
闘技場の真ん中で待ち構える立夏、ただ一人を除いて。
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