第26話 トラブルメーカー気質



「カキ」


 アリーナの支配人、C・ジャスティンとの会合を終えた徹進は共に来た仲間と合流する為にアリーナ内部を散策していた。 

 夏にはまだ早いが場内には観光客が溢れ、彼らが着たアロハシャツが空間を多彩に染め上げている。場内に用意されたカジノやバーカウンター等、各々の楽しみ方を見出していたが、大多数の目的は建物の中央で催される余興にある。


 闘技場。


 三階建てのドーム型建造物の中央を繰り抜いて生まれたスペースに戦いを盛り上げる障害物や分かり易く色づけされた陣地が配置され、客席と戦場を隔てる簡素だが頑丈な金網を目にしたら、誰もが闘技場だと――ここが見世物として戦う場所であることを疑わないだろう。


「徹進、メイ、これには訳があって」

「カキ」

「僕の見間違いではなさそう、良かった」


 咎める視線の徹進の横では、特に気にした風もないメイが頭上の電光掲示板を眺めている。

 二人は会合に臨んだ時と同じ服を着ていたが、着崩している所為か堅いイメージは八割がた消えていた。


「出場者の中に椿の名前があるな」

「訳がな、あるらしいんだが……」


 徹進の追及は緩やかである。連れてくる予定のなかった三岳姉弟は数に入れていない。仮に二人がどのように動こうと、逆に全く動かなくても支障が出ないように作戦を組んできた。

 椿がトラブルメーカー気質なことを知っている徹進は、電光掲示板に椿の名前を見つけても驚かなかった。

 ただ少し、初っ端から旺盛に動き回る若者に気圧されただけである


「姉さんの暴走には理由があります、今回は」

「今回は?」

「普段はお察しの通りの姉ですが、今回は因縁の相手です」


 楓が指さすのは電光掲示板の一点、15人が出場する個人戦トーナメント表で唯一シード枠に収まっている名前である。

 椿が順当に勝ち上がれば、準決勝で当たる相手だ。


「立夏。……ん、立夏?」

「どんな因縁かは想像できないが、あの立夏に間違いない」


 三年前、島の西でも南でもなく、北を主戦場にしていた徹進らは、その名前に聞き覚えがあった。

 現在の西部と同じく、住民から募った有志の中にいた一人。リーダー格の青年たちに近く、一向に最前線に立とうとしない徹進らの実力を疑問視して距離を置き続けた少女。


「ここの常連みたいだな」


 そういってカキが手にしたタブレット端末を見せる。

 アリーナのウェブサイトには、記憶より若干大人びた顔立ちの女性が大鎌を携えて笑うスナップ写真が掲載されていた。

 戦績は312戦306勝。

 勝率は9割8分。

 勝ち抜き戦が主体のアリーナで、六回しか敗北していない。戦歴が示す数字は彼女が最後まで戦い抜き、挑戦者を返り討ちにし続けた猛者であることを証明していた。


「それよりほら、テツ。すごい額の懸賞金」

「いちにいさん……、0が六個並んでるな」

「カジノに座ってちまちまやるより楽に稼げるよ」


 トーナメントから始まり、挑戦者が消えるまで続く勝ち抜き戦。

 賭けの対象として成立するように、また常連の快進撃を止め得る猛者を呼び寄せようと定められたのが懸賞金制度である。

 勝ち続ける常連客、つまり手堅い賭け対象を自ら討てれば、賭博の大穴と懸賞金の両取りが可能となる。

 二年に一度開催される全日本統一戦は今年で二十回を数え、戦うことへの嫌悪感は他国に比べて遥かに低い。腕に自信のある者はバカンスのついでに訪れるだろうし、そうでない者も参加してみようかと身を乗り出すだけの旨味が用意されていた。


「とりあえず今回は応援だ、応援」


 露出が控えめだが綺麗所を揃えた従業員の女性を捕まえ、徹進がチップと共に一万円札を握らせる。


「椿って子に五千賭けておいてくれ、キミの名前で」

「私の? ……残り五千はどうされますか」

「キミに任せる。ここだ、と思うタイミングで突っ込むも良し、チップと一緒にそのままポケットに突っ込むも良し、だ」


 従業員の女性は徹進をジッと見つめ、メイ、カキ、楓と視線をスライドさせていく。


「分かりました」


 そして短く頷くと、サイドテールを揺らしながら足早に去っていった。


「さあ、あの一万が幾らに変わるか見ものだな」


 徹進は遠ざかる華奢な背中を見送る。

 メイとカキは、そんな徹進の悪癖に、ただ溜息だけで応えた。



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